根性戦記ラジカルアストラButlerS

急:only my buddy −そのふざけた思いやりをぶち穿つ− ♯20







 突撃槍型魔導端末《アンスウェラー》。状況に応じた可変機構を搭載するインテリジェントながら、その可変機構をオミットにする事で、ストレージに匹敵する大容量と高速処理性能と高剛性を獲得した魔導端末。
 時空管理局黎明期の頃から最前線で運用されて来た超旧型。
 故に蓄積されている情報と経験は、管理局で運用されているデバイスの内でも随一を誇っている。
 それが鋼の心を備えている《彼》の矜持である。
 その矜持が、現状を冷静に把握させる。
 硬く冷たい鋼の筐体が、柔らかく暖かい人間の体躯になっている。
 構えた巨大な突撃槍──かつての自分が、僅かな朝日を弾き、人の顔を映し出した。

「先代」

 そう呟けば、槍身に浮かぶ顔の口も、寸分違わずに動いた。
 声はいつもの抑揚の無い男性の声ではない。
 時代を感じさせる、張りの無い疲れた声。
 つまり、そういう事だ。
 突撃槍型魔導端末《アンスウェラー》は、十五年以上も前に鬼籍に入ったオペル・ガレリアンに成っている。
 アストラの養父にして、自らの本来の使用者に。本当のマスターに。
 その自覚が、あらゆる引鉄となる。メモリ内に保存していたオペル・ガレリアンの情報が、意識を掌握する。
 視界の片隅に、アストラとフェベルが映る。擦過傷と汚れで酷い事になっている顔には、驚愕以上の感情は無い。十五年以上も昔に死んだ人間が眼前に現れたのだから無理も無い。
 だが、アンスウェラーには驚くに値しなかった。
 あの《願望器》の存在を、心臓が収まっている場所に感じるのだから。
 フェベルの手には、《願望器》が無かった。ただ、抜け殻となった突撃槍型魔導端末があるだけだった。

「データとして後世に残すべきであろうな」

 意識しなくても、口調は先代そのものであった。
 それがとても嬉しくて。琴線を刺激されて。涙腺が緩む。人肌の水が皺だらけの頬を伝う。
 感動を振り払うように、オペル・ガレリアンに成ったアンスウェラーは疾駆する。
 例の管制機は事態を把握できておらず、護衛機でもあるステイシスに的確な指示を出せていないようだった。一機を予測不能な事態で消失してしまった事で混乱もしているのだろう。

「絶好の好機。逃さんよ」

 一機のステイシスが自律稼動する。僚機を屠ったオペルを脅威と認定し、両腕の魔導砲を振り抜く。
 その銃口に眼を眇めたオペルは、脳内の擬似魔力回路に魔力を供給し、既に選択済みの魔法の術式を構築する。撃発音声を入力し、現実の理を書き換え、魔法現象を顕現。

「──ブラスト──!」

 行使したのは、膨大な熱量を誇る爆破魔法。敵の射撃タイミングを読み、指向性を持たせた熱エネルギーを敵右腕の銃口へ設定。
 ステイシスの魔導砲が吼えた瞬間、バレル内に殺到した熱量が栓となって、右腕を吹き飛ばした。爆ぜる炎が機械の腕を四散させ、黒煙を吐き出させる。
 ブラストは決して強力な攻性魔法ではない。一般的な広域魔法に熱属性と指向性機能を追加しただけの応用攻性魔法だ。指向性を解除すれば、アストラでも高速処理で行使できる単純な術式で構成されている。高熱も発火しているように見えて、属性は炎熱系ではない。
 それでも、持たせてある指向性を巧く誘導し、状況に応じて運用してやれば、今のような使い方も容易い。魔力容量は決して多い方ではなかったオペルが、魔力を無駄喰いしない方法を常に模索し、こうした使い方を行っていた。
 そして足りない攻撃力は、この突撃槍が司る。
 踏鞴を踏み、ステイシスが残る左腕の魔導砲を翳す。この質量兵器達は左腕よりも右腕の反応が若干速い。スカイトラストとの情報共有で発見した、彼等のウィークポイントだ。
 その若干の差異で、オペルと成ったアンスウェラーは充分だった。
 踏み込み、跳躍。加速と体重と突撃槍の重量を載せて、ステイシスの腹部を貫く。複合装甲を突破した尖端は、その先にあった動力炉のバイパス回路を貫通。尖端に装備されているホールドブレードを展開し、槍身を引き抜きながら、予備の回路も切断する。
 静かな地響きを残して、ステイシスの一機が膝をつく。
 敵への肉薄から擱座まで、二秒弱。 
 動かなくなった対魔導師用質量兵器に背を向けた老兵は、自慢する訳でもなく、管制機達へ淡々と告げる。

