魔法少女リリカルなのは SS

クロノのお見合い

♯.4







 それからさらに時間が経った。園内を賑わせていた家族連れはその姿を消し、人の影が疎らになりつつある。
 日が傾きかけている。空の色が徐々に赤みを帯びていた。
 クロノとリーンは、十五分をかけて一週する観覧車を降りて、園内を歩いていた。

「もう終わりそうですね」
「ええ、そうですね」

 笑顔で帰って行く家族連れを見送る。
 子供を肩車している父親。はしゃぐ子供。二人を優しく見守る母親。
 どこにでも居る幸せそうな家族。クロノにとっては縁の無い光景。
 物心ついた頃から父親は居なかった。
 だから、寂しいとも思わなかった。
 だから、羨ましいとも思わなかった。
 ただ、このささやかな幸せを味わっている家族を守りたいと思った。
 リーンがぎゅっとクロノの手を握って来る。彼女は眼の前の家族に見入っていた。

「幸せそうですね」
「……ええ」
「羨ましいです」

 クロノは、細いその手を握り返す事が出来なかった。
 彼女もクロノと同じだ。幼くして両親を理不尽に奪われた。不幸だったのはそれだけではなく、その後だ。犯罪者を憎みながら育つ彼女を、誰も変える事が、止める 事が出来なかった。

「知ってますよね」
「……え?」

 リーンを向く。彼女は家族を眺めたまま、クロノを見ようとはしなかった。

「私の、事」
「……まぁ、それなりに」
「私、クロノさんにいくつか質問があったんです。ずっと訊こう訊こうと思っていて訊けなかったんですが、今、いいですか?」

 拒否する理由が無かった。
 何を問われるのか、何となく予想はついた。
 リーンは不思議そうな眼をクロノに向けた。

「どうして八神はやてを助けたんですか」

 静かな詰問だった。

「どうして犯罪者が許せるんですか」

 空気はまるで尋問だ。外見はか弱いまま、線の細い華奢な少女のままなのに、雰囲気があまりにも違う。
 質問は予想的中であり、完璧に思っていた通りだった。シグナムに彼女の事を聞いてから、恐らくこうした問いかけが来るであろうと思っていた。
 クロノは苦慮していた。答えに悩んだのではない。どう彼女を傷付けずにいられるか、それに悩んだのだ。

「……僕は犯罪者が憎くて管理局局員になった訳ではありません」

 腫れ物に触れないように注意を払いながら、クロノは言った。

「父が亡くなったのも、ほとんど事故のようなものです」
「闇の書の守護プログラムが稼動しなければ、お父様は亡くなられる事はなかったはずです。クロノさんはあの者達が憎くはないのですか?」
「はい」

 即答だった。

「父が聞けば悲しむかもしれませんが、終わった事です。終わった事に囚われていては、始まっていないこれからが見えなくなります」
「……冷徹なんですね」

 容赦の無い言葉だったが、そう思われて自然だった。

「冷徹で構いません。そうする事でこんなはずじゃない人生を進まなきゃならない人を減らせるのなら、僕はいくらでも冷徹になりますし、残酷になります」
「………」
「だから僕は、犯罪者を許さないとか、恨むとか、そんな感情を最初から持っていません」
「最初……から?」
「はい。だって、意味が無い」
「………」
「最初の質問にも答えます」

 手を解く。

「管理局局員として、闇の書の被害者遺族として、僕は彼女を助けました。それは去年の冬の闇の書事件もそうですし、数週間前の事件でも変わりません」

 リーンは黙って聞いている。だから、クロノは逆に質問をした。

「リーンはご両親を犯罪者に殺された。だから犯罪者が憎い」
「そうです」

 あどけなさを残さず、抑揚の無い声でリーンが答えた。

「これからもずっと憎み続けるんですか?」
「………」
「そうする事で、君は一体何を得られるんですか?」

 細い肩に手を添える。黒曜石の瞳を射抜くように見詰めた。
 リーンの唇が動く。言葉がこぼれようとした時、横から二本の腕が割り込んで来た。
 腕が強引にクロノの手を引き剥がす。そのまま、リーンを突き飛ばした。

