根性戦記ラジカルアストラButlerS

急:only my buddy −そのふざけた思いやりをぶち穿つ− ♯22







 これは根競べだ。冷たく湿った気温に身を震わせながら、フェベルは思う。
 不衛生な路地裏である。陽の光の届かない吹き溜まり。ここから三十分も車を飛ばせば華やかな鋼の摩天楼があるのだから酷い落差だ。過去二度の騒乱事件の影響で立入禁止区画が広がったここ──廃棄都市には、路上生活者や浮浪者達の集落となっている地区も少なくない。
 フェベルも進んで立ち入る気にはなれない場所だった。大小の犯罪組織が根城にしている場合や、違法研究に手を染めた魔導師が工房を築いていた記録もある。クラナガンの東西南北の陸士部隊が連携して周期的に掃討作戦を行っているが、一掃には至っていないのが現状だ。
 フェベルも情報管制官として、そうした作戦には参加している。JS事件の折、最前線で騒乱鎮圧に奔走した機動六課の分隊と、敵の主力を務める戦闘機人達が衝突したのもここだ。
 そこに潜伏し、またここを戦場とした事に、因果を感じずにはおられない。
 フェベルは息を切らせて走る。一帯の地理は頭に叩き込んでいるので、現在位置はデジタルマップを見なくても正確に把握している。問題があるとすれば自分の粗忽な運動神経だ。転倒は何としても避けなければならない。
 汚水を蹴飛ばして走り続けたフェベルの行く手に、六階建ての雑居ビルが現れた。壁の建材が剥離し、硝子はすべて割れた、朽ち果てた建築物。その非常階段の翳に飛び込み、フェベルは悴む指を叱咤して電子端末を操作した。ホログラムの光学仮想キーボードと視覚入力を駆使し、近隣に設置していた簡易ECMをすべて作動させる。
 巨大な羽虫が舞うような鈍い音が霧雨の中に響く。同時に重い物体が何かに衝突したような雑音が木霊した。

「掛かった! アンスウェラーさん!」

 通信機に叫んだ時には、頭上を黒い翳が跳んでいた。
 朽ちた雑居ビルの屋上の縁を蹴った初老が、黒と赤の防護服を翻して空を駆けてゆく。手には巨大な突撃槍。僅かな光を吸って弾くその尖端は、別の雑居ビルの屋上の貯水タンクに墜落した質量兵器を捉えていた。
 右肩から半身を金属タンクに埋めてしまっている敵──ステイシスは、可動する左腕を振り抜く。鋭い接続音。ウェポンベイが展開し、内蔵されている魔力砲がせり上がった。
 しかし、発砲音はしない。アンスウェラーが制御解放した攻性魔法が、その指向性を銃口に殺到させ、内部機構を破壊したからだ。派手な爆発。火花と共に部品が臓物のように飛散する。

「デク人形め。我がマスター以上に学習能力が無い──!」

 跳躍の加速と全体重を載せた突撃槍を敵左肩へ叩き込む。堅牢な複合装甲を紙細工のように貫通。その先にあった動力炉を穿つ。更に尖端に内蔵されているホールドブレードを展開し、引き抜く際にすべての予備回路や回線を切断した。
 誤作動のように巨躯を痙攣させた質量兵器は、アンスウェラーが背後に飛び退くと同時に爆発四散した。灼熱の赤が雨に濡れた屋上を舐め、初老の顔を照らし出す。
 暫く周囲を警戒するが、敵の第二陣の気配は無い。動態、熱源、生体、すべてに感無し。有機物となってから備わった感覚も静かなものだ。
 吐息をつき、アンスウェラーは踵を返して屋上から地上へ飛ぶ。そこにはボロボロの非常階段があって、その翳にフェベルが矮躯を小さくして、戦闘の終了を待っていた。

「お疲れ様です、アンスウェラーさん。お怪我は?」
「この通り無傷だ。お前が構築した対ステイシス用ECMの効果のお陰だな」

 搭載兵装に魔導技術が導入されているといっても、ステイシスの大部分は電子制御された機械である。アンスウェラーとスカイトラストが収集していたステイシスの戦闘データから、機能阻害に有効な妨害電波の周波数をフェベルが解析したのだ。
 アンサングに同様の効果が発揮されるか分からないが、少なくともステイシスの機能を大幅に制限させる事に成功した。