「どうした、ミッドの魔導師を狩る遺物共よ。よもやこの程度ではあるまい?」
「……Aクラスの脅威と認定。目標変更。排除」

 警戒心を露にした管制機が呟いた直後、残る二機のステイシス達が身構えた。情報統合され、ユニット編成されたのだ。もう無力な目標を蹂躙するだけの存在ではない。

「排除、排除か。ふむ」

 反芻して。それを、未知の感覚──《感情》へと昇華させる。
 機械には再現不可能な領域。単純な電気信号の送受信ではない生物固有の渦。人間を人間足ら締めている大きな要素。燃える魂の残滓。
 感じたそれは、怒りだ。

「奇遇だな」

 質量兵器ステイシスも、その管制機である機械の少女も、オペルにとって打倒すべき害悪だ。
 マスターの左腕を破壊し、右足に致命傷を負わせ、歩行用補助器具が無ければ一人で歩く事すらできなくさせた存在だ。

「私も、貴様等を排除──いや、破壊してやりたいと思っていた」

 呼気を浅くしたオペルが、彼等に応えるように腰を落とし、突撃槍を構える。
 半世紀以上も槍そのものであった彼に、己を使役し続けた二人の陸戦魔導師の戦術を模範する事など、足し算よりも遥かに簡単な事だった。

「私の大切な者を傷つけた落とし前だ。貴様等の下らぬ稼動原理など、私がこの場で穿つ──!」

 鋭い警告が飛んだのは、その瞬間だった。

「管理局です! 武装を解除して──!?」

 恐らく裏口から回ったのだろう。一組の男女がエントランスホールの処置室側から現れた。
 リーン・ロイド執務官とディンゴ・レオン元提督。武装を済ませて、それぞれ展開したデバイスを管制機達に向けようとしたが、思わぬ驚愕が二人の思考を停止させた。
 ディンゴ・レオンは、瞠目しながらアストラを見遣る。

「貴様……オペルか……!?」

 管理局に於ける砲撃魔導師の最高峰の声が震えていた。大勢の民間人に大量破壊兵器が肉薄している状況下であるにも関わらず、彼は愕然と砲撃戦特化の愛用デバイスを下ろしてしまう。
 その隙を、質量兵器の管制機である戦闘機人は見逃さなかった。腰のポーチから二つの手榴弾を取り出して、安全装置を解除。オペルが反応するより速く空中に放った。更に右腕に設置していた仮想コンソールを操作し、光学迷彩を展開。
 機械の少女が透明化と、聴覚と視覚を麻痺させる閃光がホールに溢れたのは、同時だった。
 直感すら鈍化してしまうほどの騒音の中、オペルは記憶を頼って跳躍。アストラの下へ駆け、彼を護るように防御魔法を発動させる。
 衝撃は──来ない。
 やがて光の濁流が収まる。麻痺した聴覚も、魔力強化を行えば、満足に動くようになる。
 回復した視覚が捉えたホールからは、機械の少女も、古代の破壊兵器達も、忽然と消えていた。

「彼我戦力差を悟ったか。小賢しい」

 戦闘能力を質量兵器に依存している分、情報処理機能に特化しているのだろう。ディンゴはオーバーSクラスの航空砲撃魔導師であり、リーンの魔導師ランクは空戦AAAクラス。二人の高い魔力容量から脅威と認定し、撤退したのだ。
 しかし、とオペルは周囲を一望する。
 大量の魔力増幅器や術式高速処理機材を搭載して、原型を失った砲撃戦特化型ストレージデバイス《エイダ》の尖端を向けて来るかつての戦友を、オペルはどうしたものかと思索する。

