魔法少女リリカルなのは SS

二人きり ♯.2







 フェイトはクッションを抱えてソファに座っていた。
 気分は夕食の頃から悶々としっ放しだ。騒がしい心臓は収まる事を知らず、自分が何を考えているのかも良く分からない。
 付けっ放しのテレビはゴールデンタイムの音楽番組を放送していた。薄型の液晶プラズマ画面には、今をときめく男性アイドルグループが総出演をして、激しい 踊りと歌で黄色い歓声を浴びている。
 フェイトの耳にはそんな内容は何一つして入って来ない。入ったとしても完全に素通り状態だ。
 集中しているか、呆けているか。人間が周りが見れなくなる時はこのどちらかである。この時のフェイトは、実に器用な事に両方だった。

「………」

 キッチンに視線をやれば、夕食の後片付けに精を出しているクロノが見えた。

「あの、クロノ。やっぱり私がやるよ」
「だからいいって」

 弾んだような声で、予想通りの返事が返って来た。
 食器が擦れ合い、蛇口から流れている水がぶつかり、小さな喧騒を鳴らす。

「でも夕食まで作ってもらったのに」
「僕が好きで作っただけさ。君が気にする必要は無い」

 同様の問答を、二人はすでに三回はしていた。

「君もたまにはゆっくりしてくれ」

 正直クロノには言われたくない台詞だった。フェイトは抱き締めたクッションに顎を乗せて、無駄だと分かりつつ、拗ねた口調にして反論してみた。

「私は休める時は休んでるもん」
「そうか? 学業に管理局に執務官の試験勉強の三つはさすがに辛いと思うんだが」
「そんな事無いよ。学校は楽しいし、試験勉強は夢の為にやらなきゃいけない事だし、管理局のお仕事は、確かにちょっと辛い時もあるけど、充実してるよ」

 疲労を感じる事が無い訳でもないが、フェイトは今の生活に深い充実感を感じている。

「クロノこそ、たまにはゆっくりして。母さんが言ってたよ? クロノの有給が溜まる一報で経理事務課から苦情が来たって」
「そんなのが来てたのか」

 後片付けの音が止まった。誰も見ていないテレビの音声が広いリビングに響く。
 タオルで手を拭きながらクロノがキッチンから出て来た。苦笑を浮かべてフェイトの横に腰掛ける。
 ドキリとする。食事中に触れ合った指が熱くなり始めた。

「とは言われてもな。小さいけど未解決の事件がまだ沢山残ってるんだ」
「ロストロギア関連の?」
「ああ。片付けても片付けても、その度に新しいのが出て来る。正直休んでる暇は無いよ」
「でも無理はいけないと思う。母さんも心配してるし」

 母の名に、クロノは鼻先を掻いて口籠った。職場では上司と部下、家庭では母と息子のリンディとクロノだが、この両方でクロノはリンディに頭が上がらない。

「事件なら、私も手伝うから」

 執務官候補生であるフェイトも、それなりに事件捜査を行ってはいる。勉強や経験の為にもっと深い所で事件捜査はしたいと思うし、何よりクロノを助けたい。
 フェイトの言葉に、クロノは嬉しそうにはにかんだ。

「ありがとう、フェイト。でも大丈夫だ。君は君が今しなければならない事をやってくれ」

 執務官試験に向けた勉強である。上半期にあった試験は時期的に無理があったので見送ったが、下半期の試験はテストの意味も込めて受講してみるつもりで居た。 追い込みはまだ先の事だが、日々の勉強を疎かにする訳にはいかない。

「クロノ」

 それは当の本人であるフェイトが一番良く分かっていたが、やはり寂しく思った。
 自分はまだまだ未熟だ。頼りにならないのも分かる。自覚している。シグナムとの模擬戦の勝率だって五割には届かない。春前に二人だけで行った 実戦さながらの一戦はそこそこ良い線を行けたが、それ以降は押されっ放しだ。

「あの……私って、やっぱり頼りにならないかな?」

 管理局局員としても、魔導師としても、まだまだ半端者の自分。それでも、少しだがクロノの負担を減らす事くらいは出来る。書類整理でも雑務でも何でも。
 どんな些細な事でもいいから、フェイトはクロノの力になりたかった。

