魔法少女リリカルなのは クリスマスSS

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後編







 L級巡航艦船ならば片道一時間という場所に、その次元世界は存在していた。個人の転移魔法でも、供給されている魔力と高出力のデバイスプログラムを介入させれば 余裕を持って行ける距離であり、デスティニーの乏しい魔力でも転移可能な世界だった。
 転移が終わると同時に、フェイトを予想外の現象が襲った。
 寒いのだ。リニスの山小屋なんて問題にならないほどの極寒の地が、転移先の次元世界には広がっていた。
 氷付けになった都市。
 身体の芯から震えが来る。対魔、対衝撃、保温機能に長けたバリアジャケットがまるで役に立たない。フェイトは両腕を抱き締めて痙攣をする仔犬のように震えながら、 薄い魔力防壁で身体を覆った。見知らぬ地で低体温症になっては洒落にもならない。

「……ここがデスティニーが生まれた場所……?」

 片腕を無くした少女は、転移前と一切変わらない表情と物腰だった。
 今更だが、フェイトはデスティニーの人型機動兵器としての性能に感嘆する。氷点下を遥かに下回る空間気温ならば、如何に優れた汎用性を持つ兵器でも何らかの 問題が起こるはずだが、少女の行動に支障が出ている様子は無かった。
 開発者は、一体何を考えてこの子を造ったのだろう――。
 デスティニーは無言のまま、地面に積もっている新雪を踏み締め、歩き始めた。フェイトの存在を無いものとするかのように、まるで彼女に興味を示さない。何かに 呼ばれているかのように、その足取りは確かだ。
 慣れない寒さを堪えながら、フェイトは真新しい足跡を追い、デスティニーの後を行く。
 雪の世界に人の気配は無かった。それどころか、動いているモノが何も無い。
 数十メートルの巨大な氷柱となった高層ビル。
 氷塊となった自動車らしき物体。
 頂上まで雪に埋もれている信号機。
 視界を三百六十度巡らせれば、映画の中のような情景がどこまでも続いている。

「デスティニー。ここには人は居ないの……?」

 返事はやはり無い。彼女は黙然と歩き続けている。勘違いかもしれないが、その歩幅は徐々に広がっているような気がした。
 バルディッシュで増幅を施した広域検索魔法を行使する。検索対象は人体が発する温度。
 検索はものの数秒で終了した。

「……誰も……居ない……?」

 少なくとも、フェイトの広域検索魔法が手を伸ばせる範囲――数百メートル範囲には誰も居ないのだ。
 不意にデスティニーが走り出す。いや、走るという生易しい走法ではない。しなやかな身体を持つ草食動物のように、機械の少女は細かな跳躍を繰り返し、 氷と雪の都市を駆けた。
 慌てて追おうとするが、震える身体が巧く言う事を聞いてくれなかった。自分の身体ではないような錯覚を覚えながら飛行魔法を行使。凍り付くような空気が肺 に雪崩れ込んで来た。
 小さくなっていた背が徐々に迫って来る。周囲の氷の風景が滝の濁流のように後方に流れて行く。
 高層ビル群がすぐに姿を消して、開けた雪原が現れる。背の低い建造物が一定の間隔で立ち並び、棟を成していた。
 普通のオフィスビルには見えなかった。それどころか、氷の塊の奥に見える建造物には窓が無かった。入り口らしき扉も見当たらない。
 軍事基地。もしくはそれに類ずる秘匿性の高い施設。デスティニーの背を見失わないように飛翔しながら、フェイトはそう思った。

