魔法少女リリカルなのは SS

二人きり ♯.1







 クロノにとって海鳴市のマンションは、自宅というよりも宿舎のようなものだ。母親であるリンディ共々、アースラを住居代わりにしていると言っても過言では無い。
 なので、今更海鳴のマンションを自宅と思えという方が難しい要求である。クロノ・ハラオウンという七月を持って十五歳になる時空管理局史上最年少執務官は、 L級艦船を自宅と認識し、仕事部屋たる執務官室に隣接している私室を自室と思っている。
 閑話休題。
 基本的には海鳴に住んでいるフェイトとアルフに寂しい思いをさせないように、クロノはリンディとの取り決めで、週に最低一回はマンションに帰宅している。事件 が少なく、業務も進んでいれば三日くらいはマンションにある自室のベッドを使う事が出来た。使う事が少ないベッドは、フェイトやアルフが暇を見つけては干してくれてい た為か、眠る時には太陽の匂いがした。
 終わる事の無い書類整理や処理、事件の捜査等に絶えず追い回されているクロノにとって、太陽の匂いは嗅ぎ慣れない未知の香りと言っても良い。フェイトの手料理 やリンディとの他愛の無い親子の会話、アルフとの愚にもつかない小競り合いと共に、マンションに帰宅するクロノのささやかな楽しみだ。
 だが、明日に休日を控えたクロノが帰宅をして自室に行くと、干されずに湿気を吸いまくったシーツが、ベッドの上でむすっとした面持ちで横たわっていた。
 クロノがマンションに帰る時は、必ずフェイトかアルフが干しておいてくれるのに。
 事件資料の詰まった手提げ鞄を机に置いて、クロノは私服に着替える。執務官の制服を脱げば、彼も見た目は普通の中学生だ。伸びる事を忘れていた背丈も、最近は まるで思い出したかのようにグングン伸びている。買うだけ買って着れなくなる服も少なくなかった。
 Tシャツとジーンズパンツという出で立ちで、クロノは自室を出た。

「フェイト?」

 彼女の部屋の扉をノックしてみるが、返事は無い。帰宅した時にリビングには誰も居なかった。

「アルフ?」

 一応確認の為にリビングに顔を出してみるものの、やはり誰も居ない。
 クロノは締め切られた窓からベランダに出た。
 洗濯物は干されたままだった。自分のトランクスとフェイトの下着が並んで物干し竿に下がっている光景に頬を赤め、クロノは独りごちるように咳払いをする。だがその 瞬間、アルフのブラジャーが眼に飛び込んで来て一人で大騒ぎをしてしまった。
 空は薄っすらと赤みがかっていた。季節は初夏になろうとしている。梅雨時には珍しく、白い雲が一つ二つ浮かぶ綺麗な空だった。
 マンションの駐車場で走り回っている子供達の喧騒が聞こえた。次元犯罪を取り締まり、危険と隣り合わせである事の多いクロノには、溜め息が出てしまう程、平和 な時間と空間があった。
 リビングに戻る。夕食にはまだ早いそんな時間。だが、学校はすでに終わっている時間でもある。今日のフェイトには管理局の仕事も一切入っていないので、 きっとなのはやはやて達と遊んでいるのだろう。

「夕食は僕が用意するか」

 遊び疲れて帰宅した少女に夕食を作らせるのは忍びない。クロノはキッチンへ向かった。
 冷蔵庫を開け、中身を物色。

「賞味期限が近いのが多いな」

 何せ家族全員が管理局で事件や業務に忙殺されている。買い込んだ食材が食べる前に痛む事もそれなりにあった。
 ジャガイモとニンジン、玉ネギ、鶏の腿肉、その他基本的な野菜関係が放り込まれている。
 クロノは検分でもするかのように食材に睨みを効かせた。
 鶏肉の賞味期限が明日に迫っている。ジャガイモやニンジンも買ってからそれなりに時間が経過しているように見えた。ならば、この食材を無理なく支障なく、しかも 美味しくいただける献立を吟味しなければならない。
 献立は即行で決定した。

「カレーだな」

 幸いにも冷蔵庫の扉には未だ未開封のカレーのルーがあった。カレーの王子様と命名されているキャラクターモノのカレールーである。
 特に辛い甘いの選り好みの無いクロノにとって、それが子供向けのカレールーであっても関係は無い。リーゼ姉妹に個人サバイバル実習と称され、一ヶ月程文明レベル ゼロの惑星に放り込まれた時、そこにはカレーのルーなどという近代文明料理の象徴は無かった。
 要は食べられれば何でもいいのである。戦場で食事の好き嫌いをするような兵士は存在しない。仮に居たとしたら、そいつはただの馬鹿だ。
 カレーの王子様を冷蔵庫から出して、続けて食材をステンレス台の上に出して行く。
 そこでクロノは何か物足りない事に気付いた。