「あ、いや、そんなつもりで言ったんじゃないんだ」

 身振り手振りでクロノは慌てた。

「君なら大丈夫だと思っているけど、執務官試験は本当に難しいから。僕は出来なかったけど、君には一発合格をして欲しいんだ。試験官とか指導官とか、そういうの は関係無くね」

 照れ臭そうに笑うクロノ。
 耳で聞こえてしまう程、心臓が飛び跳ねるように動いた。

「今日も寝る前に勉強するんだろう?」
「う、うん。その、学校の宿題もあるから、そっちを終わらせてからになるけど」
「そうか。なら宿題が終わったら呼んでくれ。明日は休みだから最後まで付き合うよ」

 さ、最後まで? 最後までとはどういう意味だ。寝るまで一緒に居てくれるというのか。いやいや、もしかしたら――。

「……そ、そんな。あの、えと、い……いいの?」
「ああ。何なら学校の宿題も見ようか?」

 髪を振り乱して拒否する。それはさすがに自分一人でやらないと恥ずかしい。簡単な教科もあるが、頼りっ放しでは駄目だ。ただでさえ執務官試験の試験対策や 勉強ではクロノに助けられてばかりなのに。これだから頼りにされないのだ。
 クロノが再び笑う。邪気の無い柔らかな微笑み。

「分からなかったら遠慮しないで訊いてくれて構わないから」
「う……うん」
「じゃ、僕は風呂の準備をするよ」

 腰を上げるクロノ。

「だ、駄目だよ! そんなの私がするから」

 仕事を終えて帰宅した彼にさせられなる訳がない。

「君には勉強っていう大切なものがあるだろう? 対して僕はやる事が無い。なら僕がやるべきだ」

 理論的な言葉が飛んで来た。
 フェイトは巧く言葉を見つけられなかった。抱き締めたクッションをもごもごさせる。

「でも……」
「いいから。沸いたら呼ぶよ」

 そう言い残して、クロノはリビングを出て行った。
 残されたフェイトは閉じた扉を眺めながら、高鳴る胸に浮かんだ懸念を口にしてみた。

「……保つかな、私……」

 彼と二人きりで過ごす一夜。こうして言葉にしてみれば卑猥さすら含んでしまうが、もちろんそんな事は無い。
 風呂で一日の疲れを取り、クロノに勉強を見てもらう。フェイトを異性ではなく家族と認識している彼の事だ。絶対にラフな格好をして来るに決まっている。それで 二人きりで部屋に籠もる訳だから、自制心が鈍い上に独占欲が強い方のフェイトが、そうした懸念を持つのは無理もなかった。
 机に向かうフェイト。その横にクロノは立って、ノートや参考書を指差してあれやこれやと指導をして来る。この時点で石鹸と混ざった彼の匂いにフェイトの理性は 破砕寸前だ。勉強が一段落すれば少し雑談になるだろう。ベッドに腰掛けて、またもやあれやこれやと会話する。
 確かにアルフの言う通り、告白してしまうにはもってこいだ。
 告白するシーンを想像してみる。今まで寝る前や、ふとした瞬間に思い描いていた光景なので、すぐに浮かんだ。

「………」

 潤んだ瞳でクロノを見詰める。そしてその手を取り、指を絡める。素晴らしい鈍感さを持つ彼も、きっとドキリとするだろう。
 そして告白する。彼は驚きながらも不器用に応えてくれる。そのまま抱き締めてくれて――。
 フェイトはクッションを抱く手に力を込めた。もちろん想像の中では彼に抱き着いている。
 今日は二人きりだから邪魔は入らない。そうだ、そのままベッドで一緒に寝てしまおう。甘えまくって、それで。
 想像は実に自由なものだ。インスピレーションもそうだが、間違いなく人間のみに許された特権であろう。まぁ、フェイトの場合は最終的には想像が妄想に成り果てて しまう訳なのだが。
 最後までその妄想を貫いた後には、フェイトは耳まで真赤にしていた。ブンブン頭を振り回して妄想の映像を振り払い。頭に入れておいたままではとてもではないが クロノと話せそうになかった。
 ベランダから干しっ放しになっている洗濯物を発見したのはその時だった。



