根性戦記ラジカルアストラButlerS

急:only my buddy −そのふざけた思いやりをぶち穿つ− ♯21







「じゃ、今のアンスウェラーさんは……?」
「我がマスターを救いたいというお前の願望を、ジュエルシードが受諾した結果だ」

 やはりと落胆するべきか。それともまさかと驚嘆するべきか。
 果たしてフェベルには判然としなかった。
 とある繁華街の複合アミューズメント施設。先端技術医療センターから西に車を飛ばして一時間の距離にある場所だ。108部隊隊舎施設からもほぼ同じ時間で行き来できる為、自由待機時に足を伸ばせる遊興場として108部隊の隊員達の利用者が多い。
 フェベルも同じようにエル達と気分転換に出掛ける事が多かった。
 アストラとも何度も来ている。彼の部屋で自堕落に過ごす事が多かったのだけれども。
 梅雨時の平日の午前中だけあって、施設内は閑散としていた。複数の階層に分かれて、ゲームセンターやショッピングモール、スポーツセンターが運営されているが、何処も閑古鳥が鳴いている。
 今のフェベルとオペルが駆け込むには、非常に適した空間でもあった。
 ゲームセンターの一角の自動販売機とベンチが並ぶ休憩スペース。トイレで私服に着替えたフェベルは、既に身形を整えたオペルと肩を並べて、暖かな珈琲を嚥下していた。オペルも防護服のままでは目立ち過ぎるので、適当な衣服を魔力構築してもらっている。
 魔力の物質変換は管理局に依って厳しく制限されているが、追われる立場となってしまった以上、手段を選んでいられなかった。

「今の私は、インテリジェントデバイスとジュエルシードが融合して発生した人型の有機物だ。紅の鉄騎達魔導生命体とほぼ同格であろう」
「……なら……オペルというのは……?」
「私の本来の使用者であり、我がマスターの養父だった男。この姿は、彼のモノだ。お前の願望と私の願望が一致した結果、あの状況を最も効果的に打開する方法として、私のメモリに保存されていたオペルのデータが使われたのかもしれん」

 憶測だがな、と締め括ったオペルが掌を見る。幾重にも重なって刻まれた皺だらけの掌。長時間の雨に打たれて冷えてしまった掌。ぎゅっと握れば、これまで感じた事の無い触感が彼の頭の中を駆け巡る。

「まったく。まともな願望器として機能した記録が無かったというのに。ジュエルシードめ、なかなかに味な真似をしてくれる」
「……ジュエルシードは、今はどんな状態なんですか?」
「私のシステムの根幹部と融合している。分離は不可能な状態だ。お陰でジュエルシード固有の潤沢な魔力を行使できる。今ならば、AAAクラス以上の航空魔導師が相手でも負ける気が起こらんな」

 そう嘯いた魔導生命体が肩を揺らして笑った。
 それは冗談なのか本気なのか。追われる立場である以上、額面通りの戦闘能力が発揮できるのであれば非常に心強い。だが、ジュエルシードとシステムの根幹と融合してしまったという事態は、果たして笑っていられる場合ではない筈だ。
 仮に管理局に捕縛されたとして。
 ジュエルシードは再び封印されるだろう。
 そうなれば、彼はどうなってしまうのだろうか。

「管理局は使えるモノはすべて使う貪欲な組織だ。巧くいけば、私も紅の鉄騎達のように局所属となるかもしれんな」

 フェベルの心中を察したのか。苦笑しながらアンスウェラーが言った。
 望まずして機械でも人間でもない別の何かになってしまった魔導端末の表情には、悲観が無かった。困難を前に自らを鼓舞しているような、そんな不敵な顔で、彼は何処でもない空間を見据えている。