「デスティニーが造られた場所?」

 それが妥当な結論かもしれない。
 嫌な感情が心中で渦を巻く。
 対魔導師用の殺傷兵器として設計したのであれば、意思と自我を持たせる必要など無かったはずだ。命令されるがままの機械であった方が圧倒的に生産性が高い。
 何も考えず、ただ言われるままに動いていた方が遥かに楽で、何よりも楽なはずだから。
 疾走しているデスティニーの背中が、母だと信じて敬愛した女性から言われるがまま、ジュエルシードを捜し求めていた頃の自分の背と重なり合う。
 自分とこの子はやはり似ている。まるで過去の自分を見ているかのようだった。
 そんな背中が、突然消えた。
 速度を一気に上げる。すると、数メートルほどの縦穴を見つけた。
 破壊されたものなのか、砕かれたアスファルトが周囲に散乱している。縦穴の縁は黒く焼け焦げており、強力な熱エネルギーで粉砕されているように見えた。
 デスティニーがやったものだろう。フェイトは躊躇せずに縦穴に飛び込む。
 甲高い風の悲鳴を耳にしながら、引力に身を任せて降下して行く。破壊された階層を六つほど確認した後、暗がりの底が見えた。
 硬いアスファルトの床は研究室のような場所に通じていた。
 壁一面にはコンソールが設けられ、ヒビ割れたディスプレイらしき映像投影機材が数多と埋設されている。使用者が腰掛けていただろう椅子は根元から薙ぎ倒されており、 無事なものはほとんど無い。寒々とした空気が小さくなってしまった頭上の縦穴から流れ込み、足元に散らばっている書類を騒がせていた。
 稼動している形跡は全く無い。空気が風化している気配。使われなくなって随分と経過しているように感じられた。
 警戒しながら歩を進めるフェイトの行き先に、デスティニーが背を向けて立っていた。ここからでは良く見えないが、彼女の前には手術室のベッドのような無骨な 台座が鎮座している。

「デスティニー?」

 フェイトはデスティニーの眼前にある設備を覗き見た。
 それは、やはりベッドだった。引き千切られた配線のような物々しいケーブルが、のたうつ蛇のように転がっている。

「――ここが――私が生まれた場所――」

 暖かな環境を期待していた訳ではなかった。
 対魔導師用の殺傷兵器として設計され、造り出されたのだ。こうした研究機関のような場所で生を受けたと言われた方が説得力に富む。
 だが、だからと言って素直に受け入れられるほど、フェイトの心は冷たくはない。記憶には残っていないが、彼女も子宮という暖かな場所で生まれた訳ではな い。細胞分裂を活性化させる特殊な培養液で生まれ、母親の温もりを知らずに幼い頃を過ごした。
 産声を上げるにはあまりにも機械的で静謐としたベッド。デスティニーはそれを前にして動かない。
 機械の心に宿る感情が何なのか、フェイトには想像出来なかった。
 五分ほど彼女の背中を見守っただろうか。

「デスティニー、君の修理はどうやってすればいいの?」

 フェイトに許されている時間は三時間しかなく、すでに一時間以上使っている。哀しい郷愁に浸っている時は無かった。
 彼女の呼びかけに、デスティニーは無言だった。背中は微動だにせず、じっと眼の前のベッドを見据えている。

「どうしたの?」

 デスティニーがベッドの一角を指差す。フェイトはバルディッシュの先端に魔力光を灯して松明代わりにすると、彼女が示した場所を照らした。
 そこには、蝋燭の炎よりも弱々しい人工の光がコンソール上で明滅していた。寿命を終えようとしている常夜灯のようで、暗がりの中であっても、眼を凝らさなければ 分からないほどの微細な光だった。

「――六年前に一度修理に戻った時には光ってなかった――」
「じゃあ、誰かがここに来て?」
「――生き残っている施設のセンサーにそんな形跡は無かった――」

 コンソールに触れると、堆積した埃が薄っすらと層を築いていているのが分かった。フェイトは慎重な手付きでキーボードに指を走らせる。形状は管理局の システムと似ているが、もちろん同様ではない。見よう見真似だった。
 数回の操作の後、突然に雑音が響いた。弱々しい駆動光が輝きを増して、ふっと消える。
 息を呑み、言い知れぬ恐怖に背中を寒くする事五秒。何の前触れもなく、背後のディスプレイに明かりが灯った。

『無駄かもしれないが、どうしても伝えたい事があったので、私はこのメッセージを遺す事を選択した』

 映し出されたのは二十歳前後の男性だった。
 羽織った白衣は小奇麗で、広い肩幅には窮屈そうに見える。細面の顔立ちには怜悧さがあり、若い科学者風情の身形だが、卓越した人生経験を持った老紳士を 彷彿とさせる佇まいを持っていた。
 そんな男性の顔には、自嘲気味の笑みが浮かんでいた。
 ベッドを見詰めて離さなかったデスティニーが、首を巡らせ、スクリーンディスプレイの中の男性を見た。
 僅かに見開かれる人工の眼。
 フェイトが見守る中、男性は語り始めた。