「……エプロンが無い」

 壁にかかっていた、フェイトがいつもつけているピンク色のエプロンに手を伸ばす。が、途中で引っ込めた。
 色はいい。だが、フリルのついたエプロンをつけるのは気が引けた。
 仕方が無いのでエプロン無しで調理をする事にした。今着ているTシャツは、一枚千円の叩き売りフリーサイズだ。汚れたところで問題は無い。
 手を入念に洗って、クロノは棚から包丁や皮剥き器を引っ張り出した。

「料理自体久しぶりだな」

 思えば三月の花見以来だ。だが、あの時はやきそばをひたすら作っていただけだ。実際にあれが料理かと問われれば実に疑わしい。
 エプロンは無いものの、武装を取り揃えたクロノは、これから事件捜査に向かう執務官の顔となり、食材洗いから開始した。



 ☆



 五人の少女達が帰路についている。
 はやての車椅子を押すすずか。その横にはアリサ。彼女達の前にはなのはとフェイトが歩いており、フェイトは自転車を力無く押している。

「でも不思議よねぇ」

 不意にアリサが言った。

「フェイトって運動神経凄いのに、何で自転車乗れないの?」
「う……」

 前を歩くフェイトが呻く。肘や膝には絆創膏がぺたりと貼られていた。

「そうやね。シグナムもびっくりの反射神経持ってるんに、どうしてやろ」
「うぐ……!」
「人には得手不得手があるし。ほら、フェイトちゃんってたまにおっちょこちょいな所とかあるし」
「それと自転車に乗れないのは全然関係無いでしょ?」
「あぅ〜」

 すずかのフォローは儚く散った。

「フェイトちゃん、補助輪つける?」

 なのはが訊くと、フェイトは二つに結わえた金髪を振り回して首を横に振った。

「乗れるようになるまで頑張る」
「でも怪我するし。危ないよ?」
「だって、なのはは乗れるでしょ? 補助輪無しで」

 上目遣い気味のフェイトの視線に、なのはは言葉を濁らせた。

「う、うん。それはそうだけど、その」
「なのはちゃんは恭也さんに特訓してもらったんだよね?」
「もう、それは凄い猛特訓でした……」

 思い出したくない過去なのか、なのはは腰の辺りで腕を組んで肩を振るわせた。

「お兄ちゃんの愛の鞭〜って奴やな」
「はやてちゃん。その、あんまり思い出させないで」

 余程酷いものだったのだろう。だが、その甲斐あってなのはは補助輪無しで自転車に乗れる。小学四年生でも乗れる子は半々と言った所だろうか。お世辞にも 運動神経が良くないなのはが乗れるのは凄い事である。
 アリサがどこか邪悪な笑みを浮かべて、フェイトに駆け寄った。

「フェイトも手伝ってもらったら?」
「え?」
「だから、お兄ちゃんに。おっと、フェイトの場合、好きな人だったわね」

 小悪魔的な微笑み。そんなアリサを前に、フェイトは耳まで赤くした。

「そ! あ!? だッ!? む、無理だよ! そんな、は、恥ずかしくて言える訳ないよぉ……」

 執務官候補生が自転車に乗れない。執務官試験の試験官兼指導官として、この事実を知ったクロノはさすがに呆れてしまうだろう。
 彼に呆れられてしまうのは嫌だ。というか格好悪すぎる。

「……とか言いながら、この前クロノ君相手に学校の劇の練習してやろ?」
「はやて、何で知ってるのッ!?」
「アルフ情報網や」
「アルフッ!」
「ちなみにみ〜んな知ってるわよ。ねぇなのは?」
「ほえ? 私もお兄ちゃんやお姉ちゃんに練習手伝ってもらったけど。駄目なの?」

 恋愛ごとには天性の鈍さを発揮するなのはであった。

「……なのはに振った私が間違ってたわ」
「でも過激やなぁフェイトちゃん」
「は、はやて! もう言わないでよぉッ!」
「私は何も言ってへん。あ。今度クロノ君いつお休みなんや? 最近会えへんから知らへんのや」

 何て狡猾な。

「……あ、明日、だけど……」
「ほんまか? 朝からお邪魔してもええかな? 脚のリハビリ手伝ってくれる人探してたんや」
「シグナム達は……?」
「皆管理局のお仕事でおらへん。病院に行く程でも無いから、家でやろうかなと思てて」