 ☆



 料理とは違って、不慣れな風呂掃除はなかなかの重労働だった。そういえば洗面所関係の清掃はアルフ担当だったなと思い出した。
 カビ一つ無い浴室は綺麗サッパリ、整然としていた。エイミィが持ち込んだ正体不明のお風呂お楽しみグッズも取り合えずは隅っこのラックにぶち込んである。
 今はドボドボと浴槽にお湯が注ぎ込まれている真っ最中だ。蒸し暑い気温を考えて多少温めに入れている。日頃の多忙さから一年三百六十五日のほとんどがシャワーのクロノにとって、随分と久しぶりに風呂になりそうだ。
 ちなみに、クロノは今年の頭に数十人単位で出掛けた家族旅行の際、様々な成分が含まれている自然のお湯――要は温泉である――の軽い虜となってしまった。 シャワーはカラスの行水に等しいが、風呂に関しては実はそれなりに長湯をする方だったりもする。
 満足げに頷いて、クロノは浴室を後にする。洗面所の棚を漁って、なのはお薦めでフェイトやリンディもお気に入りの入浴剤を引っ張り出した。 ワンパック式のお手頃入浴剤である。それを衣類を入れておく籠に入れて、クロノはリビングに戻った。
 戻ったリビングは無人だった。誰にも視聴されていないテレビが空しくバラエティ番組を垂れ流している。フェイトの姿はどこにもなかった。

「部屋に戻ったのか」

 探してみると、ベランダに通じる窓が開きっ放しになっていた。微かに虫の鳴き声が聞こえる。涼しい微風が頬を撫でて来た。
 外に出て見ると、大急ぎで洗濯物を取り込んでいる真っ最中のフェイトを見つけた。

「洗濯物なら僕が取り込むぞ?」

 声を掛けると、今にも泣き出してしまいそうな表情でフェイトが振り向いた。

「ご、ごめんなさいクロノ。その、干しっ放しって言うか……」

 もじもじと言葉を濁すフェイト。その腕に引っ掛かっているトランクスを見て、今度はクロノが大いに慌てた。

「フェイト! 洗濯物は自分のとアルフのだけ取り込んでくれ! 僕のは残しておいていいから!」
「え? ……あ!」

 自分が一体誰の下着を抱えているのか、フェイトはまじまじと腕に下がっているトランクスを見詰めてようやく気付いた。しかもフェイトの下着と重なっている 為に余計に始末が悪い。
 沈黙が落ちた。フェイトは何故かトランクスを放そうとせず、顔を伏せたままもじもじしている。クロノというと、そんな妹の手から自分の下着を奪取する事がどうして も出来ず、気恥ずかしさから脂汗をダラダラと流し始めた。風呂に入る前で良かったと、至極どうでも良い感想が頭の中に浮かんだ。

「……一回で、終わるから」

 逃げる事の出来ない気まずく長い沈黙の後、フェイトが呟くように言った。

「え?」
「洗濯。その、クロノとか、母さんとか、あまり家に居ないけど、洗濯物はやっぱり出るから。それで私やアルフのと一緒に洗濯しちゃえば一回で終わるし……」

 どうやら一緒に洗濯した事にクロノが腹を立てているものと勘違いをしているらしい。

「フェイト。ぼ、僕は別に君やアルフの物と一緒に服を洗濯されるのが嫌な訳じゃないんだ。ただ、その……妹でも自分の下着に触れられるのは恥ずかしいというか 何と言うか」
「あ……」

 再びクロノの下着に釘付けとなり、停止するフェイト。今日のフェイトは何やら挙動不審だなと、再びクロノは頭の片隅で思った。
 そうして二度沈黙が訪れた。だが、このまま時間を浪費していては浴槽がお湯で溢れてしまう。クロノは残っている洗濯物――とは言っても、ほとんどがフェイトの 足元にある籠に放り込まれていたが――を片付けながら言った。