『この映像を見ている者がデスティニーを救出してくれた魔導師である事を心から祈る。私は無宗教だが、今回ばかりは神に縋ろうと思ったよ。 まずは感謝をする。ありがとう。もし何も知らない者が見ているのなら……そうだな、すぐにデータを消してくれ。これから私が語る事は少々恥ずかしいから』

 男の自嘲が深みを増す。

『デスティニーはミッドチルダの高位魔導師を攻撃目標にした強襲用機動歩兵だ。詳細なスペックはこの際省かせてもらうが、稼動状況が良好ならば、AAA +までの魔導師に対応可能な戦闘能力を有している』

 ミッドという名が出て来た事は驚きだった。ミッドチルダが他の次元世界と抗争を起こしたという記録は一般的には残されていない。歴史に記されていないほどの 過去の出来事なのだろうか。

『だが、どれだけ性能を上げても魔法の操作はあまりにも難儀なものだ。通常の思考回路では戦闘情報処理と魔法行使に必要な緻密な計算が同時並行では間に合わなかった。 魔法戦闘に完全対応した思考回路は設計出来たが、三百キロ近くの巨大な集積回路を機動歩兵に搭載する訳にはいかなかった』
「……じゃあ、デスティニーは……?」

 一方的なメッセージである事を忘れて、フェイトは問う。

『魔法を使用した戦闘は、通常の戦闘行為に於いて必要とされる駆け引きやその場の状況に応じた最善の選択がより濃密に必要になる。機械的な判断しか出来ない デバイスではミッドの卓越した魔導師達に対抗出来なかった。だから私は自律稼動型の思考回路の搭載に踏み切った。ある程度戦闘能力を制限し、戦闘選択の幅を狭める 事で、その場に応じた瞬間的判断を行えるようにした。その結果がデスティニーだ。破壊力では他の機動歩兵に大きく劣るが、事魔法戦闘に於いては、ほぼ負知らずだった』

 自嘲の笑みが、一瞬だけだが変わった。
 出来の良い子供を褒める大人のような笑顔。

『自律稼動型の回路は、言わば自我だ。自分で考え、思考し、判断を下す。デスティニーは戦争をする為の機械だが、同時に私の娘だった』
「娘……」
『我々にミッドの連中と同じようなリンカーコアが備わっていれば良かったのだが、生憎、そんな便利なものは無かった。だから、私は娘を前線に送り出し続けた。 それが私の仕事だったからだ。だが、腕や脚を無くして戻って来るあの子を見ている内に……私は耐えられなくなった』

 フェイトは握り締めた拳を微かに震わせた。そうさせたのは寒さではなく、怒り。
 戦争の為に勝つ為に兵器に自我を持たせ、それを娘と呼び、その一方で戦争に利用し続けている。そんな事実に耐えられなくなったという。
 身勝手過ぎる。
 傷付き、腕も脚ももがれ、満身創痍で戻って来たデスティニーを迎えるこの男も身を引き裂かれる気持ちだったのだろう。娘と思っているのならきっとそうだ。 なら、どうして止めなかったのか。どうして兵器として使役し続けたのか――!

『気が付けば、私の中でデスティニーはとても大きな存在になっていた。この子のあどけない顔が……愛しかった。自分で作った物を愛するという現象は普通だが、私の場合は根本的に違う。もっと感情的で、もっと情欲的なものだった。自分でも 思ったよ、私は最悪の変態だ、とね。事実、仲間からそう言われていた』
「………」
『私は自分を偽るのに疲れた。政府の連中がミッドとの抗争に大規模な殲滅兵器を投入する事を決定して、私の疲労はピークに達した。そんな物を準備していたのなら、 論議など後回しにして開戦と同時に投入するべきだったのだ』

 喋り疲れたのか、男は大きく深呼吸をした。自分を落ち着かせるようにかぶりを振り、眉根を揉む。

『その大規模な殲滅兵器が一体何なのか、何も知らされなかった。政府の連中は私にデスティニーの量産計画を持ち出して来た。殲滅兵器使用後、ミッドを陥落させる 為の中枢戦力にすると言ってね。もちろん私は拒否した。これ以上、私はあの子を戦争の道具にしたくはなかった』
「………」
『その結果、政府は秘密裏に私を抹消しようとした。私はもうすぐ殺されるだろう』