 ニコニコ顔で、はやてはしてやったりという顔をする。

「……クロノに変な事しない?」
「フェイトちゃん、私の事どんな眼で見てるんや……?」

 恋敵。
 静かに視線でせめぎ合う二人に、傍観者になったアリサは溜め息をつき、すずかはおろおろとして、なのはは小首を傾げた。
 不意にアリサの携帯電話が鳴った。

「はい、アリサです。……鮫島? うん、今日はなのは達と一緒に帰ってる……? え、そんな予定入ってた?」

 しばらくの問答の後、アリサは気難しい顔で電話を切る。

「何かあったの?」
「うん。お稽古ごとの時間、一時間間違えちゃってたみたいで」

 言われて、フェイトは携帯電話で時間を確認した。
 五時を少し回った辺りである。五時と言えばそろそろ夕食の支度にかからなければならない時間帯だった。日が沈むのが遅く、空がまだ明るい為にどうも時間の感覚 がおかしくなっている。
 冷蔵庫の中身を思い出しながら、フェイトはふと何か忘れているような感覚に囚われた。大切な事を忘れてしまっているような気がする。そう、自分にとって とても大切な事を……。

「……クロノ!」

 全員の視線がフェイトに移る。
 今日は彼がマンションに帰って来る日だった。自転車の練習に夢中になって完全に忘れてしまっていた。
 布団も干してはいない。夕食だって何も考えていない。アルフも今日はザフィーラの所に行っていて不在だ。記憶の片隅にあった冷蔵庫の中身は、賞味期限が迫った 食材ばかりだ。たまに帰宅するクロノの為に買い物をして帰ろうと考えていたのに――!
 五時過ぎでは、すでに彼も仕事を終えて帰っているに決まっている。

「みんな、また明日ッ!」

 自転車を漕ぐよりも早く、フェイトは自転車を押して猛然と走って行った。
 残されたなのは達は、

「もう新婚さんね、あれ……」
「片思いの新婚さんかぁ」
「それどういう意味なの、すずかちゃん」
「やっぱり強敵やな、フェイトちゃんは……」

 等と口々に感想を漏らした。



 ☆



 久しぶりの料理だったが、食材を刻んで行く内に徐々に感覚が戻って来た。最初の不器用さはどこ吹く風のようで、クロノは流れるような手捌きで食材を適当な 大きさにして行く。
 火にかけていた鍋が、水の沸騰を知らせるように鳴いた。温度を調整しつつフライパンを取り出す。油を適量入れて過熱し、刻んだジャガイモやニンジン、玉ネギ を入れる。軽く火が通ったのを確認して皿に移し、次に一口サイズに切った鳥の腿肉を投下。こちらは塩と胡椒で簡単な味付けをして、表面が狐色になるまで焼く。
 食欲をそそる香ばしい香りと肉の焼ける音がキッチンを満たした。

「よっと」

 手首を捻って鶏肉全体を焼いて行く。その手元は慣れたものだ。主に素手での調理を叩き込まれた彼にとって、機材を使った料理は赤子の手を捻るように容易な ものらしい。
 火を通した食材が皿を埋める。それらを沸騰している水に放り込み、カレーの王子様を一個だけ砕いて入れた。蓋をして弱火で煮込む。

「一時間くらいだな」

 本来はここで数時間煮込むのだが、そこまで本格的なものを作る訳でもなく、夕食の時間が迫っているので簡素にした。これで食材は柔かくなり、下ごしらえ的に 入れた最初のルーが味を付けてくれる。一時間後にもう一度ルーを入れて、さらに一時間程煮込んでやれば、それで出来上がりだ。

「もう一品何か作るか」

 合計二時間の煮込み時間があれば、もう一品作っていたとしても余裕でお釣りが来る。
 ジャガイモやニンジンがまだ残っていたので、ポテトサラダを作る事にした。今日の夕食は穀物類がふんだんである。
 調理に取りかかろうとした時、慌しい声が聞こえた。