「取り合えず籠に入れておいてくれ。残ってるのは僕が片付けるから、君は風呂に入るといい。もうすぐ沸くから」
「……うん」

 紅潮とした頬を隠すように俯いたフェイトは、覚束ない足取りで一歩を踏み出そうとした。が、洗濯物を取り込んでいた籠に思い切り躓いてしまった。思わず クロノに手を伸ばして、その服を引っ掴む。何の前触れも無かった突然の力に、クロノもバランスを崩した。
 拍子で蹴飛ばした籠から洗濯物がぶちまけられた。もつれ合うようにして倒れた二人に取り込まれたばかりの洗濯物が雨あられと降り注ぐ。銃爆撃機による 絨毯爆撃だ。投下された諸々の衣服の中にはもちろん下着も沢山あった。その内の一つ、フェイトの可愛らしいキャミソールがクロノの頭を直撃した。

「―――」

 シンプルな白く柔らかな生地が視界を覆う。クロノがそれが何なのか分からず、困惑しながら確かめようと手を伸ばした。
 だが、それを許す程フェイトは遅くなかった。まさに電光石火の早業で己がキャミソールを奪取。その他適当な衣服をこれまた適当に引っ掴んで得意の高速移動で 脱兎の如く逃げて行った。
 残されたクロノは、確保された視界で茫然とフェイトを見送った。



 ☆



 心臓が止まる思いというのは、まさにああ言う時に使うのだろう。それを身を持って体験したフェイトは、未だ熱の引かない身体を引き摺るようにして脱衣所に入った。
 溜め息が自然と喉を通って行く。先程は本当に恥ずかしかった。顔から火が出るかと思った程だ。
 家族、というか、極々親しい間柄とは言え、異性に下着を見られたり摘まれたりするのは当然だが恥ずかしい。その異性に好意を抱いていれば、その羞恥心は一入だ。
 リビングで抱いていた妄想が台風の直撃に合った港の後のように吹き飛んだ。入浴後にクロノと自室で二人きりになると思うと落ち着かない。そう、非常に、限りなく 落ち着かない。

「……落ち着け、私」

 唱えるように呟きつつ、フェイトは衣服を脱いて洗濯機の中に放り込む。下着も一緒だ。着替えたばかりだったが、冷や汗やら脂汗やらでベタベタしていたので、 もう一度袖を通す気にはなれなかった。そのまま洗濯機に洗剤を入れて電源をオン。注水がすぐに始まる。
 膝や肘のバンドエイドを剥がす。自転車の練習で作った擦り傷が出て来た。治癒魔法でも施してやればすぐにでも完治するものだが、この程度の傷に一々魔法を使る 程、フェイトは怠惰的でもない。
 リボンを取り、綺麗に畳んでカゴの中へ置き、浴室に入る。程良く広がった綺麗な浴室がフェイトを迎えた。
 浴槽は桃色になったお湯で満たされていた。なのはが好んで使う入浴剤で、フェイトも彼女の進められて使っている。クロノが気を利かせて先に入れてくれたのだろう。
 シャワーを浴びて髪を入念に洗う。最近になってようやく一人でも洗えるようになったのだ。さすがに執務官候補生が一人で髪を洗えないのは恥ずかし過ぎる。 クロノに子供だなと言われるのが嫌だったのもあった。
 身体も綺麗に洗って、石鹸を洗い流した後、浴槽のお湯に浸かった。
 言葉にするのも難しい気持ち良さが全身を覆う。擦り傷に沁みるがぐっと我慢。クロノは温めと言っていたお湯だが、実に丁度良い適性な温度だった。
 ふと顔を上に上げると、換気の為に開けられた窓から夜空が見えた。
 何気なく眺めていると、脱衣所に誰かが入って来る気配がした。

「フェイト。湯加減はどうだ?」

 クロノだった。というか今家には彼とフェイトしか居ないので当たり前である。そう思うと急に恥ずかしさが込み上げて来た。
 フェイトは飛び込むように首までお湯に浸ける。

「……だ、大丈夫……」
「そうか。バスタオルを出すのを忘れていたんだ。ストックも無かったし、ここに置いておくから使ってくれ」
「ありがとう……」

 彼が脱衣所から出て行く。きっかり十秒を数えた後、フェイトは肩をお湯から出した。
 今日何度目になるか。溜め息をついて浴槽に背中を預け、窓から夜空を覗き込んだ。
 クロノが作ってくれた夕食を食べて、クロノが洗ってくれた浴槽で、クロノが入れてくれたお風呂に入る。