「動かないでもらおうか」
「久しいな、ディンゴ」

 軽口を叩くように、オペルは応じる。生前の《彼》の一挙手一投足を慎重にエミュレートしながら。
 その様が、老魔導師の表情を剣呑なものに変えて行く。

「貴様は、誰だ?」
「オペル・ガレリアン」
「死んだ人間は生き返らない」

 冷たく強張った声で、老魔導師が告げた。

「失った過去はどんな魔法を使っても取り返せない」

 言われるまでもなく分かっている。こんな事態になっていなければ、議論するまでもない事であろう。
 だが、今は違う。
 今の自分は、失った過去を取り戻す為の魔法を求めている。
 当たり前の道理を、愚かにも覆そうとしている──。

「その姿と声は、紛れもなく奴だ。我が友オペルそのものよ」
「ならば、そういう事なのだろう」
「だが、魔力が違う。貴様が纏っている魔力残滓は、私の知るオペルのものではない」

 流石は収束砲撃魔法の行使者だ。ブラスト行使時の魔力残滓から個人を特定するとは。機械でも、これほど素早くはできない。

「アストラから離れてもらおう」

 背後を振り返れば、瞬きを忘れて立ち尽くしているアストラ・ガレリアンがいた。
 彼をマスターとした時から今日まで、こんな顔は見た事が無かった。
 いい加減で、身勝手で、恣意的で、飄々としていた愛するマスター。
 見えない力に束縛されている彼の頭に、オペルを偽るアンスウェラーは、柔らかな指を這わせた。
 意識はしていなかった。機械的な思考でもなかった。
 ただ──愛しかった。
 掌の下で、青年が身を強張らせたのが分かった。
 ディンゴが警告を発している。砲戦デバイスの操桿を操作し、術式を構築している。リーンが止めようとしているが、冷静さを失いつつある老魔導師に聞き入れる様子は無い。
 事実を伝えるべきか。
 偽るべきか。
 オペルの静かな懊悩は──。

「大きくなったな、アストラ」

 その一言が、アストラに開けていた口を閉めさせた。
 がりっ、と奥歯を噛み締める音が聞こえた。涙腺が緩んでいる。崩壊寸前のダムのような顔。何度も口を開けようとするが、その度に何かに耐えるように唇を噛み、口を無理矢理閉ざそうとする。
 ──じいさん、と。口の形から、彼が告げようとした言葉を知る。
 胸が重くなる。デバイスの頃には感じなかった痛覚が、思考を鈍らせる。
 その正体は、罪悪感。アストラを騙している事への背徳感。
 アストラの額を撫でた指を引く。感傷を握り潰すように、拳を作る。
 何も言えなかった。
 アストラも、何も言わなかった。

「フェベル・テーター一等陸士!」

 声を張り上げれば、名を呼ばれた童顔の女性が悲鳴のような返事をする。
 ディンゴとリーンに緊張が走る。この歴戦の航空砲撃魔導師と優秀な執務官の二人を出し抜けるとは思っていない。オペルの経験と戦術とアストラの動物的勘と魔導端末としての演算機能を有していても、この場を自力で突破するのは不可能だ。
 そう、自力──一人では。
 フェベルと眼が合う。

「このままでは、お前がジュエルシードを持っていた事が知れる! お前は服務規程違反を犯した事ですべての任を解かれ、別命あるまで待機となるだろう! そうなれば、我々の目的の達成は困難となる! 選べ、この場に残るか、私と共に行くか!」

 沈黙が降りたのは、恐らく一秒あるかどうかだろう。
 ディンゴが警告無く射撃魔法を制御解放する直前、フェベルがオペルへ駆け出していた。
 これは賭けだった。フェベルが、オペルの存在を正しく理解して、事態を冷静に飲み込んでくれるかどうか。
 そして賭けはオペルの勝ちだ。
 老魔導師が鋭く舌打ちを残し、射撃魔法の術式を強制停止させた。リーンはデバイスを中継して、周囲の陸士部隊に先端技術医療センター周辺の封鎖要請をしている。流石は本局所属の執務官。迅速な判断だ。
 ディンゴ達にとって、今のオペルは正体不明の戦闘魔導師だ。積極的な敵対行動に出ている訳ではないが、さりとて武装を解除しない彼に、ディンゴ達は管理局局員としての責務を果たそうとするだろう。
 そこに来て、非戦闘員であるフェベルは有効な人質として機能する。彼女を盾にするような真似はしたくはなかったが、背に腹は変えられない。今はこの場を切り抜ける事が最優先だ。
 転ぶ事無くオペルの眼前に辿り着いたフェベルが、荒い呼吸を整えながら、すぐそこにいるアストラを見た。