「ただいまぁッ!」

 次にバタバタと廊下を走る音。扉が大きな音をたてて開けられた。
 現れたのはフェイトである。走って来たのか、その呼吸は荒い。

「お帰りフェイト」

 いつもとは逆の立ち位置だなと思いつつ、クロノは笑顔で答えた。
 フェイトが一瞬だけ呼吸を収めて顔を赤くするが、すぐに元の慌しい雰囲気となる。

「ご、ごめんなさいッ、あの、ご飯の用意が、その!」
「ああ、今日は僕が作るよ。フェイトは休んでるといい」

 食材の刻みを再開する。トントンというリズムの良い音が響いた。

「そんな、いいよ。私が作るから、クロノが休んでて。疲れてるでしょ?」
「構わないさ、いつも君に作らせてるし。それに疲れてるのは君もそうだろう」

 夕食時を忘れてしまうまでなのは達と遊んでいたのだろう。年相応の少女らしく、良い事だ。

「だ、大丈夫だよ。疲れてなんか……」
「いいから。たまには僕にも作らせてくれ。これでも少しは出来る方なんだ」
「それは知ってるけど。でも……」

 言い淀むフェイト。
 だが、クロノとしてはこのキッチンの位置を譲るつもりはなかった。別に料理好きという訳ではないが、逆に嫌いという訳でもない。何せ趣味を問われれば訓練と 答えるような無趣味な少年だ。仕事以外で集中出来る事があれば、つい、のめり込んでしまう。

「フェイト、アルフは?」
「あ、えっと、今日はザフィーラの所に行ってる」
「ザフィーラの所に? 何故だ?」

 仕事の話でもあったのだろうか。
 問われたフェイトは、視線を泳がせながら、しどろもどろになる。

「それはその。わ、分からないかな、クロノ」
「仕事の相談か?」

 取り合えず思い当たった節を言ってみる。
 返答は重い溜め息だった。

「……クロノ。たまには仕事から離れて」

 自分はそんなに仕事馬鹿だろうか。クロノは少しムッとした。

「悪かったな、仕事馬鹿で」
「何もそこまで言ってないよ、もう。アルフはザフィーラに会いに行っただけだよ」

 理由は分からないが、まぁ、会いに行っただけか。

「帰りは遅くなるのか?」
「うん。今朝そう言ってた。帰る前には念話で知らせるとは言ってたけど……」
「そうか」

 夕食はカレーだ。量的には小食なクロノとフェイトだけでは食べ切れない。暴食の彼女を想定して多めに作ったが、帰って来るのなら問題は無いだろう。

「クロノ、カレー作ってるの?」
「ああ。冷蔵庫の中を見たら丁度良い具合に材料が揃っててね。嫌だったか?」

 すると、フェイトはぶんぶん首を横に振る。それから少し赤くなって、もじもじした。

「クロノが作るものなら、何でも……」
「それを聞いて安心した。少し時間がかかるから、ゆっくりしててくれ」
「う、うん。分かった。でも、本当にいいの? その、お夕飯お願いしちゃっても」
「いつも作ってもらってるばかりだし、遠慮する必要はないさ」
「……なら、お願いします」
「了解だ。ポテトサラダも作るから期待しててくれ」
「うん」

 満面の笑みで頷いたフェイトは、それから着替えて来るねと言って、リビングを出て行った。
 さぁ、あの微笑に応えられるように飛び切り美味しい夕食を用意しなければ。クロノは使命感に燃え、腕まくりをした。



 ☆



 ほくほくのご飯に、とろみのある黄金色の液体。視覚効果は抜群で、香辛料の香りが食欲を誘った。彩りを添えているポテトサラダも見事な出来栄えである。ここ半年 程で料理の腕を上達させているフェイトでも、こうは巧く行かない。
 向かいの席にクロノがミネラルウォーターを持って座った。

「食べてみてくれ。それなりに美味く出来てると思う」
「う、うん」

 フェイトはスプーンを持つ。
 リビングで待っている間、キッチンに立っているクロノが気になって仕方が無かった。彼の料理の腕は聞き及んでいたし、花見の時には管理局特製と銘打たれた彼の やきそばを食べて感嘆してしまった。
 どんな様子で料理をしているのか。仕事以外の事で真剣な顔になっているクロノを、フェイトは未だ見た事が一度たりとも無い。一度覗き見るつもりでカウンター から見てみたのだが、凛々しさすら含んだ横顔に見惚れてしまった。
 カレーにスプーンを入れ、口に運ぶ。

「……美味しい」

 素直な感想だった。フェイトも何度かカレーに挑戦した事があったが、簡単故の奥深さがこの料理にはある。クロノが作ったカレーは、フェイトのものよりも格段に 美味かった。辛くもなく、むしろ甘い。冷蔵庫内にあったのは、あのカレーの王子様なのだから当然だった。
 自然と手が早くなる。自転車の練習で空腹を訴えていた胃に、このカレーライスはあまりにも魅力的だった。
 ポテトサラダにも手が伸びる。これも絶品だ。エイミィが料理上手なのは周知の事実だが、クロノもここまで出来るとは思っていなかった。管理局は士官学校で料理の 深さを教え、説いているのだろうか。
 クロノが用意してくれたミネラルウォーターで一息を入れる。