 一欠片の悲愴感も無く、男が言った。

『死ぬ事に恐れは無いが、私が死ぬ事でデスティニーがこの先も敵を殺害し続け、壊れて続ける事におぞましいほどの恐れを感じている。このまま兵器として利用され 続けるのなら、いっそう、破壊してしまうのが最良の手段だろう。だが、そうする勇気なんて私には無かった。愛する者を殺す事なんて、私には出来ない』

 生前のこの男性とデスティニーがどんな関係を築いていたのか、フェイトに知る術は無い。ただ、仮にあったとしても知ろうとはしなかっただろう。
 お互いを大切に想い、その感情を伝い合う事も出来たのに、でも結ばれる事の無かった生身の男性と機械の少女。ジレンマと葛藤に苦しむ彼らを見る勇気は無かった。

『私は密かにミッド政府と連絡を取った。詳細は分からなかったが、殲滅兵器が準備されている情報を伝え、こちらの主要軍事施設のデータや 座標を送信した。代わりにデスティニーを保護するように要請した。ミッドにしてみれば友軍の仇そのものだろうが、皮肉にも兵器としての有能性が彼女を救って くれた。取引は成立し、本来ならば昨日、デスティニーはミッドに護送されるはずだった』

 男は力無く肩を落とし、嘆息づく。

『政府が強行手段を取り、私を殺そうとした。ミッドが救援を寄越してくれたお陰でどうにか助かったが、デスティニーは連中に強奪されてしまった。ミッドとの抗争 が殲滅兵器投入待ちになっている今、彼女が今すぐ傷付く危険性は低いが、かと言って安心なんて出来ない。恐ろしい事に使われる可能性もある。デスティニー は確かに自律行動を行い、自らの意思と呼べるものも持っているが、それは薄弱だ。あくまでも彼女は対魔導師用の殺傷兵器なのだ』
「………」
『殲滅兵器が投入される前に、私はミッド政府にデスティニーの奪還を依頼した。彼らは快諾してくれたが、間に合うかどうか、微妙な所だろう』

 男は言葉を切ると、その表情をふっと柔らかくする。

『このメッセージを聞いてくれている魔導師。これはデスティニーの設計に関係している主要施設すべてに送信している。デスティニー奪還時に眼にしてくれている事を祈る。 その頃にはもう私はこの世には居ないだろう。だから彼女に伝えて欲しい』

 深呼吸をするように言葉を切った男性は、複雑な笑みを浮かべた。
 すべてに疲れているようなだが、それでいて、何かから解放されるような清々しさに溢れた笑み。

『好きなように生きて欲しい。これから死ぬだろう私の事など忘れ、兵器である自分を捨てて、幸せになって欲しい。君を愛した馬鹿な科学者からの最後の命令――いや――願いだ』

 それを最後に映像は途切れた。耳障りな雑音を残し、スクリーンディスプレイがブラックアウトする。
 フェイトの静かな息遣いだけが、冷たい研究室の中で唯一の物音になった。
 生みの親にして大切なヒトの『遺言』を見届けたデスティニーは指一本動かそうとはしない。沈黙しているスクリーンディスプレイを見上げた姿のまま、ベッドの脇 に立っている。
 どんな風に接してあげればいいのだろう。フェイトは背後に振り返る事も出来ず、バルディッシュを握り締める。
 少女は今日までずっと戦い続けていた。居なくなってしまった大切なヒトを求め、プログラムに従って魔導師という敵対対象を襲い続け、十二の次元世界を渡り歩き、 大切なヒトを探し続けていた。その行き着いた最終地点がここだった。求めた者はすでに亡く、否定出来ない過去の厳然とした事実だけが、この暗がりの世界に遺され ていた。
 ――報われない。
 震える肩を止められない。ぶつける対象も無く、吐露する手段も無い感情が心の中で激流のようにのたうつ。怒りなのか、悲しみなのか、同情なのか、フェイトは自分を 焦がしている沢山の感情の群達を律するように奥歯を噛み締めた。
 こんなにも頑張って、今日まで戦い続けて来たのに。乏しくも確かに備わっている人間らしい感情を信じて、大切なヒトを三十年間も探し続けていたのに。
 どうしてこんな結末しか用意されていないんだ。どうしてこんな冷たい故郷と遺言しか遺されていないんだ――。
 背中を突き動かす絶望感が、フェイトを背後に向き直らせる。

