根性戦記ラジカルアストラButlerS

序:自由待機プレイ ♯.6







 アンスウェラーは蒐集済みのリーン・ロイド執務官に関するあらゆる情報と評価を吟味し、それが正確である事を認識、身を持って実感した。
 彼女は優秀である。実に優秀な執務官である。
 捜査方針もその体制も、基本を踏襲しながら、状況に合わせて臨機応変に対応が出来る上に、規則に束縛されていない。それでいて権力を振り回すような真似はせず、踏み止まるべきところは弁えており、己が責任を取れる範疇内ででしか無謀な行為には及ばない。
 書類上の捜査権限は、協力体制にある陸士108部隊の前線第一分隊分隊長になっても、事実上は本局直属のリーン・ロイド執務官にある。階級も一尉扱いとなっている彼女が上。ならば、リーンには捜査上の全責任を帯びる義務がある訳で。例えば、今やっている行為も、すべては彼女の独断専行で片付く形になっている。
 総じて手間のかかる長年の使役者アストラ・ガレリアンよりも百倍は頼りになるし、誇りに思える聡明な女性だ。過去の経歴で少々気になる点もあるが、幼少に両親を喪った時の歪んだ反動だと考慮が出来る。

『流石はハラオウン執務官と共同捜査を行った経緯のある方です』
『あの子にはまだまだ及びません。もしかすれば、ずっと追いつけないかもしれないでしょう』

 暗闇の中での思念通話。アンスウェラーは掌握しているすべての監視カメラ映像をチェックし、問題が無い事を彼女へ報告する。
 真夜中の美術館は、昼の静寂が不気味さに変貌した空間だ。中でも館内で最も利用率の少ない女子トイレの一番奥の個室ともなれば、最果てレベルである。

『ジュエルシードの捜索は、彼女へのコンプレックスですか?』

 この世間話は、機械の眼には認められない翳が、その尻尾を振るまでの間の、ささやかな時間潰し。アンスウェラーは日頃垣間見せない好奇心を、気紛れに任せて小突いた。
 自分を首から提げている黒髪の女性は、少しの間、押し黙り。

『本当に面白いインテリジェントデバイスですね、貴方は。そういうところまで勘繰れるのですか?』
『恐縮です、ミス・ロイド。しかし、高町なのは戦技教導官が所有するレイジングハートには遠く及びません』

 そう言うと、リーンは苦笑する。光が根絶された夜闇の中でも、アンスウェラーにはその屈託無い笑みが認められる。

『そうですか? 私は高町教導官とは深いお付き合いはありませんが、フェイトからは良く聞いていますし、彼女の専用デバイスについても伺っています』
『私のようなロートルでは、レイジングハートのような大容量には対応出来ません』
『貴方方インテリジェントデバイスの強みは、数字を機械的に処理しない点ではないのですか? そういう点では、貴方とガレリアン准尉の絆は、あのお二方にも負けないはずです』
『買いかぶり過ぎでしょう。私と我がマスターはあくまでも使役する者とされる者です。それ以上の関係が張り込む余地はありません』

 素直ではありませんね、とリーンはまた苦笑。
 いつも相手にしているのが本能だけで生きているような動物──少々辛辣な気もするが、我ながら的を射たマスターへの評価だ──なので、頭の回転が速い上に狡猾な広域次元犯罪者を追っている敏腕執務官との対話では、イニシアティブを握るのは至難だろう。経験値が不足している事柄について後手に回ってしまうのは、機械も人間も変わらない。
 モニターしているリーン・ロイド執務官のバイタルの心拍数や脈拍は、平均値より少しだけ上昇している。この状況下で緊張しないのは問題だが、このまま件の被疑者が行動を起こすまで待機するのは、気疲れを呼ぶ。リラックスをさせるつもりで世間話の口火を切ったつもりだったが。どうやらそれは杞憂だったようだ。

『被疑者は動くと思われますか?』
『貴方の勘は?』

 本当に意地悪な方だと、アンスウェラーはリーンの評価を修正する。

『犯人の目的次第だと推測しますが、ほぼ来るでしょう』
『その根拠は?』
『ジュエルシードはJS事件で盗難、悪用された事を教訓にして、強固な封印処理が施されています。解除には専門の知識と大規模設備と高等な魔導知識が必要となっており、民間レベルは解除は不可能です。また、この美術館の監視システムや高レベルでの防犯基礎三種処理を、一切の痕跡を残さずに無力化するのは、管理局に属するその道の専門家魔導師であっても難しいでしょう』
『かなり器用な魔導師でなければ不可能ですね』
『はい。ルブール美術館も、多方面からの捜査の結果、ほぼ一○○パーセント潔白が証明されています。この犯行は、明らかにAAA以上の高位魔導師個人によるものと推察されます』
『美術館関係者ではない個人。となると、金銭目的で盗んだかもしれませんね。なら、他の展示物に手を出していないのは?』