「後の事を考えていられるほど、私達に余裕は無いぞ、フェベル」
「……はい」

 首肯したフェベルは、珈琲の紙カップをベンチに置いて携帯電子端末を操作する。無線でネットワークに接続し、108部隊のメインサーバーにアクセスする。まだフェベルのIDは凍結されていなかったので、そのまま利用した。痕跡が残るが、消せば問題無い。
 ジュエルシード消失事件に関するこれまでの調査データや、リーンが集めてくれた仔細な情報もすべて吸い上げる。民間の大手ニュースサイトも幾つか梯子して、先端技術医療センターの一件の報道関連も探しつつ、アングラサイトも巡って情報を収集。 愉快犯的なデマと説得力のある書き込みを区分して、頭に叩き込む。

「お前のマルチタスクの腕前は、実に大したものだな」
「私には、これくらいしかありませんから。それに、アストラさんには何もしてあげられませんでしたし」
「お前がいた事そのものが、我がマスターにとって意義のある事だったのだ。そう卑屈になるな」

 頬が熱くなる。乱れかけた集中力を叱咤して、マルチタスクを継続する。

「い、いきなり何を言うんですか」
「お前がいない時、我がマスターがお前にどんな感想を持っていたか、聞きたいか?」

 聞きたい。物凄く聞きたい。でも、そんな事を聞いていられるほど、今の自分のマルチタスクには余裕が無い。ああ、でも知りたい。

「ちょ、ちょっと待って下さい。今、あの戦闘機人達を追ってます。それが終わったら是非」
「分かった分かった。しかし、連中を追ってどうする? 下手をすれば先ほどのようにレオン提督達と遭遇戦となるぞ? 確かに今の私の魔力は潤沢だ、ロイド執務官一人ならば互角に戦う事もできるだろう。だが、レオン提督は別だ。あの人類規格外魔導師には今の私でも太刀打ちできん」

 分かっている。それだけは避けたい。いや、彼等だけではなく、管理局の魔導師達と直接戦闘するような事態は極力避けなければならない。
 アングラサイトには、例の戦闘機人と質量兵器達の目撃例が幾つかあった。書き込まれている目撃現場を片っ端から吸い上げてリスト化し、先端技術医療センターを中心とした地図と照会。あまりにも見当違いな位置を示した目撃例はデマとして処理。 それを繰り返す事で、信頼の置ける目撃例は一つの線として地図上に浮かび上がった。
 その処理と同時に、管理局がクラナガンに数多と配置した監視カメラの映像を、108部隊のフェベルのID経由で得る。線となった目撃例の住所付近のカメラのデータを呼び出して、映像が残っていないかを確認する。

「いた。いました」

 ビルの壁面や屋上を足場に跳躍移動を繰り返す華奢な翳。随伴していた質量兵器は無い。
 極めて不鮮明な映像である。戦闘機人の欺瞞性能を考慮すれば、監視カメラに映像が記録されていただけでも御の字であろう。いや、例の美術館の一件からすれば、こうした機材では彼女の姿を記録できなかった筈だ。

「不具合が起こっているのは間違いなかろう。戦闘機人とて万能ではない。機械である以上、メンテナンスが不可欠だ」
「チャンスです。アンスウェラーさん、この子を捕まえましょう」
「……この戦闘機人がジュエルシードを保管している可能性は高くはないぞ」
「それでも、今はこの子を確保する方が現実的です」

 アストラの《今》を変える為に必要だった願望器は、もう無い。アンスウェラーと融合して、今は彼の心臓部として稼動している。
 アストラの危機を救う為だったとはいえ、このままでは本末転倒だ。
 早急に二つ目のジュエルシードが必要だ。
 ジュエルシードは、幾つかが民間に供与されている。それらを奪取すれば解決する問題だが、いずれも第一管理世界ミッドチルダから離れた次元世界にある。渡航許可書等は偽造すれば済む話だが、確実に足がつくだろう。
 更に言えば、民間施設を襲撃する事になる。
 封印処理がされているとはいえ、ジュエルシードは次元干渉型の高純度エネルギー結晶体。古代遺失物としては非常に危険な代物だ。これを管理局局員が武力を行使して得ようものなら、ただの不祥事では済まない。デバイス暴走事件の時のクロノ・ハラオウンと同じような事態に陥る可能性もある。
 108部隊のサーバー経由で陸士部隊の情報ネットワークを確認するが、まだフェベルの部隊離脱は大事には至っていない模様だ。例の質量兵器が先端技術医療センターを強襲した事の方が問題になっている。これが解決するまでは、フェベルの処遇はナカジマ部隊長に一任される形であろう。
 これ以上、あの心優しい部隊長に迷惑を掛けたくはなかった。リーンにも、第一分隊の面子にも。

