魔法少女リリカルなのは SS

クロノのお見合い

♯.2







 一言に『見合い』と言っても、そのやり方は実に千差万別だ。十人十色である。何も堅苦しい形式で、堅苦しい正装をして、堅苦しい会話から始めるのが見合いでは ない。
 クロノ・ハラオウンとリーン・ロイドの見合いは、ミッドチルダ東部十二区内にあるパークロードと呼ばれるアミューズメントパークである。特に真新しいアトラク ションがある訳でもなく、見合いというよりも年頃の男女がデートに行くような普通の遊園地である。
 クロノはリンディと共に遊園地の中央入場口に立っていた。リンディはいつものボレロを羽織ったゆったりとした私服で、クロノは彼女が見立てたカジュアルな出で立ち だ。正装ではないのはロイド側の指定である。

「クロノ、少し落ち着いたら?」

 忙しなくあちこちを見渡すクロノに、リンディが苦笑して言った。

「お、落ち着いてます」
「そう?」
「そうです」
「昨日四回もトイレに起きたでしょう?」
「どうして知ってるんですかッ!?」
「あら、冗談のつもりだったのだけど」
「母さんッ!」

 珍しくも貴重な母と子の会話をしていると、眼の前に黒塗りの車が停車した。物々しくはないが、少なからず威圧感を感じてしまう外見だった。
 車から数人の男達が下車した。全員、車同様に黒一色のスーツ姿だ。これでサングラスを装着していれば怪しげな一団である。彼らは極めて無駄の無い動作で動き 回り、所定の位置に着いた。
 クロノとリンディが静かに見守る中、男の一人が後部座席の扉を開けた。姿を現したのは、糊の効いた見事なスーツを着こなした片眼鏡の老人――インヘルト・ ロイド卿だ。
 自然とクロノの身体に力が籠もる。以前会った時は緊張するどころではなかったので、こうやってじっくりと顔を合わせるのは初めてだった。
 見るからに肩を力ませたクロノを、ロイドは愉快そうに笑った。定期の総合会議では静かな威厳に満ちている皺だらけの顔が、孫を見るような柔らかな表情になる。

「おはようございます、ロイド卿」

 軽く会釈をするクロノだが、その動きはぎこちない。

「そう緊張をするな。今日は管理局局員としてではなく、普段通りにしていてくれ」

 とは言うものの、ただの執務官に過ぎないクロノにとって、ロイド卿という時空管理局最高責任者は雲の上の存在だ。緊張するなという方が無理であり、普段通りに 振舞えというのは不可能である。
 難しそうにするクロノに、ロイドは笑顔のまま続けた。

「それでは将来身が持たんぞ?」
「……しょ、将来、ですか?」
「左様。君は私の義理の孫になる訳だから」

 気が早過ぎる、とはもちろん口が裂けても言えない。
 クロノとリンディが何も言えなくなっていると、ロイド卿の後に続いて、黒髪の少女が車外に出て来た。小柄で線の細い身体。か弱いというイメージがぴったり当て はまる。白いカーディガンに薄い空色のワンピースが何とも可愛らしく、とても似合っていた。
 少女はクロノの顔を見た途端、頬を赤く染めてロイド卿の背中に隠れてしまった。彼の肩を握る手が初々しい。

「何を恥ずかしがっておる。昨日はあれだけはしゃいでいたものを」
「お爺様!」

 少女――リーン・ロイドが叫ぶ。鈴の音のように澄んだ声だ。

「さぁ、自己紹介をせんか」

 にこにことロイド卿が身体を退かした。
 リンディもクロノの側から離れ、一歩身を引く。
 渦中の人物とも言えるクロノとリーンは、自然と身体を向き合わされた。
 クロノはたどたどしい態度でリーンに歩み寄ると、これまたたどたどしい口調で言った。