 教師が生徒に答えを訊ねるような声音で、リーン。
 不本意ではあるが、彼女の嗜好に付き合うとしよう。

『出していないのではなく、正確には出せなかったのかと思われます。盗難に用いられた魔法は高度な欺瞞系統でしょうが、フェイクシルエットをはじめとするこれら欺瞞魔法は犯罪行為に使用される事が多く、管理局によって厳重に管理されています』
『変身魔法が最たる例ですね』
『ええ。法の番人である執務官に法律に関して説くのは時間の浪費ですので省きます。民間には出回らない欺瞞魔法ですが、アンダーグラウンドでは日常的に行使されています。ところが練度は高くはありません。ワンオフ仕様に匹敵する高性能なデバイスも必要になりますし、術式が非常に複雑で、簡単に行使出来る魔法ではありません。これらの問題を努力のみで打開したランスター執務官には、是非その爪の垢を我がマスターの胃へ詰め込んで頂きたい』

 機能を絞って自作した簡易ストレージと、独力による欺瞞魔法の習得。将来を嘱望されている若き執務官は、まだ未熟な頃、良く才能なんて無いと自身を卑下していたが。努力の天才だと、アンスウェラーは思う。

『なら、犯人は機械と人間の視覚的情報を欺瞞する魔法を使えるけど、長時間は難しいと推測する訳ですね』
『ジュエルシードを狙ったのは、その知名度からでしょう。厳重な封印処理をされていますが、第一級捜索指定遺失物に相当する危険な次元干渉型です。中途半端で歪ですが、願望機としての機能もある。その手の知識に精通している者ならば、欲するが道理です』
『欺瞞魔法を行使出来る魔導技術と、それに対応したデバイスを所有。さらに古代遺失物を危険と知りながら蒐集するコレクター』

 その程度のプロファイリングは、リーンならば事件資料を閲覧した時点で済ませているはずだ。問題は人間と機械の視覚情報に同時干渉して、短時間ながら完全に姿を暗ましつつ美術品を盗み出した被疑者だ。

『補助魔法しか使えない、というのは』
『楽観的過ぎるでしょう。恐らくは純粋な殺傷性能に長けた攻性魔法を習得しているはずです。単独戦闘では、リスクが大き過ぎます』

 リーンは今ルブール美術館の女子トイレに潜伏中だ。監視カメラの映像は信用が置けない上に犯人が再び侵入して来る可能性もあった為、直接捜査に踏み切った訳だが、美術館側には申請していなかった。昼間の小太りの責任者に知られれば、あまり宜しい事態には発展しない恐れがある。事後処理は始末書で片付く容易なものでなくなる。

『でも、これ以上の被害拡大は許容出来ません。美術館の事件関与も、すべてを否定するには足りない』

 だからこその未報告である。
 しかも、アストラ達陸士部隊にも、詳細は伝えていない。これは事件を担当している陸士108部隊に、美術館側が地上本部なり本局なり抗議文を提出した時の余波が飛び火しない為の措置だ。
 犯人に悟られる危険性もあるので、通信機も使えない以上、今は孤立無援に等しい。
 その上で、被疑者は出揃っている現場証拠で組み立てられる悲観的推測で、並み以上の使い手と来ている。非常に危険な状況下だ。

『我がマスターには直接回線を確保しています』
『でも、ガレリアン准尉達の手を煩わせるのは、気が進みません』
『──陸は、頼りになりませんか?』

 いつもの平坦な電子音声で言ったつもりだったのだが。
 かつて一度だけ発露された『感情』の影響が、今も残っているアンスウェラーの、そう告げる声には、微かな不審があった。
 リーンは眼を瞬かせて。濡れた黒い瞳を、嬉しそうに細める。

『申し訳ありません。そういうつもりで言ったのではありません』
『では何故ですか?』
『ジュエルシードは、私の大切な友人にとって、とても大切な思い出の品です。それがあるべき場所に無いのが、私は嫌なのです』
『だから独力で解決したいと?』
『自己満足なのは重々承知しております。ですが』
『分かります』

 遮るように、アンスウェラーは肯定する。
 自己満足。エゴ。身勝手で悪質な行動。無駄な矜持。あまり印象の良い言い回しは、搭載されている言語機能がお世辞にも高性能とは言えないので、出て来ない。
 しかし、それは人が人である以上持って然るべき要素だと、アンスウェラーはすべてが零と壱という数字で処理される心を以って認識する。
 自己を、その心を。満たして、充足感を得る。それ自体は、決して悪い事ではないはずだ。