「フェベル。お前の懸念は、私を理由にすればそれほど大事にはならんだろう」

 苦笑する声に導かれるまま、フェベルはアンスウェラーを見上げた。

「幸いというべきか、医療センターの監視カメラは、あの惨状ではまともに機能しておるまいて。お前が我がマスターと話した内容を知るのは、我等三人のみよ。お前は、自らのマスターを救おうとジュエルシード使用を提案した魔導端末に脅された哀れな局員を演じれば良い」
「ば、馬鹿な事言わないで下さい! 私達は共犯者です! そんな蜥蜴の尻尾切りみたいな真似……!」
「だが、これを建前とすれば、少なくともナカジマ部隊長や108部隊の連中が路頭に迷うような事態は避けられる」
「それはそうかもしれません! でも……!」
「お前はジュエルシードを拾得しておきながら報告しなかった事では処分されるだろう。だが、ジュエルシードの使用は私の一存という事にすれば、最悪な結果は防げる筈だ」

 最悪な結果──懲戒免職なんて生易しい処罰では済まないそれは、古代遺失物の私的使用による逮捕だ。その果てはどうなるのか。フェベルには想像もつかなかった。
 でも、そうなる覚悟は、もうできている。
 自分達の任務を引き継いで、ジュエルシードの捜索に当たっているリーンも、これまでアストラの我侭を聞いてくれていたナカジマ部隊長も、その気持ちを無碍にしてしまった。
 今更聞き分けの良い人間を演じたところで何になる。
 アストラのこんな筈じゃない今を否定する為に、管理局を敵に回す覚悟は済んでいるのだ。
 これまでとても良くしてくれた人達の気持ちを踏み躙る事だって厭わない。
 身勝手だろうと罵られても構わない。
 アストラが、またあの笑顔を見せてくれるのなら。
 できない事に挑戦する時の、あの覇気に溢れた表情が見られるのなら──。
 脳裏に浮かぶ大好きな人の大好きな笑顔が、不意に乱れた。
 先端技術医療センターの病室。彼にやろうとしている事を打ち明けた時。
 寂しさを凝縮させたような顔。ずっと彼の横にいたけれど、見た事の無かった感情。

「どうした、フェベル」

 アンスウェラーの呼びかけが、フェベルに思索を打ち切らせた。

「やはり体調が優れんか?」
「いえ、何でもありません。大丈夫です」

 ひと時でも自分が離れてしまう事を寂しく感じてくれた訳でもないだろう。でも、そうやって自問したところで、アストラの情緒が理解できる事でもない。

「ひとまず、もう少し休憩をしたら行動を始めよう。フェベル、戦闘機人の位置は?」
「目星はつけました。ただ、ここからだと距離があります。現着する頃には見失ってる可能性が高いです。あの、アンスウェラーさんは飛行魔法は?」
「先代も我がマスターも、双方生粋の陸戦魔導師だ。浮くだけならば可能だが、高速移動は不可能だな。それに、仮に飛行魔法を使えたとしても、こんな場所で飛ぼうものなら即座に首都航空隊の網に引っ掛かる。跳躍移動も身体強化魔法を使わねばならんから、街中に設置されているセンサーで感知される」
「なら、地道に交通機関で移動ですね。道中の監視カメラは、私がリアルタイムで誤魔化します。哨戒中の陸士には注意しないといけませんね」
「今更だが、お前も器用だな」
「アストラさんをフォローしなきゃって思ってたら、器用にならないと駄目でしたから」