「これだけの効果があるのなら、もっと早くに導入するべきだったな」
「はい。でも、電子用装備も質量兵器だと毛嫌いする将校さんも多くて、そうした装備の研究開発の予算は雀の涙みたいなものでした。JS事件で発覚したアインヘリアルの影響もあって、地上本部の質量兵器に関連した技術に対する排他的な態度は筋金入りです。リーンさんもECMの有用性に気付いていたようですが」
「導入は難しかったという訳か。昔からそうだが、縦割りの組織の弊害は度し難いものだ」
「仕方ありませんよ、これだけ大きな組織ですから。ECMは強力ですが、部品も安物の私の手作り製です。ステイシスの電子装備が貧弱なので効果はあっても持続時間は長くないので、過信しないで下さいね?」
「分かっている。その器用さで料理もできるといいな」

 突撃槍を待機形態であるシルバーアクセサリーに変化させたアンスウェラーが苦笑する。

「そ、それは、その内ちゃんと勉強します!」
「期待しておこう。それで管制機の反応は?」
「駄目です。アンスウェラーさんを相当強く警戒しているようです。反応が確認できたのはアンスウェラーさんが破壊したステイシス一機でした」
「戦力の小出し、逐次投入など愚の骨頂なのだがな」

 リーン・ロイド執務官が方々に手を尽くして得たステイシスやアンサングの情報の中には、ジェイル・スカリエッティが製造したあの質量兵器の総数もあった。ステイシスは古代遺失物の一種故に絶対数は限定されているが、あれをレイン・レンと現代技術を用いて復元強化したアンサングの配備数はダース単位だ。
 管制機が誇る戦力は潤沢。しかし、アンスウェラーと共に管制機──リーンが与えた識別名《オッツダルヴァ》──の追撃をはじめてから、ほぼ単機のステイシスしか相手にしていない。

「アンスウェラーさんにジュエルシードの反応を見たのかもしれません。どちらにしろ、私達はこのまま管制機を追いかけるだけですから」

 そして彼女が所持していると思われるジュエルシードを奪取する。
 もしジュエルシードを持っていなければ、今も民間に供与されているナンバーを強奪する。
 それは、揺るぎない決断だ。

「セーフハウスに戻りましょう。寒いです」

 くしゅんとクシャミをしながらアンスウェラーの防護服の裾を引っ張る。百九十を超える長身は見上げなければその表情を窺えない。
 老い故の生気に乏しい端整な顔は、見上げてくるフェベルの方を向こうとはしなかった。鉛色の空を見上げて、何処かを注視している。
 天敵の接近を敏感に感知した草食動物のように、彼は何かを警戒している。その雰囲気に、フェベルも緩めていた意識を引き締めようとした時、電子端末が警告を鳴らした。仮想ディスプレイが自動展開され、フェベルに状況を報告する。

「魔導師反応──!」

 反応は二つ。内一つはすぐそこだ。更に移動速度が普通ではない。陸戦魔導師達を現場へ搬送する輸送ヘリの最新型を超える速度で、こちらを目指して一直線に肉薄している。
 航空魔導師だ。配属されている戦闘魔導師の九割五部が陸戦であるここクラナガンで、これだけの速度を出せる航空魔導師は極々限られている。

「首都航空隊か。厄介だな」

 アンスウェラーが囁く。

「撤退しましょう。戦っちゃ駄目です!」
「そうしたいが、既に捕捉されている。逃れるのは難しい」

 随時展開されている小型仮想ディスプレイがけたたましく騒ぐ。アンスウェラーが口にしたように、二つの魔導師反応にフェベル達は既に捉えられている。市街地で飛行魔法の使用許可を得た航空魔導師から逃れる術は無い。障害物の弊害を受けない彼等とは根本的に機動性が違うのだ。
 霧雨を引き裂く発砲音。警告無しで行使された射撃魔法が、寄り添うように身構えていたフェベルとアンスウェラーを分断する。横一文字の掃射が車道を一閃し、雨に濡れた路面を削った。
 硝煙のような魔力残滓の中、空を見上げたフェベルは、アンスウェラーに襲い掛かる瞬間の航空魔導師を目撃した。まだ若い男性だ。灰色の外套を翻し、手にした二振の警棒のようなデバイスをアンスウェラーへ一閃させる。
 短く刈り上げた頭髪と精悍な顔立ち。そして鋭い眼付き。
 見覚えがある。彼は、確か──。