「クロノ・ハラオウンです」

 他にもっと言うべき事は無いのか。思わずそんな声が聞こえて来そうな自己紹介だった。
 リーンはすぐには答えなかった。視線を足元に彷徨わせたり、ぎゅっと眼を瞑ったり、もじもじと脚を動かしり、とにかく逡巡を示す色々な行動をする。どれくらい そうしていたか分からないが、彼女は突発的に右手を差し出した。震える声で自分の名前を告げる。

「……リーン・ロイドです……」

 伏せていた顔から様子を伺うようにこちらを見て来る。その宝石のような黒い瞳を前に、クロノは思わずどきりとした。



 ☆



「実際に見ると、写真よりもずっと綺麗やな……」
「でも細すぎませんか?」
「そうだな。だが、インヘルト・ロイド卿の孫娘だけはあり、優れた魔力資質を持っているそうだ。AA判定の魔導師で、まだまだ伸びているらしい」
「あれで戦うのか?」
「そんな事を言えば、高町やテスタロッサはどうなる。そもそもヴィータ。お前も外見だけを見ればただの子供だ」
「黙れ犬! あたしは子供じゃねぇー!」

 入場口の券売所の影に隠れて、はやてとシグナム達が口々に言った。全員私服だが、いつもの服装ではない。休日を楽しみに来た家族連れを巧妙に演出する身形を している。父親、母親役はザフィーラとシャマル。シグナムが姉役で、はやてとヴィータは子供役だ。無理ではないにしろ、かなり強引である。
 ちなみにはやては車椅子には乗っていない。リハビリでそこそこ動くようになった脚に魔力を流し込み、普通に歩き回っていた。
 券売所のスタッフが迷惑そうな視線を向けているが、もちろんはやて達は無視する。

「何か、クロノ君の顔赤くなってませんか?」
「え、ええぇ!?」

 はやてが大慌てで身を乗り出そうとするが、シグナムがきわどい所で引っ張る。

「主はやて、自重して下さい。感付かれます」
「あれは惚れた顔だな」
「!?」

 がばッ! とザフィーラに振り返るはやて。

「ザフィーラ。迂闊な事を言うものではないぞ」
「だが、ハラオウン執務官のあのような顔、俺は見た事が無いぞ」

 ザフィーラが顎でクロノを指し示した。
 彼の言う通り、クロノの今の顔ははやても見た事が無かった。日頃のクロノは常にきりっとしていて、毅然とした態度を取っているが、今の彼はまったく別人に見えた。
 初めて異性と手を繋ぐ中学生のような顔をしているのだ。まぁ、実際の年齢上、クロノは中学三年生なのだが。
 クロノ達が移動を始めた。クロノとリーンは二人だけで別の入場口から園内に入って行く。残されたロイド卿とリンディは談話をしながら近くのカフェへ入って 行った。
 主役を二人きりにさせ、親は親で積もる話もあるのだろう。追跡する方としては好都合である。
 ザフィーラの言葉に言い知れぬ不安を覚えながら、はやては告げた。

「追うで、皆」
「お〜!」

 あくまでも真剣な様子のはやてと、あくまでも遊びに来た感覚のヴィータがとことこと追跡を開始した。シャマルが微笑ましい母親を演出しながら後を追う。

「ザフィーラ」
「ああ、分かっている。主にこれ以上の罪と罰を背負わせる訳にはいかん」
「そうだ。喩え我々の手がまた血で染まろうとも」

 はやてに今日の同行を頼まれた時、シグナムは確かに彼女の口から聞いた。

「敵状刺殺」

 一体如何なる方法で刺殺するというのだろうか。そもそも『敵状』とはどういう事だろう。考え得る残忍極まりない手法を駆使して、この世のモノとは 思えない苦痛を与えた末に刺殺するのか。何と残酷な。
 軽い戦慄を覚える。これは何が何でも止めなければならない。その上でこれ以上主が暴走しないようにクロノと恋仲にしなければ。