「デスティニー」
「――あの人は――もう、居ない――?」

 傷だらけになり、あちこちの人工皮膚が剥離し、片腕を失った機械の少女が呟く。

「……うん……」
「――本当に――もう、居ない――?」
「………うん」
「――そう――」

 大切なヒトを失った少女は、その一言だけで口を噤んだ。
 他には何も出て来なかった。恨み言も、逝ってしまった大切なヒトを悲しむ言葉も、眼を背けたい現実を嘆く叫びも、何も無かった。
 涙を流す事も、無かった。
 初めて会った時と同じ表情、同じ気配、同じ物腰で、デスティニーは暗がりの中に居る。
 込み上げて来る嗚咽を、フェイトは止められなかった。
 膝を付き、バルディッシュを杖代わりとして崩れる身体を支える。眼尻から溢れた涙が、頬を伝って残骸が散在している床を濡らす。
 どうして何の救いも残されてはいなかったのだろうか。大切なヒトが何時死んだのかすら、この少女は知る事が出来ないのだ。それを知ったから何かが変わるという 事は無いが、遺言しか遺されていないのはあまりにも残酷だ。
 そして、何よりも残酷なのは、デスティニーがこの現実を平然と受け入れている事だった。
 涙一つ流さない。人工の紅い水晶体に潤む気配は無く、悲しむ素振りすら見せない。端正な顔は完全な無を装い、色を失ったスクリーンディスプレイを見詰め続けている。
 フェイトは涙を流せない機械の少女の代わりに泣き続けた。眼が腫れてしまうぐらい泣いた。

「――フェイト――」

 デスティニーが呼ぶ。しかし、フェイトは顔を上げようとしない。
 だが、次の言葉で顔は勝手にデスティニーに向く事になる。

「――私を壊して――」
「デス、ティニー?」
「――あの人はもう居ない。私は――私は――」

 口篭もるデスティニーは、ややあって、迷うを振り払うように断言した。

「――私は、あの人が生きる世界を守って戦っていた。あの人が居ない世界は――守れない――」

 淡白な声音。人工声帯が震え、澄んだ声を紡ぐ。

「――あの人は、私が兵器として使われる事に深い悲しみを抱いていた。でも、私のプログラムは今も稼動してる。私はこの先も魔導師を狩り続ける――」
「………」
「――この施設には、まだ私を修理出来る設備がある。私は自己防衛プログラムに従って、私を修理する。そうなれば、私は大切な人が恐れていた兵器として 稼動を続ける。だから、私を壊して欲しい――」

 フェイトは声を押し殺して悲嘆した。そして、大切は人を失っても無感情を崩さない機械の少女に同情していた自分を恥じた。

「――あの人は私に好きなように生きろと言った。兵器である事を捨てろと言った――それは出来ない。私は、兵器だから――」

 この子は心から悲しんでいる。涙を流せないだけで、悲愴を露にするだけの感情的な機能が無いだけで、彼女は稚拙な感情を用いて、痛ましいほどに嘆いていた。 そうして悲嘆しながら、もう居ない大切な人を哀しませない道を選択している。
 デスティニーと自分は似ていると思ったが、彼女はあの時の自分のように脆弱ではない。現実から眼を背け、微温湯のような居心地の良い想い出に縋ろうともしない。 自動的に、厳然と、この眼の前の現実を直視している。
 フェイトは拒否しようとして――止めた。

「――好きなように生きられない。私の意志は無関係に、私のプログラムは私に兵器である事を強制する。このままでは、私の大切な人が傷付き、悲しむ。だから―― 壊して――」

 誰も、この気高い少女の願いを踏み躙るような事は出来ない。
 誰も、大切な人を悲しませない為に死を決意した少女に同情する事は許されない。
 そう、誰も。
 だから、フェイトは肯いた。