 感嘆するアンスウェラーに、フェベルは力無く笑った。
 器用になったつもりだった。あんな駄目分隊長をフォローする為に情報処理官として不要な技術も身につけた。それがこんな風に役立つなんて思わなかったが。
 フェベルは監視カメラの映像に従って例の戦闘機人の現在地を割り出すと、最短ルートを検索し、そこに至るまでの監視カメラの操作を掌握した。後は欺瞞に必要な映像処理だけだ。これは少し時間が掛かるので、端末に自動製作を任せて、一休みをするように珈琲を啜った。

「しかし、人間とは不便なものだと思っていたが……これだけ美味いものが飲めるのなら、そう悪くもないな」
「そういえば、五感とかはどうなってるんですか?」
「人並みには備わっているらしい。フェベル、済まんが少し金をくれんか。あの自販機で菓子を買いたい」
「……何も知らない人から見たら、孫に集るお爺ちゃんですよ?」
「いいではないか、減るものでもあるまい」

 逃走資金が減るんです、と小言を漏らしながら、フェベルは小銭入れを渡した。こういう自由なところはアストラに似たのか。彼の養父もこういう人だとすると、あの馬鹿の人格形成にとことん悪影響を及ぼしている。
 視線を巡らせて。フェベルは窓硝子から天候を窺う。
 勢いは無く緩やかだが、梅雨時の雨に止む気配は無い。



 ☆



 眼が醒めると、こめかみに青筋を浮かべた女性医務官の顔があった。

「よーヤブ医者」
「よー馬鹿准尉。十日に二度も緊急手術やらせて命を救ってあげた担当医に何か一言ない?」
「八神とデートをする権利を与えてやろう」

 ドヤ顔で言ってやると、ラナ・フォスター医務官は頬を赤めて狼狽した。

「え、え? マジ? それホント? あんた、ただの陸准尉の癖にどうしてはやてちゃんと繋がりあんの?」
「昔、あいつお手製のオムライスを喰った事があるんだぜヒャッハーおおおおおおお!?」
「吐け! はやてちゃんのオムライスを寄越せ!」
「もう十年くらい前の話だ! 馬鹿かてめェは!?」
「なによ! 自殺志願者のあんたを何度助けてやったと思ってんの!? それくらいの幸せあってもいいじゃない!」
「分かった! 分かったから口に手を突っ込もうとするのは止めろ死ぬ! こっちは右腕しかねーんだぞ嗚呼!? 八神には連絡しといてやるから落ち着け!」
「なにあんた個人的な連絡先まで知ってんの? 氏ねじゃなくて死ね!」
「白衣着てるといい薄っぺらな胸といいその言動といい、お前どっかの助手か!? これが運命石の選択ってか!? 八神の電話番号は、あいつのミッドへの引越しを手伝った時に」
「はぁ!? その辺にいるモブ魔導師の癖にはやてちゃんの引越し手伝うとかこの、このこのこのォ!」
「タスケテー! コロサレルー!」
「……それだけ暴れられるなら、もう大丈夫ですね」
「いや。あれは早急に助けなければならないのではないか?」

 リーン・ロイドとディンゴ・レオンは病室の入口で途方に暮れながら、騒々しい患者とその主治医の格闘を観戦するしかなかった。最終的には極度の疲労と苛立ちと欲求不満が蓄積して爆発してしまったラナを、リーンとディンゴが二人がかりで宥める事になった。

「重傷患者になんつー事すんだよヤブ医者!」
「全部自業自得の傷でしょうが……! で、はやてちゃんの電話番号は?」
「……あの、お二方。流石にご本人の許可無く電話番号を他人に教えるのは非常識かと」
「……電話番号眺めるだけだから。駄目?」
「何とも変わった性癖だな。それで何が満たされるというのだ?」