「嫉妬とは恐ろしいものだな」
「ああ」

 こめかみに一滴の汗を作って、ザフィーラが答えた。何か苦慮している様子だった。

「どうした、ザフィーラ。難しい顔をしているな」
「いや。最近アルフの嫉妬が酷くてな。主にはああいう風にはなって欲しくない」
「……そういえば、この前首筋に大きな噛み傷があったな」

 皮肉を言うように頬を緩めるシグナム。

「無粋だと思うが、敢えて訊こう。『そういう最中』に何かあったのか?」
「違う。犬の姿で思い切り噛まれたのだ。死ぬ程痛かったぞ」
「……何があったんだ?」
「任務で助けた武装隊の女性から、先日食事に誘われてな」

 ザフィーラは寡黙で無愛想だが、冷徹ではない。不器用だが優しさを持っている。アルフ以外にも惹かれる女性が居てもおかしくはない。

「ミッドチルダの店で食事をしたのだが、そこでハラオウン提督とテスタロッサ、アルフと鉢合わせをした」

 何という修羅場だ。

「で、噛み付かれたと」

 ザフィーラは苦虫を噛んだような顔になりながら、噛み付かれたという首筋を撫でた。

「ああ、あれだけ無実を説いたのに。危うくバリアブレイクで生命をブレイクされかけた」

 ご愁傷様としか言いようがなかった。
 改めて痛感したが、嫉妬とは恐ろしい。はやてがアルフのようになるとは思えないが、だがしかし、敵状刺殺なる恐ろしい殺害方法を提案して来ている。
 アルフ以上に危険かもしれない。いや、危険だ。

「気を引き締めて行くぞ、ザフィーラ」
「うむ」

 凄まじい勘違いをしたまま、二人ははやて達の後を追った。

「ちなみにアルフとはその後どうなったのだ?」
「その……色々と大変だった」



 ☆



 ロイド卿に進められるまま二人きりで園内に入ったものの、さっそくクロノは困った。リーンは彼のすぐ側を歩いている。彼女は決して顔を上げず、赤面症なのかと 訊きたくなるくらい顔を赤くして俯いていた。
 何を話せばいいのかさっぱり分からなかった。気の利いた話題が全く出て来ない。妹やその親友、姉のような女性とは日頃から普通に話をしているというのに、何故 だか言葉が浮ばない。
 そこでクロノは、自分が酷い緊張状態にある事に気付いた。ロイド卿と対面した時とはまた一味違う緊張感があった。
 リーンの横顔を覗き込むと、不意に彼女と視線が合った。
 慌ててそっぽを向く二人。

「き……緊張、してます……」

 耳を澄まさなければ聞こえない声で、リーンが言った。何か答えねばと強迫観念に囚われつつ、冷静を装う。

「僕もそうです」
「クロノ……さんも、ですか?」

 クロノの名前だけ、本当に小さな声になっていた。

「ええ、まぁ。何を話していいのか分からないくらい緊張してます」
「……私も、です……」
「リーンさんは」
「リ、リーンって……よ、呼んで、下さい……。あと、敬語も……その、出来れば止めて下さい……」

 突然大きな声を上げるリーン。いきなり呼び捨ては失礼だと思ったものの、本人が望むのであれば仕方が無い。敬語はちょっと難しいかもしれないが。
 クロノは言い直した。

「それじゃ、リーン」
「はいッ」

 悲鳴に近い声。直立不動の姿勢になる彼女がおかしくて、クロノは少しだけ頬を緩めた。

「リーンは武装隊士官として局入りを?」

 取り合えず、し易い仕事絡みの話からする事にした。

「は、はい。AA止まりですが、何とか士官を務めさせていただいてます」
「謙遜する事は無いと思います。AAクラスの魔導師もそう多くは居ません。それに士官になって二年でいくつもの成果を上げている」
「そ、そんな事ありませんよ、私なんてそんな……。クロノさんなんて、史上最年少で執務官になられて、闇の書事件やPT事件の解決に貢献されてるじゃない ですか」
「最年少とは言っても、試験には一度落ちてます。それに、僕はあの事件では手を貸しただけに過ぎません」
「で、でも、クロノさんは私にとって凄く、すっごく大きな人です。あの、多分覚えてないと思うんですけど、一年くらい前に武装隊の戦闘訓練に来られた事があったじゃ ないですか」