「――ありがとう――」

 謝辞を告げた顔も、相変わらずの無感情のままだった。
 だが、フェイトはそこに見えるはずのない気持ちの流れを垣間見た。
 気のせいでも、勘違いでも、薄闇のせいでもない。
 デスティニーは、確かに笑っていた。
 バルディッシュを構える。射撃魔法は使わず、カートリッジをロード。確実に停止させられるようにハーケンフォームを展開。
 淡い金色の戦鎌がデスティニーに歩み寄るフェイトの横顔を照らしていた。
 崩れそうな思考を整理して、制御解放しているハーケンの顕現維持に集中する。手元が狂わないようにバルディッシュを両手でしっかりと保持する。
 靴音を響かせて、フェイトはデスティニーの眼前で脚を止めた。

「――左の胸部にある小型魔力炉を破壊して。それで致命傷になる――」
「……うん……」
「――フェイト――」
「………」
「――海より深く愛し、その幸福を守りたいと思う者。その者の手を――離さないように――」

 振り上げられたハーケンが、デスティニーの眼にどのような形で映ったのか。
 その形状の通り、まさしく死神の鎌となったのかもしれない。
 きつく眼を瞑り、悲鳴のような咆哮を上げたフェイトは、バルディッシュを振り下ろした。



 ☆



 手を握っても、彼の顔を見上げても、心には何の変化も起きなかった。
 それが無性に寂しくて、フェイトは視線を爪先に移す。この日の為に一ヶ月も前から新調して、大切な宝物のようにクローゼットの中に入れておいた黒い靴が見えた。 氷付けの世界でそうしていたように、黒い靴は積もったばかりの柔らかな雪を踏み締めている。

「ごめんね、クロノ」

 周りの喧騒を煩わしく思う。

「何がだ?」
「全然楽しくないよね?」
「僕が楽しいと思う観点は普通からはズレてるらしい。別にそうは思わないよ」

 クロノが言った。少しだけ飾り気のある言葉だった。
 海鳴の繁華街を、二人は手を握って歩いていた。十二月二十四日はホワイトクリスマスとなり、夜闇に沈んだ街並みは白く煌き、祝日を祝うイルミネーションの一角を 担っている。
 身を縮め込ませるような冷たい風に吹かれて、フェイトは羽織っていたロングコートの襟に首を引っ込めた。季節柄と緩慢に降り積もって行く雪のせいか、 肌を刺すような寒さだった。分厚くはないコートでは少々心許なかった。

「寒いか?」

 クロノが着ていたコートの裾を開き、フェイトを招く。小柄な身体は、すっぽりと黒いダッフルコートの中に納まってしまった。
 コートの中はとても暖かかった。クロノの体温が全身を包んでくれているようだった。
 それなのに、心にはさざなみ一つ立たない。
 視線は爪先を捉えて放さない。心臓は鼓動を早める事も無く、背中を包んでくれている彼が何も知らない赤の他人のように思えてしまう。

「少し休むか?」

 だが、近くのレストランや喫茶店はどこも男女や家族連れでいっぱいだった。
 仕方がないので、自販機で暖かい飲み物を買って、ブティックの軒下に行った。
 眼の前を、自分達と同じように身体を寄せ合った男女が過ぎ去って行く。誰もが幸せそうにしていた。
 フェイトは、クロノのコートの中で買ってもらったカフェオレの缶を握り締め、そんな人波を眺めていた。

「あの子……デスティニーの事だが、ユーノにも手伝ってもらって、色々と調べてみた」

 不意にクロノが口火を切る。白い息がブティックの煌々とした光の中に消えて行く。

「五十年くらい前かな。ミッドが近くの次元世界と戦争状態に陥った事があるそうだ」
「五十年前……?」
「ああ。敵対した次元世界は科学力が極端に進化していたらしくて、戦争時期は短いけど、ミッドも相当な被害を出したそうだ。ロストロギアが使用されるような 事は無かったから、時空管理局も最低限の介入――和平交渉だけを行ったらしい」
「そんな事、私全然知らないよ……?」
「どこの世界にも表沙汰にしたくない歴史や、残しておきたくはない過去がある。そんな所さ」

 僅かだが、嫌悪の色を滲ませて、クロノが言った。

「戦争は敵対世界が大規模な殲滅兵器を投入する事で終わった。正確には、その殲滅兵器の情報を事前に察知したミッドが手を打ち、敵対していた次元世界でその兵器 を発動させたんだ。結果は君が見た氷付けの世界さ」

 デスティニーの設計者がミッドに流した情報の賜物だろう。彼がデスティニーを救おうと行動していなければ、ミッドチルダが氷に閉ざされた世界になっていたのかも しれない。