 嗜めるリーンと真顔で首を捻るディンゴに挟まれて、ラナは悔しげに地団駄を踏む。
 彼女のぶつけようのない怒りが鎮火するのを待ってから、アストラは口火を切った。

「で。今度はぶっ倒れてから何日くらい経ってた?」
「二十時間。あんたの寿命は延びて、あたしの寿命が縮んだわ」

 カーテンの隙間から差し込む光は太陽のそれではない。常夜灯だ。ここ最近起きても医療センターのベッドの上なので、体内時計が完全に狂ってしまっていた。
 憮然と悪態をついたラナが缶珈琲を酒のように煽る。不健康そうな顔色をしている事の多い彼女だが、今は特に酷い。そう指摘してやると、化粧で誤魔化す暇も無かったんだと凄まれた。

「あんた自分の状態本当にちゃんと理解してる? バリアジャケット展開して魔法使うなんて、狂気の沙汰どころじゃないわよ、今のあんた」
「しょうがねぇだろ、民間魔導師が狙われたんだから。あれからどうなったんだ?」

 そう問うと、リーンがデバイスを待機形態で起動させ、幾つかの仮想ディスプレイを展開した。その内の一つが、彼女のキーボード操作に合わせて、アストラの眼前へと移動する。
 アストラが昏睡してからの二十時間の主だった情報が写真画像付きでスクロールされる。

「ステイシスとアンサングを管制する特殊な戦闘機人──暫定的に《オッツダルヴァ》と名付けていますが、このオッツダルヴァはジュエルシードの発見と確保を任務としています。JS事件以前から稼動しているようで、非常に高い情報欺瞞機能を保有し、医療センター襲撃以降、行方を完全に暗ましています」
「センターを襲撃した理由は?」
「……センター襲撃後、フェベル・テーター一等陸士が行方不明になっています」

 アストラの質問には答えずに、リーンは情報を更新する。陸士部隊に回っているこの事件の中間報告書や民間のニュースサイトの記事が消えて、市内に設置されている監視カメラの映像記録が出た。
 モノレールのプラットフォームの一部である。荒い解像度だが、人相を見分けるには充分だった。
 二人の男女がクローズアップされ、拡大される。
 女性の方は小柄な体躯だ。肩口で切り揃えた黒髪と十代半ばに見える童顔は、アストラには見慣れた風貌だ。
 男の方は長身の老人だ。だが、枯れた枝のような薄弱な存在ではない。特別に屈強な訳ではなかったが、女性の手を引いて、しなやかな物腰で人の波を掻き分けて行く。身体の動かし方が綺麗なのだ。
 この男も、アストラが忘れよう筈が無い。

「フェベルさん達を捉えた唯一の監視カメラの映像です。他はすべて情報操作されているようで、これ以降の彼女達の足取りは不明です」
「運動神経死んでる代わりに、情報計はホント器用だからな、フェベルの奴は」

 彼女には、JS事件後、疲弊した近隣の陸士部隊に応援として何度も出向している実績がある。味方にすると心強いが、こうなってしまうと、その情報処理技術や知識は脅威だ。

「戦闘機人オッツダルヴァが医療センターを襲撃したのは、フェベルさんが拾得していたジュエルシードを確保する為です。センター内の生き残っていたカメラが、彼女がジュエルシードを隠し持っている瞬間を捉えていました」
「カメラ設置しすぎじゃね? 市民のプライバシーとか大丈夫?」
「ふざけないで下さい」

 黒髪の端麗な執務官が威嚇するように唸る。

「今のフェベルさんは、非常に危うい立場にあります」
「命令を無視した勝手な行動と部隊からの無断外出。始末書数枚書いて、部隊長からお小言頂戴して、後の処分はその時次第か。問題は拾得した古代遺失物の私的な使用だな」

 伊達に始末書の数ではクラナガン配属の陸士の中で堂々の一位を獲得していない。服務規程違反の処罰の予想は得意分野だ。ただ、流石のアストラも、拾得した古代遺失物の私的な使用はやった事が無い。果たして懲戒免職で済むものか。