「………」

 胸が満たされて行く。充実感や充足感ではない。何か、形容の出来ない何かだ。
 クロノがあれこれしてくれる。それが溜まらなく嬉しかった。特にこうして管理局から離れた場所で自分に優しくしてくれるのが嬉しい。
 はやてやなのはには、こうはしないだろう。軽い優越感かもしれない。

「えへへ」

 高鳴り続ける胸。だらしの無い笑みを浮かべ、フェイトは湯船に浸かる。
 心地良い。眠気すら覚える幸せ。それがリビングで抱いた、妄想なのか想像なのか判別不能の回想を思い出させた。
 告白を受けてくれたクロノはフェイトを抱き寄せ、今まで気付かなかった事を謝る。フェイトはちょっと意地悪をしようと思い、キスしてくれたら許してあげると言う。 そうすると、彼は何の躊躇も踏まずに唇を重ねて来るのだ。
 フェイトはびっくりして動けない。少しするとクロノが唇を離す。彼は少し気まずそうに視線を逸らして、優しく抱き締めてくれる。会話は無いが、満たされた時間が 生まれる。
 どれくらい抱き合っていたか分からなくなって来た時、このまま寝てしまおうとクロノが提案をする。もちろんフェイトに断る理由は無く、彼に抱き締められたまま 一夜を明かすのだ。時々クロノはフェイトの髪を撫で、額にキスをしたりしてスキンシップを図って来る。フェイトはなされるがままになってまどろみの中に入って行って ――。

「……フェイト」

 そうだ、そうやって名前を呼んでくれるのだ。

「眼が覚めたか?」

 でもその声にどこか刺があるのは何故だろう。
 視界にクロノの顔が入って来た。何故か逆さまだった。ああ、起こしに来てくれたのか。

「……きす……」

 してくれたらすぐにでも眼を覚ますから。
 だが、その返事は実に冷たいものだった。

「寝惚けてないで起きてくれ。まったく、心配させるだけさせてこれか」
「……?」
「ほら」

 汗を掻いたグラスを額に押し付けられる。のぼせた頭を冷ますには充分だった。

「……冷たい……」

 瞬きを何度かする。そうしてもう一度逆さまになっているクロノを見た。
 呆れた顔のクロノ。何故かその頬は少し赤い。
 パソコンで言うならば再起動が終了した所だろうか。フェイトは眼を見開いて冷や汗を滝のように掻き始めた。

「クロノォッ!?」

 そして今自分がどういう状況なのかを知る。
 フェイトはリビングの床に横になり、クロノに膝枕をされていた。

「な、なんで? あ、あれ? ……!?」

 その上凄まじい格好をしているのが分かった。フェイトの身体を隠しているのは、分厚いバスタオルとTシャツ一枚だった。

「―――」

 沈黙。何がどうして何故にこうなったのか分からない。
 クロノが顔を横に向け、たどたどしく言い始めた。

「一時間経っても出て来ないから心配になって見に来たんだ。そしたら浴槽で寝てる君を見つけた。もう少しで溺れそうだったんだぞ?」

 つまり、もう少しで妄想を抱いて溺死する所だった訳だ。

「アルフや母さんに連絡している余裕も無かったから、僕がそのまま引っ張り出したんだ。その……」

 一度口籠った後、彼は散々迷ったように告げる。

「済まない」

 浴槽から助け出したという事は、つまりはフェイトの裸を全部見たのだ。

「―――」

 恥ずかしくて死んでしまいたかった。
 見られた。全部見られた。そんな。心の準備なんて何一つ出来ていなかったのに。
 沈黙はどこまでも続いた。



 ☆



 クロノは罪悪感に耐え切れず、真赤になって硬直するフェイトから顔を背けた。
 いくら助ける為とは言え、許可無く彼女の裸体を見たのだ。いや、もちろん許可があれば見ても良いという事にはならないが。