『我がマスターは、自己を満足させる為だけに生きています。私は我がマスターが健やかな充足感を得る為の──彼が思うように生きる為の、道具です』

 仕えるマスターに逡巡は無い。
 彼に足を休める踊り場は無い。常に全力疾走をしている。歩調を緩める気は皆無。
 デバイスとして、その無謀過ぎる生き方を補佐すると決意した。十年近く前の、夕暮れに燃え上がる廃棄都市で、幼い高町なのはと最後の模擬戦を開始した時に。
 でも、その選択に葛藤を覚えている今の自分。
 システムエラーは無い。バグでもない。何度もマリエル技官やフェベルに整備を依頼し、気色の悪い自己診断プログラム──というのはアンスウェラーの機械的な感想だ──も幾度行使したか分からない。
 自分は、あの時、アストラ・ガレリアンの背を押すべきだったのか。それとも、止めるべきだったのか──。

『……貴方は』

 リーンが言った。

『自分の──インテリジェントデバイスの枠を超えた選択を、貴方自身の自己満足と言いたいのですか?』

 そこでリーンは口を噤み。
 彼女は緊張で研がれた感覚で。
 アンスウェラーは欺瞞魔法対策を施したセンサーで。
 それぞれ──動いた気配を、捕捉する。
 無駄話は強制終了となった。  閉じていた個室の扉を蹴り飛ばし、リーンが駆け出す。
 バリアジャケットを構築。手甲型アームドデバイス『エアベルン』を解放装着。
 軽快な機動性を重視した法衣を纏った女性執務官は、打って変わって無骨な様相を呈する装甲に包まれた右腕を振り抜き、展示区画を目指した

『魔力反応検地。魔紋照合中……データベース照合件数ゼロ。欺瞞系魔法の発動を確認。こちらに気付いたと思われます』

 走るというよりも跳躍して、速力に長けた草食動物のように身を翻したリーンが、アンスウェラーの報告に舌打ちをした時。彼女の足はジュエルシード展示地区の床を蹴り立てた。
 照明は、無い。射し込む月光のみ。
 その淡く蒼い光に陰影を刻まれた何かが、幅の広い展示場のど真ん中で蠢いている。
 眼を細めてそれを認めたリーンは、素早く術式を展開する。ワンオフ機だからこそ増設出来た潤沢な魔力回路を魔力で満たし、元ストレージ型という処理能力の高さと速度に物を言わせて、刹那で高速射撃魔法を構築。撃発音声を整える。

「時空管理局本局所属執務官、リーン・ロイドです」

 陰影がぴくんと動く。その全容は、月明かりだけでは把握出来なかった。
 ずんぐりとした意匠。潰れたような皿型の頭部。針金のような細身の腕と足。
 総じて人型ではあるが。ヒトではない。生物が発する気配が、そもそも漂っていない。
 機械的な。酷く機械的な物体。
 無駄だと承知で、リーンは警告を続けた。その意図を察したアンスウェラーが、全力で情報収集を開始する。

「武装と構築中の魔法の解除を。所属と氏名をおっしゃって頂けると助かります」

 針金のような陰影は答えなかった。代わりにゆっくりと動く。
 微かに聞こえる金属音。追随するような駆動音。息を呑んだ瞬間、身体が動き、アンスウェラーが警告した。

『質量兵器を確認! 警告、高熱源を感知!」

 横っ飛びに回避機動。彼女の軌跡を白銀の弾頭が抉り、壁を穿つ。
 射撃は止まない。けたたましい発砲音。濃密な魔力残滓が白煙となって目標の背後に排出される。落雷の如き騒音が攻性射撃魔法となってリーンを追い立てた。まさに濁流。背後で撃ち砕かれたコンクリートと鉄筋と床材が跳ね回り、残骸となる。ひしゃげた展示用パネルが放物線を描いてどこかへ飛んでゆく。
 戦場というには、あまりに一方的。
 埃と細かな残骸が濃霧となって視界を奪う。それでも敵は掃射を自重せずに発砲を続けた。マズルフラッシュのように舞い踊る白銀色の魔力光で目標の位置は分かるが、とても反撃に転じられない。
 追い縋る射線を跳躍し、回避。
 敵の対処が僅かに遅れる。飛行魔法を行使し、姿勢制御。敵頭上で構築していた術式を制御解放。高密度魔力を圧縮して構成した魔力刃──ブレイドを熟練した動作で投擲。魔力刃は鋭く白煙を貫き、カツンと甲高い音を上げて敵の肩らしきところに命中する。
 爆発。衝撃による爆破機能が付与された魔力刃は、ヒトではない目標を飲み込む。
 対面の壁に着地。ブーツを鳴らして床に降りたリーンは、向き直って再びブレイドを構築して身構える。