「……?」

 そこでクロノが笑顔でこちらを見詰めている事に気付いた。その視線に勝手に体温が上がり、鼓動が速さを増す。
 不思議そうにするフェイトに、彼は言った。

「いや。君もそうやってがっつくんだなと思って」

 体温上昇が急激な伸びを記録する。食欲の赴くままに食べていたのを凝視されていたらしい。
 はしたない所を見られてしまった。穴があったら隠れてしまいたい気分だった。

「だって……美味しいんだもん……」

 恨み言のように言ってみる。

「君にそう言ってもらえるのは光栄だ。お代わりは沢山あるから、どんどん食べるといい」
「うん……」

 食欲を何とか自制して、フェイトは食事を再開する。ちょこちょこと彼の視線を気にしつつ、それなりに速度で食べて行く。
 食器がぶつかる音だけがリビングに響いた。

「そういえば」

 カレーライスが半分くらいになった頃、クロノが言った。

「二人だけで食事するのは始めてだな」
「………」

 フェイトの手が止まる。

「いつもはアルフが居るけど」

 言われるまでまったく気付かなかった。
 クロノは笑顔で食事を続けている。その表情がさらにフェイトの頬を赤めて行く。
 夕食時に二人きり。しかも彼が作った手料理を美味しくいただいている。これでは恋愛ドラマの一幕ではないか。
 何か気の利いた話題はないものかと、フェイトは高速で己が脳内を検索した。学校の事、友達の事、管理局の事、事件の事、もう何でも良い。
 だが、何も出て来ない。食事の場はカチャカチャという音だけが支配した。
 心中で不甲斐なさを嘆く。管理局関連以外で彼と二人きりになる機会は少ないというのに。
 すると、助け舟のようにアルフから思念通話が来た。

『フェイト〜? 今いい〜?』

 間延びした声だった。何をしているのだろうか。彼女はフェイトの答えを待たずして続けた。

『私このままはやてんちに泊まってくからさ』
『と、泊まる!?』
『うん。ザフィーラがどうせならって』

 ちょっと待って欲しい。それってつまり。

『小坊主と二人きりだぁねぇ〜』
『ア、アルフ!』
『まぁ私はクロノを信用してるし。大丈夫でしょ?』

 何が大丈夫なのか。今すぐここに来て事細かく細部に至るまで説明をして欲しい、とフェイトは思った。
 大体、信用しているのなら、この前の劇の練習の件はどう説明するのか。あれからクロノはフェイトもアルフも避けてしまい、フェイトはそれは切ない数日を 過ごした。

『だ、大丈夫って……!』
『告白しちゃえば? いい機会だと思うし』
『こ――!?』
『ん〜じゃねぇ〜』

 思念通話が切断される。思わずフェイトは椅子から立ち上がった。

「ちょっと、アルフッ!?」

 その拍子でスプーンが皿から落ちて、スカートに落下した。

「わわッ!?」

 急いでスプーンを拾うが、白いスカートについたカレーは見事にシミになりそうだ。

「大丈夫か、フェイト」

 クロノがいそいそと台拭きを持って来る。

「アルフから連絡が来たのか?」
「あ! う! うん! 来たんだけど!」

 歪な片言で答える。アルフに言われた為か、凄まじく意識してしまってクロノを直視出来ない。

「ほら」
「あああああありが――」

 台拭きを受け取ろうとしたら、指先が触れてしまった。
 硬く、暖かいクロノの指。

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」

 台拭きを奪い取るように受け取って、フェイトは機械的な動作でスカートのカレーを拭きまくる。
 リンディもエイミィも仕事。アルフは帰って来ない。正真正銘、今日はクロノと二人きり――。

「フェイト?」

 不思議そうに首を傾げるクロノ。フェイトは片手で心臓を抑え、苦労して唾を飲み込んだ。





 continues.





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 □ あとがき □
 SCの鬱度を吹き飛ばせ。カレーの王子様のように甘い純粋クロフェ。HAHAHAHAHA!
 フェイトが自転車乗れないのやら、はやての含み系は今後の布石。しかし、うちのはやては黒いな…orz
 予期せぬ前後編に。もうやらんと決めたのに…。では次回も。読んでいただきましてありがとうございました。





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