「………」

 胡坐をかいている膝はフェイトの頭の重みを感じたままだ。フェイトは本当に微動だにせず、瞳を完全停止させ、どこか遠い一点を見詰めている。
 息が詰まった。
 眼を瞑れば、まだまだ子供のフェイトの身体が脳裏に浮かぶ。思春期のど真ん中に位置しているクロノにとって、喩え小さな妹の身体でも、その 破壊力は馬鹿にはならない。
 罪悪感の上に惨めな感情すら滲み出て来た。時空管理局執務官が一体何を考えているのか。情けなさすぎる。父やグレアム元提督に顔向け出来ない。
 クロノはこほんと咳払いをする。

「助ける為とは言え、本当にごめん」

 その一言がフェイトの一時停止を解いた。止まっていた瞳が潤み始め、今にも泣き出してしまいそうな顔になる。
 クロノは盛大に慌てた。

「いや! 本当にその! 心の底から謝罪する! 本当に済まない!」
「………」
「母さん達を呼ぶ余裕が無くて、そのなんだ、なのはを呼ぼうにもやっぱり距離があるし、君もお湯を飲んでた様子だったから拙いと思って……!」
「………」

 恋人でも裸を見せるのは恥ずかしいだろうし、嫌悪感を感じる時もだろう。クロノはフェイトが負った心の傷を悟り、徐々に言葉を少なくして行く。

「……ごめん」

 言い訳のような台詞を区切り、クロノは口を閉ざした。

「クロノ」

 はっきりとした声でフェイトが彼を呼ぶ。

「何だ?」
「……別に……怒ってないから、私」
「え?」

 思わず聞き返してしまった。
 フェイトは膝に頭を乗せたまま、視線をどこかに彷徨わせた。

「だ、だって、私を助ける為だったんだし」
「確かにそうだけど……」
「私、怒ってないよ。気にもしてない。ちょっと、ビックリしちゃったけど。それに……」

 最後の言葉を聞き取れない程の小さな声にして。

「クロノになら、見られてもいいかなって……」
「? なんだって?」
「何でも無いです!」

 一変して大声を上げる。半ば挙動不審なフェイトにクロノは困惑するばかりだった。
 だが、見られたのを気にしていないという彼女の言葉に安堵を感じる事は出来た。

「フェイト。起きれるか?」

 寝るならベッドがいいだろう。男の膝枕も嫌に決まっている。
 しかしどういう訳か、フェイトは動こうとしなかった。バスタオルの下でもぞもぞと身体を揺らすだけだ。

「ちょっと……難しいかも」
「どこか打ったのか?」
「そ……う……かも」
「どこだ?」

 訊くと、フェイトは赤くした頬を隠すように寝返りを打った。身体を丸めてクロノに擦り寄る。

「フェイト?」
「………」
「痛い場所があれば見せてくれ」
「……こうしてれば……大丈夫だから」

 枕を求めるようにして、フェイトはクロノの膝の上で頬を動かす。くすぐったい感触だった。

「いや、大丈夫って言われても」

 膝枕しているだけで痛みが消えるというのだろうか。そんな馬鹿な。そんな疑問は、嬉しそうに眼を細めているフェイトを見ると、口に出来なくなった。

「クロノの膝……ちょっと硬い……ね」
「だったらクッションを」
「クッションより、こっちがいい」

 逃げようとするクロノの膝を、フェイトは両手で押さえる。

「……あったかい……」

 フェイトは今すぐにでも寝息を立ててしまいそうな勢いだった。
 気持ち良さそうに喉を鳴らす猫のようなフェイトに膝を占拠されたクロノは、そこから身動きが取れず、膝が痺れるまでフェイトに膝を枕として提供し続けた。





 continues.





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 □ あとがき □
 読んでいただきましてありがとうございました。
 前回から何やら大変間が開いてしまいました。申し訳ありません。なのでこんなイチャイチャ具合に。しかし、そろそろ片思いでナチュラルイチャイチャするのに 限界を感じて来た次第です。SC終了後にはまた猿のように書きそうな感じもするのですが。まだ片思いの時にしか書けない話も残っているので、それを消化して行く つもりです。
 次回はベッドインか。しかし、何気に短編集はメシと風呂のシーンが多い事に気付きました。





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