「今更言う必要も無いが、魔法は万能じゃない。荒唐無稽に見えて、幾つものルールに縛られてる。状況次第じゃ、銃火器の方が余程効果的だ。……それでも、魔法を 使えない彼らから見れば、僕達のような魔導師は脅威の対象だったんだろう。だからあんな馬鹿げた兵器を使った。そのせいで、あの次元世界は滅びて、ミッドの歴史 からも完全に抹消された」

 デスティニーを停止させた後、フェイトは彼女をベッドへ移し、研究所を完膚無きまでに破壊した。無心になって物を壊したのは、あれが初めてだった。
 最後に入り口となっていた縦穴を粉砕して、誰も入って来れなくした。
 誰にもデスティニーの眠りを妨げて欲しくはなかった。破壊された研究所は静謐な墓地となり、彼女が眠るベッドは無骨な棺桶となった。
 すべてを終えて帰還したフェイトを待っていたのは、予想通りのクロノの小言と、彼の抱擁。それから、リンディ達の呆れた表情だった。

「当時のデスティニーの記録も無限書庫に残っていた。高出力の魔法を行使する人型機動歩兵として、ミッドの魔導師達から畏怖されていたらしい。彼女の保護を、その 設計者から求められて、ミッドも判断に迷ったようだが、管理局の指示で保護を決断してる」
「管理局の……?」
「指定されたのは後からだったらしいけど、管理局はあの子をロストロギアに認定した。保護して封印するつもりだったんだろう」

 一連の魔導師襲撃事件を解決したものの、命令違反を行ったフェイトには三ヶ月の減俸処分が下された。事件解決の功績でそれ以上の処分は見送られたと、査問委員会に 出席したリンディが言っていた。
 事件の顛末は報告書とレポートに纏められて、フェイト自身の手によって上層部に提出され、この事件は完全に幕を下ろした。
 それから今日――十二月二十四日のクリスマスイブまで、フェイトは一度たりも笑っていなかった。
 申請していた有休も無事に通り、こうしてクロノと過ごす初めてのクリスマスイブを迎えているというのに。
 心はちっとも弾まない。気持ちは沈み、陰鬱で、それらがしこりのように心に落ちている。

「あの子ね。凄く強かったんだ」

 カフェオレの缶が、手の中で段々と温くなって行く。

「記録じゃ、当時のミッドチルダの魔導師を三桁以上倒してる。まったく、心配させてくれるな、君は」
「そうじゃないの」
「……どういう意味だ?」
「デスティニーは……大切な人を探してた」

 缶の栓を開ける。口に入れたカフェオレはやっぱり温くなっていた。

「自分を造ってくれた人を……探してた」

 設計者の手から奪われてしまった彼女が何時目覚めたのかは分からない。彼女が造られた時代は今から五十年前というから、それに匹敵する時間を独りで生きて、 大切な人を探し、数多の次元世界を彷徨っていたのかもしれない。

「独りで。ずっと独りで」
「………」
「最後に辿り着いた場所で、もう大切な人が居なくなってたって知らされて。それでも、デスティニーは絶望なんてしなくて、大切な人を悲しませたくないから、 兵器のままじゃ居たくないから、私に壊してって頼んで……」
「……確かに、強いな」

 クロノの片手が、フェイトをぎゅっと抱き締める。雪が付いたコートは湿っぽかったが、その下にある彼の手は別物のように暖かかった。

「似てるって思ったんだ、私に」

 あの紅い人工水晶体に潜んでいた寂しさ。
 大切な人の為ならば、喩えもうその人がこの世の人ではなくなっていたとしても、死を決断出来てしまう所も。
 でもそれはフェイトの勘違いで、デスティニーを見くびっていただけだった。

「私はあんなに強くなれない。私なら、きっと耐えられない」
「………」
「アルフやアリサに何回も言われたんだ。クロノ離れしろって」

 軽い依存症であると理解している。彼がここに戻って来てから、もう半年近くが過ぎたというのに、フェイトは今でも言い知れない恐怖に襲われる時がある。 あるはずのない虚偽を信じようとしてしまう。
 ある朝目覚めると、クロノが居なくなってしまっているかもしれない。
 実は今日までの日々は長い夢で、目覚めると、あの事件の直後だったりするかもしれない。