「ちょっと、行って来ます」
「………」
「アストラ。お前が望む《結果》を出せる世界を、私とフェベルが作る。だから」
「それまで、待ってて下さい」

 オペルは頭上へ突撃槍を投擲する。脆くなっていた建材は紙細工のように崩れた。
 フェベルを小脇に抱えて、跳躍する。ディンゴ達の制止の声は無論無視した。
 雨で濡れた屋上に達する。更に跳び、落下して来た突撃槍を回収したオペルは、灰色の摩天楼を駆けた。



 ☆



『という訳だから、ごめんクロノ。お休み返上する事になりました』

 仮想ディスプレイの中で残念そうに眉尻を下げるフェイトに、クロノは仕方が無いと肩を竦めた。

「いや、事情が事情だ。僕達の事は気にしないで、リーンと共同で事態解決に努めてくれ」
『本当にごめんなさい。折角航海から戻って来て、お休みだったのに』
「ジュエルシードが絡む事件なら、君もそのままにはしておけないだろう。僕も次元航行部隊でなければ、首を突っ込みたいくらいだから」

 苦笑するクロノ。ジュエルシードを巡るあの事件に、処理の難しい感情を持っているのはフェイトだけではない。担当執務官として事件解決に奔走したクロノも苦い記憶を持っている。次元航行部隊所属でなければ、捜査の協力を買って出ていたに違いない。
 ともあれ。折角の夫婦の時間が無くなってしまったのは、少し残念だ。

「ステイシスとアンサングだったか。リーンの報告書を読む限りじゃ、《聖王のゆりかご》に艦載機として搭載されていたガジェットW以上の性能だな。陸士部隊での対応は困難か」
『ラグ無しで高速射撃魔法を連射するようだからね。今、ヴィータが有効な戦術を構築してくれてるから、それが完成すれば、陸戦魔導師でも対応できるようになると思う』
「それまでは首都航空隊で何とかする、か。まぁ、あのディンゴ提督が出張っているなら、心配は無いと思うが」
『クロノ。私、これまであの人に会った事が無かったんだけど……あの、本当にクロノ一人でレオン三尉を逮捕したの……?』

 にわかには信じ難い、というフェイトの気持ちは充分に伝わって来た。
 正直、クロノとしても、あれは僥倖中の僥倖だったと振り返る。

「最終的にははやての手も借りたが、まぁ、基本的にはな。今思い返しても正真正銘捨て身だった。僕が一個人に対してエターナルコフィンを行使したのは、後にも先にもあの人だけだろう」
『そんなに……?』
「彼が行使する先天性固有魔法ゼロシフトは反則レベルの魔法だ。なのはの戦闘スタイルを過激且つ暴力的にして、瞬間移動する挙句、古代ベルカの騎士とも真正面から格闘戦をやらかして勝ってしまうような人間だ」
『……想像するだけで怖い……』

 もう人間を辞めているレベルである。これで七十歳を超えているのだから、やはり人間離れも極まっている。
 ともあれ。そんな彼がいるのだから、応援の執務官であるフェイトに現場への出動要請がかかる可能性はほぼ無いだろう。

「アストラは?」
『意識が戻ったって連絡は受けたけど……怪我が酷くて。もう、魔導師としては、戦えないって……』

 フェイトが眼を伏せ、言葉を切る。リーンから上げてもらった報告書には、例の質量兵器との戦闘で重傷を負ったアストラ・ガレリアンについても記載があった。
 高町なのはを一方的にライバル視して、ずっと勝負を挑み続けていた頃。あの頃から今日に至るまで、彼と話をする機会は少なからずあったが、今の役職に就いてからは殆ど会っていない。
 それでも、気にはなっていた。自分を尊敬してくれる変わった陸戦魔導師として、その突拍子も無い言動は強烈に記憶にある。なのはとの私闘も良く覚えている。
 だが、クロノの中でアストラ・ガレリアンの存在感が大きい理由は、それだけではなかった。

「彼は……アストラは、なのはに似ているな」

 その呟きに、フェイトは腕を組むと、気難しそうな思案顔になる。

『……どの辺りが?』
「いや、言動とか性格とか、そういう意味じゃない。何というか、信念というべきか」
『後悔をしない、とか、できない事に挑戦する、とか?』
「なのはの行動は、結果論としてそうなっている場合が多いが……周りを省みないという点では、同じだろう」