「カウテルさん!?」
「テーター陸士、無事っスか!?」

 首都航空隊1321隊所属アトラー・カウテル三等空尉。どうして彼がここに──!?
 若い航空魔導師の青年と老人を模した魔導生命体の攻性魔力が紫電を撒き散らして衝突する。膂力は互角。優に三メートルを超える巨大突撃槍と二振の四十センチ強の打撃武装が激しく鍔迫り合う。
 先にアトラーが動く。着地と同時に素早い身のこなしで足払いを仕掛ける。これを目敏く感付いていたアンスウェラーは、アトラーの体重を支えている片足の太腿を蹴り上げ、彼の姿勢を崩した。僅かに宙に浮いた青年空尉の懐へ、突撃槍の柄頭を叩き込む。
 マネキンのように吹き飛んだアトラーの身体は廃ビルの壁に衝突。鳩尾への一撃だ。意識を断つには充分過ぎる──。

「っ──!」

 だが、彼は倒れなかった。地面を片手で弾き、横っ飛びに鋭い回避運動。徒手となった右手で術式制御用帯状魔法陣を構築し、間合いを計っているアンスウェラーに翳した。
 撃発音声の無い簡易魔法。牽制の射撃魔法か、または何かしらの補助魔法か。恐らくアンスウェラーもそう予想したのだろう。半身に構えて迎撃の準備を整えている。そして、自らの足元に深々と刺さっている一振の警棒型ストレージデバイスを目撃して顔色を変えた。
 アトラー・カウテルの簡易魔法はブラフも兼ねていた。彼から制御解放の命令を受けたストレージデバイス《ツインノッカー》が術式を発動。柄頭を軸として魔法陣が広がり、魔力で編まれた数多の鎖が鎌首を擡げた。対複数から単独まで幅広く使える拘束魔法だ。
 その状況に対して、初老の陸戦魔導師となった魔導端末の対処は迅速を極めた。迫る幾重もの鎖を、身を切り返してギリギリで回避し、地面を穿っているツインノッカーに攻性魔法を発動。

「インパクト──!」

 不可視の衝撃波を任意の場所に発動させる攻性魔法は、ツインノッカーが突き刺さっている地面を吹き飛ばした。舞い散る草臥れたアスファルトと湿った土砂。固定場を失ったツインノッカーは宙に放物線を描き、アトラーの手元に戻ってくる。

「分離型デバイスの一基を触媒にするのは良い手だ。だが、場所と選択した魔法が悪かったな。チェーンバインドは行使に土台となる構築魔法陣が必要だ。それを崩してやれば、術式も自動的に崩壊する」
「っ──ロリコンジジイが偉そうに講釈垂れるな!」
「……ロリコンジジイ?」

 アンスウェラーが怪訝に眼を細めると、アトラーは憤懣やるかたないといった様子で二振のデバイスを構えた。

「テーター陸士をかっ攫った時点で、どう考えてもロリコンだろ!? YESロリコンNOタッチを忘れた性犯罪者が! 大人しくお縄につけ!」
「……あの、カウテルさん。私、これでも二十歳超えてますけど?」

 沈黙。緊張感に満ちた表情を硬直させていた若い航空魔導師は、困った顔のフェベルと身構えているアンスウェラーを交互に見渡した後、ずばっと姿勢を正してフェベルに頭を下げた。

「すいません! てっきり十五歳くらいかと思ってました!」
「か、顔を上げて下さい! この前も言いましたが私の方が階級は下なんです!」

 その時、上空から別の声が降ってきた。

「バカアトラー! 遊んでいる暇なんてありませんよ──!」

 同時に疾る射撃魔法。白銀の魔力弾頭が雨を蹴散らし、アンスウェラーを襲う。初老は身を翻してこれを回避。ステップを踏みながら突撃槍の柄頭から伸びる保持用鎖を遥か頭上へ投擲する。
 数十メートルの上空で射撃魔法を構築していたヴィルチ・ファーラルは、防御魔法を展開して鎖を弾こうとする。その障壁を発動場所として、アンスウェラーがアサルトを行使。猛烈な衝撃と視界を遮る焔光、更に耳を劈く爆発音が女性航空魔導師の防御魔法に殺到する。