「それだったら、僕もエイミィに何回も言われてるよ、フェイト離れしろってね」

 可笑しそうに笑って、クロノは缶コーヒーを煽る。

「僕はここに居る。君が心配してるような事は無い」

 クロノの指がフェイトの手に伸びる。
 フェイトは片手で缶を握ると、クロノの指に自分の指を絡ませた。
 冷たくて感覚の無かった指先一つ一つに温もりが戻って来る。それが、彼の言葉が偽りで無い事の何よりの証拠だった。

「……最後にね、デスティニーが言ってたんだ」
「何て?」
「大切な人の手を放さないようにって」
「僕は最初から手放すつもりはないが?」

 フェイトは爪先から視線を外した。俯き続けていたせいか、顔を上げると首の付け根が鈍い痛みを発して軋んだ。
 振り向いて、見上げた先。そこにクロノのおどけた顔がある。

「……私もだよ」

 クロノが覆いかぶさるように腰を曲げる。何が起こったのか分からない内に、唇に人肌の温もりが押し付けられた。
 ほろ苦い缶コーヒーの味がするキスだった。

「支えて、支えられて。独りで生きて行く強さも必要だけど、僕はこっちの方が心強いし、何より嬉しい」

 鼻先が擦れ合う。額を掠める前髪がむず痒い。囁くような声と彼の息遣いがコートの中のフェイトを発汗させた。

「……クロノ離れ、もう少し後でもいいよね?」
「どうかな。ちなみに僕はフェイト離れを当分先に予定してる」
「じゃあ、私もそうしようかな」

 そう言って、フェイトは久しぶりに笑った。クロノに触れられてぽかぽかと暖かくなった身体の熱が、悴んでいた頬を穏やかに微笑ませる。

「クロノ、どこか食べに行こ?」
「どこがいい?」
「翠屋」
「なのはの所か?」
「混んでると思うけど、桃子さんのケーキは凄く美味しいし、あそこは暖かいから」
「それは分かるが……分かった、君が行きたいなら付き合うよ」

 空き缶をクズカゴに入れて、二人は寄り添うように来た道を引き返して行く。
 デスティニーは大切な人と出会えただろうか。
 もし出会えていたら、彼女の大切な人は、臆する事無く、デスティニーに想いを打ち明けてくれているだろうか。
 ふと見上げた黒い空に、フェイトはそんな事を考えた。





 fin.





 □ あとがき □

 二十四日掲載を目指していたものの、実際には二十六日掲載となりました。
 読んでいただきましてありがとうございます。SC後クロフェのクリスマスSSでした。
 没案が死ぬ程浮かんで書いた話です。この話に落ち着いたのは五回目ぐらいの書き直しの後でした。幾つか候補があったものの、どれも尺が長い話でして。これも 結局は前後編に分けられてます。
 機械少女デスティニーですが、由来はフェイトです。二人に共通点というべきものを設け、それを主軸に話を書こうとした時、意味的に同じ『運命』の方がいいかなと 思いました。決して巨大な対艦刀とか長距離ビーム砲とか光の翼とか出て来ません(汗)。
 ただ単にイチャイチャするだけの話もいいけど、ここは一本何かシリアスに書きたいなぁと、ブログでリクエスト受付て、結果のSC後クロフェのシリアスを見て思いました。 お陰で登場キャラがフェイトとクロノとデスティニーだけという面白仕様。このキャラ数の少なさは書いていて非常にしんどかったです。
 楽しんでいただければ幸いです。クリスマスSSですが、何分二十六日掲載なので、期間限定ではありません。元々限定にするつもりはなかったのですが…。
 では。





inserted by FC2 system 連合vsザフトUPLUS PLUSモード 某アビスステージ グゥレイトォ! 核だけは多いぜ! !? うわぁぁぁぁぁあ!? ディアッカァァァァァァァァァッ!!! ってな事がありましたorz 馬鹿者! ふざけている場合か!? スラッシュザクでは弾が足りん! > 心の奥底の嫌な感情が点のような火に変わる。ここに誰も居ない事に無意識に感謝してしまう。もし仮に、ここにデスティニーの設計者が居れば、きっとその炎は仮借ない激情に変化して、我慢出来ずに吐き出してしまっていただろうから。