『珍しい射撃魔法ですね。ハラオウン執務官のプラズマランサーのように帯状魔法陣の効果付与性能による投射の方が生産性が高いと思われますが』
「あの子のように中距離以降を視野に入れた場合は帯状魔法陣を使いますよ。ただ、この距離なら投擲の方が色々と便利です。目標は?」

 手応えは得られた。リーンが得意とする中近距離射撃魔法コールドダガーは、攻撃性能も飛距離も消費魔力も、すべてが平均的だ。対戦闘魔導師用として使用者も多いスティンガーレイのような優れた弾速も、防性魔法に対する対策も、何も組み込まれてはいない。
 唯一秀でた点は、高い汎用性。追加詠唱で今のような爆破性能を付与出来る。
 リーンは様子見のつもりで最も火力の上がる爆破型で投射してみたが。
 のんびりと講義を垂れている暇は無いはずと、アンスウェラーは思慮する。

『健在』

 再び掃射が来た。猛る炎を蜂の巣にされ、獰猛な破壊が雪崩となって迫る。
 圧倒的。あまりに圧倒的な弾幕。これで一発辺りを構成している魔力密度がスティンガーレイの非ではないのだから、洒落にならない。

『ビッグナノ戦を思い出させる状況下ですね』
「あ、あのビッグナノですか!?」
『ご存知でしたか』

 平衡感覚がシェイクされてしまうような猛烈な戦闘機動に顔を歪めながら、リーンが叫ぶ。

「それはまぁ! 本局でも割と有名ですから!」
『高町教導官の航空魔導師としての能力を模倣した質量兵器でした。可能であれば、あのような代物と相対するのは避けたいところです』
『チョットアタマヒヤソウカ?』

 片言の機械音声が弾幕を掻い潜って響く。それはアンスウェラーではない。
 リーンの背を戦慄が這う。掃射が止み、敵が巨大な弾丸となって渦巻く魔力残滓と埃と建材の白煙を突破して肉薄する。
 穴だらけになった床を踏み砕き、火災報知器の耳障りな騒音と、作動したスプリンクラーの放水を浴びて、黒灰色の機体を鈍色にギラつかせながら。

「くぅ……!」

 女性執務官の反応が遅れる。水浸しになった床で足が縺れる。回避は捨て、防御行動を取ろうとした瞬間。
 強烈な閃光が、彼女の視界を焼いた。
 著名なデザイナーが手がけたという一面硝子張りの壁に、前照灯をハイビームにした車輌が突っ込んだ。粉々に粉砕された硝子が雨となって飛び散る。派手な破音。限界まで加速していたのか、バンパーに表情に乏しい美少女──対有機生命体用コンタクトヒューマノイドというらしい──を描いた民間用軽自動車は破片に乗り上げて軽く滞空。リーンへ肉薄していた人型質量兵器の横っ腹を直撃して、向こう側の壁へ弾き飛ばした。
 タイヤで空を切った車輌は、濡れた床をものともせずに車体を軋ませて着地する。何とも器用というか、見事なドライブテクニックだ。
 車輌のドアが内側から凄まじい衝撃を受けて吹き飛ぶ。可愛らしい軽自動車のドアは、くるくると綺麗な放物線を描いて、無事だった展示物を木っ端微塵にブチ壊した。
 運転席から現れたのは。

「いやぁ! 乗り物には魂が宿っていて信頼すれば応えてくれるという漫画に従ってやってみたが、実にその通りだったな!」

 小脇にガクガクブルブル震えているフェベル・テーター二等陸士を抱えたアストラ・ガレリアン准尉だった。
 不敵な笑みで唇の端を吊り上げた青年准尉は、青い顔で硬直するリーンと、壁に半ばまで埋まってしまって、ういんういんと健気に手足をバタつかせている質量兵器と、死亡率五○パーセントを超える戦場最前線みたいな荒れた空間に変貌した美術館内を、それぞれ交互に見渡した。

「──コホン」

 おもむろに、咳払い。そしてきりっと緊張感で顔を引き締め、蛙みたいな不細工質量兵器を指差して、軽やかに叫んだ。

「お前の罪を数えろ!」
『それは我がマスターの事です』





 Continues.





 以下パロディの出典元。

 □乗り物には魂が宿っていて信頼すれば応えてくれるという漫画
 皆川亮二が週刊サンデーで連載していたアクション漫画『D-LIVE!!』。あらゆる乗物を乗りこなす天才的マルチドライバー斑鳩悟の活躍を描いた傑作コミック。
 毎度毎度用意される陸海空様々な乗物に、主人公斑鳩悟は深い愛情を持って接する。その際の決め台詞『お前に命を吹き込んでやる!』と、危機的状況下で乗物に対して告げられる『お前に魂があるなら──応えろ!』はあまりにも熱い。

 □お前の罪を数えろ!
 仮面ライダーWの決め台詞。




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