「っ──!?」

 その隙を縫い、アンスウェラーは鎖の軌道を変える。爆炎を突破した鎖の尖端が魔力防壁の裏から侵入し、ヴィルチの足首に巻きついた。
 そのまま膂力に物を言わせて下へ引き摺り落とす。視界も聴覚も遮断されてしまったヴィルチは混乱の悲鳴を上げて落下。しかし、濡れたアスファルトに叩きつけられる瞬間、アトラーが彼女の背中に自らの身体を滑り込ませた。
 重い打撃音。

「っ──! 重!」
「だ、誰が重いですか誰が! 変な所に触らないで下さいバカ!」
「俺一応助けたんだけど!?」

 二人の航空魔導師が態勢を立て直す前に、フェベルの下へ駆け寄ったアンスウェラーが、彼女の顎に攻性魔法を構築した掌を添えた。

「動かないでもらおうか、管理局。こちらには人質がいる」
「こ、この野郎……!」
「バカアトラー。私を助けている暇があるのなら、テーター陸士を確保していてくれれば良かったのに……!」
「うるせー! 相棒助けないで誰を助けるんだよ!」
「貴方が尊敬しているガレリアン准尉の彼女でしょう! テーター陸士を救出すれば、ガレリアン准尉も元気になるって貴方騒いでいたじゃないですか!」
「いやそうなんだけどよー……」

 少々感情が先行しているが、ヴィルチの批難は正論である。アンスウェラーがヴィルチの相手をしている瞬間、フェベルは無防備だった。彼女の身柄とその安全を確保するならば、あの時が絶好の機会だったのだ。それなのに、アトラーは相棒の危機を救う方を優先してしまった訳だ。粗忽な真似だと激怒されても反論できない失態である。
 だが、アトラーも、そうする事で自分達が危機的事態に陥るのも想像できなかった訳ではない。まるで善意の行動を否定されてしまった子供のような面持ちで言葉を濁らせる相棒に、ヴィルチは喉を通過しかけた罵倒をぐっと堪えて嚥下した。

「あーはいはい、助けてくれてありがとうございました! お陰で掠り傷一つありません!」
「お、おう!」

 痴話喧嘩のような口論をしながらも、身構える航空魔導師は隙を見せない。歳はアストラより少し下くらいのようだが、積み重ねている戦闘魔導師としての経験に差は全く見られない。いや、彼等は首都防衛隊だ。体験している修羅場の密度は陸よりも濃密であろう。味方ならばその技量からして頼りになる存在だが、敵に回すとこれは厄介だ。

「ど、どうしましょうか、アンスウェラーさん」
「手筈通りだ。お前は私に誘拐された哀れな陸士を演ずれば良い」
「でも、それは」

 フェベルが困惑の声を上げようとした時、ヴィルチが口調を改めて告げた。

「ミッドチルダ首都航空隊です。速やかに武装を解除し、投降して下さい」
「交渉できる立場ではなかろうて。こちらには人質がいる。少女趣味を掻き立てるこの童顔に一生モノの傷を負わせたいというのであれば別に構わんがね」
「このロリコンジジイがぁ……! でもテーター陸士は二十歳だからこれぞ合法ロ」
「突撃するしか能が無い馬鹿は黙っていて下さい」
「……はい」

 冷たく遮られたアトラーは覇気を失った様子で肩を落とす。それでも姿勢を保っているのだから流石は精鋭だ。言動はアストラに近いというか、緊張感の欠片も感じられない酷さなのだが。
 ヴィルチがアンスウェラーに眼を眇める。値踏みをするような不躾な視線だが、アンスウェラーとの交渉を思索している様子ではなかった。
 その切れ長の眼に浮かんでいるのは、疑惑の色だ。
 彼女はゆっくりとした口調で、何かを確認するように言った。