 それは覚えている。リーゼ姉妹の依頼で新人武装局員の訓練教官を務めた。その時にリーンと初めて対面したのだ。とは言うものの、ちらりと眼を合わせた程度 のものだった。

「その時、私は見学という形だったんですけど……。クロノさんを初めて見た時、私と同じくらいの歳の子だなって思って。失礼なんですけど、 こんな子が教官でいいのかなって思っちゃったんです。でも、訓練が始まったら凄くて……」

 余程緊張しているのか、語る彼女の声は震えていた。つっかえつっかえになりながら何とか喋る。

「最後には武装隊の人が十人がかりで行ったのに皆一撃で倒しちゃって。……凄く……凄く、格好良かったです」

 顔を上げてはにかむリーン。無邪気な笑顔だ。クロノは心臓が飛び跳ねるような衝撃を受ける。頬が熱くなって行くのが分かった。
 可愛い。クロノは眼の前の少女を心の底からそう思った。

「クロノさんは………一目惚れって、した事ありますか?」
「……いえ。その、そういうのは……」

 そういう話とは縁も所縁も無い。少なくともクロノはそう思い込んでいる。

「私はあります」
「え?」

 リーンは震える手をクロノに伸ばして、彼の手を握った。湿っぽく、熱を持った小さな掌。彼女が汗ばんでいた事に気付く。

「その戦闘訓練の日にしちゃいました。それで改めて写真を見たら、もっと好きになっちゃいました。……クロノさん。好きな子、居ますか?」

 恥ずかしそうに訊ねて来るリーンに、クロノはばくばくと心拍数を上げて行く心臓に戸惑い、混乱した。



 ☆



 来なければ良かった。フェイトは心の底からそう思った。
 彼女はお土産屋の影に隠れながら、クロノとロイド卿の孫娘――リーンの様子を伺っていた。一応は変装はして来ている。シャマルのような露骨なものではなく、 男の子のような身形をしていて、長い金髪も大きめの帽子を中に入れて隠していた。
 最初は遠眼からクロノとリーンを眺めていただけだったのだが、その内我慢出来なくなり、思念通話の術式を組み替えて、盗聴するように二人の不器用な会話を聞い てしまった。
 フェイトの眼の前で、二人は手を握って歩き出した。リーンは緊張が少し解れた様子で、満面の笑みでクロノに話しかけている。クロノと言うと、今度はさっきよりも ガチガチに固まっていた。だが、リーンと話している表情は柔らかい。頬を赤めて言葉を交わしている姿は歳相応の少年である。
 フェイトはここまで照れているクロノを見た事が無い。自分がどれだけ手を繋ぎ、指を絡ませ、身体を寄せようとも、彼は僅かに恥ずかしそうにするだけだった。そ んな反応はまだ良い方で、大体の場合は何の反応も無い。義理の妹がじゃれついて来ている程度に受け止めているのだ。フェイトの好きだという想いに気付かずに。

「………」

 今のクロノの顔に浮んでいる感情が何なのか、フェイトはよく知っていた。何せ自分が彼と接する時は感じている感情なのだ。分からないはずもない。
 彼はリーンを好意的に思っている。か弱い印象の可愛らしい少女に微笑みかけられれば、普通の感性の男の子なら誰だって胸をときめかせるだろう。クロノは異常に 鈍感に出来ているが、感性は普通に出来ている。
 フェイトが茫然と見守る中で、リーンがクロノに話しかける。術式を組み替えた思念通話が二人の会話を盗聴する。