「クビを切られるだけでは済みません」

 そうだろう。アストラは首肯し、同意する。

「JS事件の影響で、汚職や内部不正に対して非常に厳しくなっているこの情勢で、一介の陸士が次元干渉型の高純度エネルギー結晶体を持ち出した事は、管理局にとって深刻な不祥事となります」
「……その上、フェベルはクラナガンのどっかに隠れてる可能性が高い。封印処理がされてるとはいっても、大出力の次元干渉型が首都の腹の中か。世間に知れたら大パニックだな」
「今はナカジマ部隊長が情報規制をしていて、一部の局員しか知りませんが、それだってすぐに限界が来ます」

 アストラとフェベルの戦線離脱以降、リーンが単独でジュエルシード消失事件の解決に従事していた事が幸いだったというべきか。あの古代遺失物が何者かによって盗難された事実を把握しているのは、被害者の美術館と本局の古代遺失物管理課と陸士108部隊部隊長、そしてその前線第一分隊だけだ。
 そして事件の現場責任者となっているリーンは、本局から出向中の執務官。彼女が古代遺失物管理課に報告をしていない現状では、本局にフェベルの情報が流れる事はしばらく無いだろう。他の陸士部隊に事態の緊急性が漏洩する恐れも無い。
 ただ、これは下手を打てば更なる問題に発展しかねない。

「首都航空隊はオッツダルヴァと質量兵器達の行方を追っている。発見次第、警告無しで制圧する予定だ」

 ディンゴが静かな口調で説明する。
 戦闘機人の目的はジュエルシードの発見と確保だ。ならば、ジュエルシードを持ち去ったフェベルを捕捉して襲撃する可能性が極めて濃厚だ。
 今のフェベルには、あの男が──オペル・ガレリアンが随伴している。ステイシスを容易く破壊してみせた陸戦魔導師を、例の戦闘機人は脅威と認定し、全戦力を投入するかもしれない。そうなればクラナガンの一角が戦場となる。首都航空隊が出動し、質量兵器達とフェベル達の三つ巴の戦闘に発展する。
 そうなれば、確実にフェベルもオペルも捕縛される。戦闘機人や質量兵器は破壊されて終わりだ。どれだけ卓越した戦闘能力を保有していても、個人が組織に勝てる道理は無い。
 フェベルがその後どうなるのか。それはアストラにも分からない。ナカジマ部隊長にしろ、リーンにしろ、相応の形で責任を取らされるだろう。無論、自分もだ。

「あの馬鹿」

 デバイス暴走事件の時、フェイト達はこんな気持ちだったのかと、今更ならがアストラは実感する。
 これはなかなかどうして、辛い。

「ナカジマ部隊長の命令で、ジュエルシード消失事件対策本部は解散されました。フェベルさんの件が終わるまでは、引き続き108部隊前線第一分隊に出向の身です。正直、このままでは本局に戻るに戻れません」
「わりーな、あんたの経歴を傷つけちまって」
「構いません。とっくのとうに傷だらけですから」

 何処か自慢するような風情で、リーンが黒髪を背に流す。

「執務官になる前──いえ、クロノさんやフェイト達と出逢う前です。酷いじゃじゃ馬だったんですよ、私は。多分、始末書の累計はガレリアン准尉と変わらないと思います」
「え、マジで? おいおい、それで本局所属の執務官やってんのか? 大丈夫かよこの組織」
「いや。あんたが真顔で何言ってんの? 馬鹿なの死ぬの?」
『マスター、どうか冷静になって下さい。それと、ガレリアン准尉に例の物を』

 ブレスレット型の待機形態を維持する相棒の魔導端末に言われて、ああ、と思い出したように手を打つラナ。白衣のポケットを探って、チェーンの付いたシルバーアクセサリーをアストラの眼前に吊るした。
 突撃槍を相似縮小した意匠のアクセサリー。

「これ、あんたと一緒に落ちてた。返しとく」
「……おう、サンキュー」

 右の掌に《相棒》が乗る。
 慣れ親しんだ感触だった。
 それなのに、何処か違う。
 重さだ。感覚的な重量は変わっていないのに、何故か重さが違うと確信してしまう。
 そしてなによりも、《彼》は何も喋らない。