「……そのデバイスは、ガレリアン准尉から強奪したものですか?」
「そうとも。あの愚かな陸戦魔導師には勿体無いデバイスだ」
「なるほど。ではテーター陸士を攫った時、一緒に奪ったという訳ですね。でも、おかしいですね。そのデバイス──魔導端末アンスウェラーは、今もガレリアン准尉が所持しています。形状も酷似します」
「……二番機ではないのかね?」
「ストレージならばその可能性もあるでしょう。しかし、アンスウェラーはワンオフのインテリジェントタイプです。インテリジェントは外観を魔導師の資質に適合させる機能もあります。同じ形のインテリジェントが二機もあるのは少し考え難い」
「一理あるな。それで?」
「……貴方は何者ですか?」

 若い女性航空魔導師の声音が沈む。目許が鋭さを増し、疑惑の色は更に濃くなる。
 彼女は情報を精査し、一つ一つを確認するように淡々と続けた。

「先端技術医療センターが、あの質量兵器群の襲撃を受けた事件は公にされています。その被害状況や損害規模等もすべて公表されました。ですが、そこに貴方と誘拐されたテーター陸士の事は無かった。陸士部隊内部でも巧妙に隠蔽され、実情を知っているのは第108部隊の極限られた局員のみとなっています」
「ならば何故首都航空隊のお前達がそれを知っている?」
「私達がお世話になっていた方に、ガレリアン准尉や108部隊と親しい人がいまして。そちら経由です。陸士部隊の一分隊のみでは、誘拐された陸士の救出と誘拐犯の確保を行うのは不可能ですから、素性が明確になっている上に戦力上単独行動をしても問題の無い局員にこの話が回ってきたのでしょう。ただ、腑に落ちない部分が多いのは変わりません」

 アンスウェラーは無言のまま首肯し、視線でウィルチに先を促した。アトラーが苛立った物腰で彼女の肩を小突く。眼前の誘拐犯にこちら側の事情を開示している相棒の心中を図りかねているのだろう。気が長いようにはとても思えない顔には険しい剣呑が宿っている。
 そんな相棒の心理状態を把握しているだろう若い女性航空魔導師は、しかし、辛抱強く言葉を紡ぐ。

「陸士が一人誘拐されたというのに、その奪還と誘拐犯の確保は極々限られた人員で行われる。例の質量兵器群と戦闘機人が未だ首都に潜伏しており、そちらの警戒と対応に我々首都航空隊が動員されている非常事態下であっても、あまりに不自然です。陸士部隊の中には108のように独自に捜査網を構築している部隊も多いと聞いています。それらのパイプラインを駆使すれば、誘拐犯を発見する事はそう難しくない筈でしょう」
「何が言いたい?」

 アンスウェラーが静かに問う。

「テーター陸士。貴女は、この男に自ら進んで同行しているのではないのですか?」

 硬い声でウィルチが告げた。その横では、相棒のアトラーが瞠目して息を呑む。

「おいおい何言い出すんだよウィルチ! このジジイはロリコンで、テーター陸士って合法ロリをつい攫っちまった極悪人だろ?」
「そうとも、若き航空魔導師よ。私はしがないただの少女趣味さ」
「ほれ見ろ!」
「アトラー。言葉を額面通りに受け取る貴方の性格は美徳であると同時に欠点です。貴方は疑問に思わなかったのですか? 襲撃された医療センターで陸士誘拐事件が起こるなんて、どう考えても不自然です。しかもこの男は陸士部隊に対し、何の要求もしていません。また、この場で言うべき事ではないでしょうが、テーター陸士は情報管制官として素晴らしい技能をお持ちですが、一般局員です。高官でもなければ将校でもない彼女は人質としての価値が低いと言わざるを得ません」
「お前、こういう時くらいその歯に衣着せぬ物言いは自重しろよ……」

 アトラーが眉を寄せる。険を宿した相棒を、ウィルチは横目で見据えた。

「そもそも、この誘拐事件の情報が開示されていない時点で普通ではないのです。私達だってヴィータ隊長の元部下でなければ、きっと知り得る事は無かった。陸士が正体不明の戦闘魔導師に誘拐されれば、もっと大事になっていて良い筈だもの」
「そりゃそうだけどさ。でもこうやって俺達の眼の前でああやってるだろ、あのロリコンジジイは!?」
「あれが演技ではないと誰が保障してくれるのですか、アトラー。ガレリアン准尉のインテリジェントデバイスが二基存在しているのもそうです」
「それならロリコンジジイが言ってたじゃねぇか。二号機の可能性があるって」
「……貴方は何処まで素直に人の話を信じるんですか、もう」