 JS事件の最終局面で、なのははヴィヴィオを救う為、身体への負担を無視した無謀な魔力運用を行っている。その後遺症で魔力も体力も落ちていた時期があったが、主治医のシャマルの忠告も聞き入れずに仕事に復帰している。
 今でこそヴィヴィオとの時間を大切にする為、教導隊の中でも事務方の業務に回って、身体を酷使する事は殆ど無くなった。だが、逆に言えば、ヴィヴィオがいなければ無茶を続けていた可能性もあった。
 そうなると、嫌な記憶しか浮かんでは来ない。一時は再起不能とすら診断された墜落事故。

「なのはのブラスターとアストラのアクセラレータ。身体への負担という面では、どちらも殆ど変わらない」
『……なのはにヴィヴィオがいたように、アストラにも大切な人がいたら……?』
「今の状況を変えられていたかもしれない、とは思う。完全に手遅れだろうが……」
『……フェベルが、その位置にいてくれた筈なんだけど』

 フェベル・テーター。今はアストラの副官として彼を支えている情報処理官だ。実地研修がアースラだった上、今でもフェイトやなのは達と交流が続いているので、こちらも記憶にある。

「あの二人、付き合っているのか?」
『リーンの話だと、少し前からそうだったみたいで……凄く心配なんだ』
「……分かった。近く僕もアストラの見舞いに行こう」
『ごめんなさい、お願いできるかな。多分、アストラもフェベルも喜ぶと思うし』

 自分が足を運ぶくらいであの二人に活力が戻るのなら、お安い御用だ。
 この話題はそれで終了となって。フェイトがもじもじと身じろぎをし始める。まるで親の顔色を窺う子供のような仕草で口火を切る。

『アリシア、私達のお休み、楽しみにしてた?』
「ああ。特に僕と君が一緒に休みを取れるのは稀だから。昨日ははしゃいで夜更かししたくらいだ」

 ちょっとした悪戯心からそう言ってやると、フェイトの綺麗な顔が、ふにゃっと子供のように歪んだ。
 身体以上に心を痛めて産んだアリシア・テスタロッサ・ハラオウンを、フェイトは溺愛している。エリオやキャロ達保護児童にも過保護に接していたが、それ以上だった。
 アリシアの誕生は、ハラオウン家の生活を大きく変えている。特にフェイトの場合、次元航行部隊から本局に転属し、本局居住区に移住。アリシアの育児を最優先して、機動六課設立時まで危険の多い事件捜査や前線から離れる生活を送っていた。
 彼女の前線離脱は、クロノ達との家族会議の末に出た結論であった。今のハラオウン家は、PT事件前と同じように本局居住区に住居を構えている。
 クロノもリンディのように内勤組に移るという選択肢も無かった訳ではない。しかし、アリシアが産まれたのは、既にアースラが廃艦し、超大型新造艦船クラウディアの艦長に抜擢されていた頃である。この責任ある職を、一身上の都合で辞する事はできなかった。
 フェイトの転属も、次元航行部隊上層部──海上幕僚監部の人事教育部からは良い顔をされなかったのだ。 ただでさえデバイス暴走事件の件で面倒がられる事が多いのだから、これ以上無理を言う訳にもいかない。そうした有機的な事情を抱えた自分を評価してくれているミゼット・ クローベル本局統幕議長の期待に応えたい気持ちもあった。

『メディアと会う約束もしてたのに』
「それも仕方が無いさ。彼女の事だから、笑って許してくれると思う」
『そうかもしれないけれど、私も会いたかったから。メディアがミッドに来るなんて、殆ど無い事だし』
「ミッド、というか、管理局を嫌って管理外世界への永住権を申請するような人だからな。経歴が経歴だから、渡航許可を取るのも一苦労だろう」

 メディア・クーペ。デバイス暴走事件の時、クロノもフェイトも、一言では言い表せない世話を掛けてしまった女性だ。元はクロノが当時担当していた違法宝石密輸組織の摘発の時に、組織構成員として拘束した犯罪者である。
 密輸組織に新人という建前で潜入調査を行っていたフェイトとアルフを、メディアが構成員として面倒を見ていた。彼女と接する内に、メディアが自ら進んで犯罪に手を染めていた訳ではないと知ってしまったフェイト達は、情状酌量の余地があるとして、その罪の軽減に奔走。 クロノも裁判で弁護を買って出た訳だ。