「あんたの相棒はインテリジェントでしょ? これ、インテリジェントとしての機能は綺麗に消失してる。ただのストレージデバイスになっちゃってるわ。どういう事?」

 アストラは彼女には答えずにかつての相棒を握った。魔力回路に魔力を通し、デバイスの機能にアクセスする。筐体の稼動状況や諸々を確認。本来なら、相棒がやってくれていた事を、アストラは自分でやった。
 突撃槍型魔導端末は、インテリジェントから、ストレージに変わっていた。
 インテリジェントデバイスとして必要な機構がすべて消えている。ストレージデバイスとして必要な部品はすべて新造されていて、各パーツとの同調も良好だった。不足している箇所は無く、それどころか繊細且つ複雑なAI機構を切除した事で筐体の剛性が増している。
 恐らく何の問題も無く、アストラはこの突撃槍型のストレージデバイスを操作する事ができるだろう。

「ラナさん、それはどういう意味ですか?」
「いや、あたしの方が訊きたいくらいよ。スカイトラスト、心当たりある?」
『無い訳ではありません。デバイスの機種転換改装措置は、それほど珍しい事ではありませんので。ロイド女史のエアベルンも、ストレージを原型として改修を施したアームドデバイスの筈です』
「はい、確かにそうですが。この子は、私の接近スタイルに合わせて元々ナックルタイプでした。ただ、執務官は現場で単独行動を取る事も多いので、緊急用に最低限の自己判断性能が必要となったので人格型のアームドに改修したんです」
『ありがとうございます。デバイスの機種転換改装措置は、ロイド女史のような事例が殆どです。主にストレージから別機種へ転換する際、愛着から筐体をそのまま使用する事を望む魔導師が多いと聞いています。ですが』

 スカイトラストが言葉を切る。そうして逡巡を挟むような間の後、告げる。

『機種転換改装措置には時間が掛かります。少なくとも一長一短でできるような簡単なものではありません。デバイス・マイスターの資格保有者でなければ行えない緻密で繊細な作業なのです。今のアンスウェラーのような完璧なストレージ化には、システム同調等の時間も考慮して、最短でも一週間以上は必要でしょう』

 今のアストラの掌にあるデバイスは、一般の常識では有り得ないモノである。スカイトラストは暗にそう語っている。
 有り得ない機種転換措置。
 物言わぬかつての相棒。
 逃走中のフェベル。
 生きたオペル・ガレリアン。
 願望器《ジュエルシード》。

「おいおい」

 それは無い。理論の飛躍だ。現実的ではない。
 整理した情報から、そう考える方が自然だったというだけの話。
 そもそも非論理的過ぎる。いや、アストラはそうした難しい話は苦手だが、そんな事が果たして現実的に可能なのか。
 だが、他にこの現実を説明できる理論が無い。
 額が熱い。あの時、オペルに撫でられた場所が熱を持って疼く。

「アストラよ」

 低い声に顔を上げれば、白髭を蓄えた屈強な老魔導師の顔があった。
 歓楽街にあの質量兵器が出現した時。絶体絶命の危機を救ってくれた航空魔導師だ。

「ああ。そういえば、まだあんたに礼を言ってなかったな。二回も助けれられた、ありがとう」
「気にするな。かつての友の息子を救わずに何を救うか」
「かつての友?」
「オペルは我が友よ。お前の事は奴から何度か聞いておったわ」

 屈強な肩を揺らして笑った老魔導師は、すぐにその皺だらけの頬を緊張で硬く引き締める。

「今のお前にこれを聞くのは少々酷だと理解はしているが、済まない、聞かせてくれ。あのオペルは一体何だ? 奴はとうに墓の下だ」

 死んだ人間は生き返らない。失った過去はどんな魔法でも取り返せない。

「それなのに、奴は確かにいた。魔力反応は違っていたが、他はすべて奴そのものだった。だが、常識的には有り得ない。何か分かるか?」
「……俺も、確証がある訳じゃないッスけど」

 そう前置きをして、アストラは理論的ではない結論を口にした──。






 Continues.











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