 ウィルチ三等空尉が呆れ果てた様子で額を覆う。その頭痛を忍ぶ表情に、フェベルは深い親近感と同時に同情心を抱いた。病室で少し話しただけの関係だけれど、彼女の心労は痛みを伴うほどに理解できた。カウテル三尉には大変申し訳ないが、彼が相棒では苦労が耐えないだろう。
 やっぱり懐かしい。小さな胸が吹き込む寂寥感に苛まれ、痛む。

「少し前のお前と我がマスターを見ているようで、愉快だな」

 アンスウェラーが愉快そうに囁く。肩の震えは笑いを堪えていた。

「アストラさんはカウテル三尉よりも遥かにお馬鹿ですから、もっと大変でした」
「そうだな。その愚かさを取り戻して欲しい我々は、更に馬鹿なのだろう」

 跳ぶぞ、と初老の姿をした魔導端末が告げた直後、フェベルの身体は突然の加速荷重で悲鳴を上げた。アンスウェラーは予備動作無しで路面を蹴り飛ばしたのだ。横合いのビルの三階の窓硝子から中へ飛び込み、アンスウェラーはフェベルを抱えて荒れ果てた室内を転がった。すぐさま姿勢を立て直して廊下に飛び込む。
 鋭い発砲音。追撃の射撃魔法が初老の軌跡を抉る。
 背後から罵声が聞こえた。魔法構築の気配が漂う。フェベルが握る電子端末も警報を鳴らして、迫る危機を通知してくる。端末が感知した二人の航空魔導師の魔力反応はアストラとは比較にならない。今のアンスウェラーには及ばないが、自分と何ら変わらない歳で首都航空隊に所属している精鋭だ。

「魔導師ランクなど、ただの目安だ。若いが、あの二人は熟練者であろう。損害を出さずに撃退するのは至難だ。フェベル、退路の確認を」
「はい。この雑居ビルの地下から下水道に直接出られます。そこから南に三ブロック離れた場所に浄水施設があります。完全な無人運用されている施設なので、監視設備を黙らせれば潜伏できます」
「ではそこに向かおう。監視設備はお前に任せる。少し揺れるが問題無いか?」
「大丈夫です。お願いします」

 アンスウェラーが廊下の床を目掛けて突撃槍を投擲した。六階建てのビルを支えている建築材が一斉に軋み、天井から細かな破片が落下する。アンスウェラーは改めてフェベルを抱え直すと、地下へ通ずる突破口を一直線に降下した。
 強引極まりない手段ではあるが、市街地戦に於ける航空魔導師と陸戦魔導師の機動性は比べるべくもない。三次元的な機動性が発揮できない空間に避難しなければ、その追跡の手から逃れるのは困難だ。

「……やっぱり、ナカジマ部隊長やリーンさんにはご迷惑をおかけしているみたいですね」
「避けられん事態だ。同時に予想していた事態でもある。だが我々は止まれない」

 地下に入った。視界が闇色に遮断され、電子端末が投影している光学仮想ディスプレイの淡い光がすべてとなる。

「我がマスターの今を変えるのだ。その為ならば」

 あらゆる事象を些事だとする決意はしている。
 けれど、罪悪感は拭えない。これまで感じた事の無い疼痛が胸の中で暴れている。
 こうなる事は最初から分かっていた。その為の決意ではないか。民間に供与されているジュエルシードすら奪い去ると決めたではないか。
 後悔は無い。
 後悔なんて、ある訳ない。
 それでも。だけれども。
 自分は、自分を大切にしてくれている人達を裏切っている。
 この事実は、変わらない。
 その実感を、今更ながらにしているだけだ。
 そしてそれは、思っていたよりも、ずっと辛かった。
 デバイス暴走事件の時、クロノ・ハラオウンも、この心境に陥ったのだろうか。
 そんな詮無い事を考えながら、フェベルは汚水の饐えた匂いが充満する下水道に顔を顰めた。






 Continues.











inserted by FC2 system