『クロノさん、好きな子、居ますか?』

 少しの空白を開けて、クロノが答えた。

『い、いえ……その、居ません、けど……』
『な、なら、あの、その……! クロノさんが良ければ、私がクロノさんのお隣に居てもいい……ですか?』
『……』
『あ、は、早過ぎますね! 今会ったばかりなのに。ご、ごめんなさいッ! あの、ほんと、凄く嬉しくて私』

 それから何度も謝る。クロノはどうしていいか分からず挙動不審に陥った。二人はどちらからともなく静かになる。

『……お返事は急がれますか?』
『え』
「え」

 リーンとフェイトの間の抜けた声が完璧に重なった。

『出来れば考える時間が欲しいのですが』
『………考えて、いただけるんですか……?』
『もしリーンが待ってくれるのなら。……構いませんか?』

 信じられないと言った顔で、リーンがコクンと頷く。

『なら今日は、私を……す、好き、になってもらえるように……うんと頑張ります……』

 リーンがクロノの手を握る。クロノは驚くものの、その手を振り解こうとせず、軽く握り返した。驚いたリーンは彼を見上げて、そして笑った。

「……やめて」

 自然と声が出た。
 やめて。クロノを連れて行かないで。クロノの心を獲って行かないで。
 盗らないで。
 獲らないで。
 取らないで。
 だって、だってまだ告白もしてないんだ。告白する勇気はまだ無いけど、でもこれからなのに。これから気付いてもらえるように、もっと沢山の事をするつもり だったのだ。
 昨日まで誰のモノでもなかったクロノ。端正な顔も、優しい声も、温かい掌も、抱き止めてくれる腕も、すべてが誰のモノでもなかった。それを自分のモノに出来る ように、フェイトはこの数ヶ月頑張って来た。でも、自分のモノになりそうな気配は一向に無い。
 なのに、このリーンという少女はたったの一日、いや、一時間にも満たない僅か過ぎる時間で彼の心を掴んでしまった。気持ちを振り向かせてしまった。

「嫌だ――!」

 このままではクロノはリーンを好きになってしまう。両想いになれば結婚なんてすぐそこだ。そんなの絶対に嫌だ。
 クロノが好きだという気持ちは絶対に負けない。誰にも負けない。負けないのに、何故なんだろう。何故クロノはこの子の事が好きになったのだろう。私のどこが いけないのだろう。やっぱりリーンの方が好みなのか。自分はどこを直せば良い? やっぱり髪を短くした方がいいの? そうすれば自分を見てくれるの? そうし たらリーンを見ずに私を見てくれるの? もしそうなら今すぐに切るから。クロノの言う通りにするから。だから――。
 盲目的な思考に明け暮れていると、いつの間にかクロノとリーンを見失っていた。

「クロノ……!」

 フェイトは泣くのを我慢しながら、彼らを探し始めた。その姿ははぐれた親を探す子供のようだった。



 ☆



 そのオープンカフェは物々しい空気に支配されていた。黒ずくめのスーツ達があちこちの席を占拠し、緊張感バリバリでコーヒーをズビズビと飲んでいるのだ。 異様且つ威圧的である。店員は店長と一緒に屋内の厨房に避難し、他の客達はそそくさと清算を済ませて店を後にしていた。
 リンディは砂糖山盛り三杯を入れたコーヒーをすすりながら、心の中でひたすらに謝罪をした。
 彼女の前にはロイド卿が無糖の紅茶を飲んでいる。私服姿の彼は、のどかな田舎で老後を平和に過ごしているただの老人だった。時々心配そうに園内を見たりする 辺り、孫を心配している普通の祖父である。