「別にこれ以降会う機会が無い訳でもないさ」
『……三人で会いたかったから。私とクロノと、アリシアの三人で。不妊治療の時も、凄くお世話になったもの』

 その時。騒がしい足音が二人の会話に割って入った。リビングの扉が乱暴に開けられて、長い金髪を靡かせた愛らしい少女が、とてとてと駆け寄って来る。速度は緩まず、ソファに座っているクロノの懐にぼすっと飛び込んだ。

「おとーさんお話まだ終わらないー?」

 無邪気な笑顔を向けるアリシア・テスタロッサ・ハラオウンを、クロノはごめんごめんと謝りながら撫でる。すると、彼女を追い掛けるように省エネモードのアルフが現れた。

「ああ、ごめんクロノ。アリシアが急にさ」
「いや、こっちも任せっぱなしで済まない。アリシア、もう少し待っててくれるか? お父さんの話も、もう終わるから」
「はーい。あ、おかーさんだ!」

 父親譲りの黒瞳を輝かせて。アリシアが元気いっぱいに仮想ディスプレイに手を振る。

「おかーさんいつ戻って来るの?」
『ご、ごめんね。おかーさん、ちょっとお仕事が長引いちゃって』
「……じゃ、戻って来られないの?」

 弾けるように闊達だったアリシアの声音が、一気に奈落の底へ転がり落ちてしまった。
 同時にフェイトの顔が悲嘆に崩落する。それはもう同情してしまうほどに。
 ごめんねと繰り返す若い母に、アリシアは。

「おとーさんがお家にいる内に戻って来てね、おかーさん」
「……うん。おかーさん、頑張るから。ちょっと待っててね、アリシア」

 アリシアの笑顔が、フェイトを笑顔にさせる。
 これではどちらが親でどちらが子なのか分からないと、クロノは肩を竦めてアルフと顔を見合わせて。次の母と子の会話に、盛大に慌てた。

『アリシア、お土産は何がいいかな?』
「妹が欲しい!」

 即答である。

『えっと、妹はお土産にはできない、かな……?』
「ほ、ほらアリシア。おかーさんお仕事で忙しいから。また今度ゆっくり話そうな?」
「はーい。おかーさんまたねー!」
『う、うん、またねアリシア』

 頬を赤めたフェイトが手を振って。仮想ディスプレイがブラックアウトする。
 愛娘を膝に乗せたまま、クロノは吐息をついて。アルフがにんまりと笑っている事に気付いた。

「あれだねー。最近アリシア妹欲しがるよねー」
「……僕としては、できれば男の子がいいんだが」
「弟かー。あ、それもいいかもね。じゃ、クロノとフェイトは早くコウトノリにお願いしないとねー」
「それ、確かなのはやはやての世界の比喩だろう?」
「おとーさん、コウノトリさんにお願いしてー!」
「だってさークロノー」

 面白がるアルフの額を指先で小突いて。クロノはアリシアを抱き直して溜息をつく。
 二人目の子供については、フェイトと話す事も少なくない。アリシアも大きくなって来ているし、そのアリシアがしきりに妹を欲しがっているのもある。恐らくヴィヴィオの影響だろう。彼女を姉のように慕っているアリシアは、自分もお姉さんに憧れているのだ。
 フェイトの遺伝子疾患に因る不妊症は完治していない。自然治療に拘った結果、非常に少ない可能性の中で、アリシアが誕生している。果たして二人目ができるかどうか。
 でも、フェイトも二人目に関してはとても前向きだし。クロノも、正直男の子が欲しい。

「頑張るか」
「おー頑張れ頑張れ。あ、でも場所選んでな? ウチはアリシアいるから駄目ー」
「……何かと難しい要求をするな、君は」

 家長よりも家の実権を掌握している使い魔に、クロノは溜息をついた。
 膝上のアリシアは、不思議なものを見るように眼を瞬かせて、若い父親を見上げている。






 Continues.

 これでケインのオリキャラは全員出揃いました。メディアは名前だけなんですが。
 また、SC時系列の場合、アリシアも原作キャラの名前を拝借していますが、基本オリキャラとなるので、この先も出て来ます。










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