「ご心配ですか、リーンさんが」

 コーヒーカップをソーサーに戻す。
 ロイドが驚いたようにリンディを見た。

「分かるかね?」
「これでも二人も子供を抱えている母親ですから」

 ロイドもカップをソーサーに置く。皺だらけの顔に苦笑を浮かべた。

「私はあの子の育て方を間違えた」
「育て方、ですか?」
「ああ。君も知っているだろう。あの子の、リーンの事は」
「……ええ。それなりに」

 リーンは、日頃は本当に大人しい。その容姿や性格の通りの女の子だ。だが、そこに犯罪者という人種が絡んで来ると変わる。
 抵抗の意思の無い犯人を容赦なく殺傷設定の魔法で攻撃する。命乞いをする犯人を何人病院送りにしたか、その正確な数は定かではない。武装隊を統括する佐官達 はその扱いに頭を痛め、何度もロイド本人に談判を行っているという話だ。
 彼女は時期時空管理局最高責任者だった父と母を犯罪者に殺されている。その時の憎悪と衝撃が、この線の細い少女を凶行に走らせていた。

「君の息子、クロノ君のように、私はあの子を育てる事が出来なかった。管理局の組織運営は出来ても、この体たらく。情けない限りだよ、まったく」
「……私もそうです。クロノの育て方を間違えたのかなって、たまに思う時があります」
「何を言う。自分の父親の仇とも言うべき八神はやてや守護騎士達を憎まず、身体を張って助けていたではないか。あの歳で執務官を務め、優秀な結果を残している。 誇りに思えど、恥ずべき事は無いはずだ」

 片眼鏡の奥にある眼が、不思議そうにリンディを見た。
 確かに彼は管理局局員としては優秀だ。良き師に恵まれたというのもあるが、彼は犯罪者を憎む事もせず、感情に振り回される事も無く、犯罪によって生まれる悲し みを減らそうと頑張っている。『こんなはずじゃない人生』を歩む人を無くそうと、少しでも減らそうと、日々の努力を続けている。それはとても素晴らしい事だ。

「……あの子は自分の事をほとんど考えません。これ以上の親不孝は他にありませんわ」

 コーヒーを再び口に運ぶ。

「今でこそ笑うようになりましたが、昔は本当に笑わない子でした。PT事件が起こる前も、結構気難しい顔をしている事が多かったんです」
「………」
「私や艦のスタッフがどれだけ心配しても、あの子はそれを無視して仕事に没頭しました。自分のように父親を失い、家族を失う人を少しでも減らせるように」

 カップが空になる。

「自分に向けられている好意にも気付かないような子です。本当、情けなく思います」

 もっと母親として接してあげられる時間が多ければ。少ないながらも、接してあげられていた時間の中で、もっと愛してあげられたら。そしたら、あんな無茶 ばかりして、自分の事を一切考えない子にはならなかっただろう。
 ロイドはカップを手に取り、中を満たしている琥珀色の液体を見た。

「手厳しいな、君は」
「そうでしょうか?」
「ああ」

 遊園地の楽しそうな喧騒が窓越しに聞こえて来る。

「何故、断らなかったのかね? やはり私の話だったからかな?」
「最初はそうでしたが……。あの子には良い経験になるんじゃないかなと思いまして」
「なるほど、良い経験か」
「はい。仕事以外の事にも、もっと眼を向けて欲しいんです。例えば、自分を好いてくれている女の子の事とか」

 もちろんフェイトの事だ。いい加減気付いてあげて欲しい。

「リーンでは無理かね?」
「それを決めるのはあの子ですが、どうでしょうか。リーンさんが抱えている問題も難しいものですし」
「……解決、してくれるだろうか」

 それが目的だったのだろう。リンディがリーンを切っ掛けにクロノに変化を望んだように、ロイドもまた、クロノを切っ掛けにリーンの変化を望んでいるのだ。

「時間がかかると思います。すぐには無理でしょう。ですが……」

 視線を園内に向ける。

「何か切っ掛けを与えてくれると思います。あの子は自覚無くそういう事をしてくれる子です」

 だから自分に向けられている好意にも気付かない訳なのだが。リンディは苦笑して、コーヒーの追加注文をした。





 continues.





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  □ あとがき □
 読んでいただきましてありがとうございます。前半はギャグ風味、後半シリアス風味。ストーカーと化したフェイトはどうなるのか(笑)。

 2006/5/19 一部シーンカット 追加執筆





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