「だめ」

 呟くように、でもしっかりと、腕の主――フェイトがリーンに宣言した。



 ☆



 時間が過ぎて行く。止まれと願っても無駄であり、無意味だ。そんな事は分かっている。それでもフェイトはそう願った。
 クロノとリーンを見失ってから、すでに数時間が経過している。フェイトはその間ずっと探し回っていた。もう走り疲れて脚がガクガクだったが、それでも走った。

「クロノ……!」

 彼を奪われてしまうかもしれない恐怖がフェイトの身体を突き動かす。
 観覧車の近くに来た。そこでようやく求めていた二人を見つける。
 クロノとリーンが観覧車から出て来た。
 慌てて隠れるフェイト。売店の影から顔をひょっこりと出して様子を伺う。
 二人は歩きながら何かを話している。思念通話で盗み聞きしようとしたが、止めた。聞いたらもう我慢出来ないと思ったからだ。絶対に飛び出してクロノとリーン の手を無理矢理解いてしまう。
 クロノ達が脚を止める。二人の前を、和気藹々とした家族連れが通って行った。
 何かを話している。何時に無く真剣な表情だ。
 気になった。背中を突き動かされる。聞きたい。でも、聞いたら居ても立っても居られなくなる。だから我慢した。我慢して、勝手に想像した。
 今後の付き合いの事だろうか。それとも、次のデートの事だろうか。
 涙が出て来た。乱暴に手の甲で拭う。それでも溢れて来る。何度も何度も拭う。
 ぼやけた視界で、フェイトは二人を改めて見た。

「―――!?」

 我慢のリミットが超絶的な勢いで振り切られた。フェイトは無心で飛び出す。勢いで髪を隠していた帽子が落ちてしまったが構わない。
 手を握り、親しそうにしている。まだいい。よくないが、ギリギリ我慢は出来た。
 でも、そこから先を見てしまっては我慢出来なかった。
 クロノがリーンの肩に手を置き、顔を近づけていたのだ。
 彼が何をしようとしているのか。普通の感性の持ち主ならすぐに分かる。

「だめッ!」

 何が『相手を選ぶのはクロノの自由』だ。フェイトは叫びながら思った。
 自分はこんなにも独占欲が強い。リーンのように告白する勇気も無い癖に、一丁前に独占欲だけはある。
 クロノを誰にも渡したくない。自分だけを見て欲しい。自分以外のヒトの手は握って欲しくないし、腕も組んで欲しくない。キスなんて論外だ。
 きっとクロノはこんな自分を嫌がるだろう。でも我慢が出来ないのだ。仕方が無いのだ。
 フェイトはクロノとリーンの間に飛び込んだ。力いっぱい二人の腕を引き剥がし、リーンの前に両腕を広げて立ち塞がる。

「だめ」

 一言だけ言った。
 リーンは状況が分からず、眼を瞬かせ、きょとんとしていた。

「フェイト……?」

 後ろからクロノの声が聞こえたが、フェイトは振り向かない。唇を噛み、涙を堪え、リーンを全身全霊を懸けて睨め付けた。

「……だれ?」
「フェイト。フェイト・T・ハラオウン」

 自分でも驚く程、ぶっきらぼうに答える。

「フェイト……? もしかして、PT事件の?」

 次元干渉型ロストロギア『ジュエルシード』から始まったあの事件は、局内でもそれなりに有名だ。事件の首謀者が管理局だけでなく、ミッドチルダ内でも名の知れて いる大魔導師である事も起因している。ただ、事件の詳細を知る人間は極一部だ。多くの人間は、過去の有能な魔導師が、己が研究の為に様々なモノを犠牲にして起こ した事件と思っている。フェイトが亡くなった少女のクローン――人造人間である事は倫理的、人道的な理由で伏せられていた。

「―――」

 リーンの瞳が変わった。現れたのは嫌悪感だ。
 同様の眼を、フェイトは見た事があった。忘れる事など出来るはずもない。一年前と数ヶ月前、なのはやクロノ達と出会う前。いつもこの眼と同じ眼を見て、また、 見られていた。
 プレシア・テスタロッサ。彼女がフェイトを見ていた眼と、このリーンの眼は、まったく同質のモノだった。
 嫌悪感。忌々しい憎悪。異物を見据えるような眼差し。

「フェイト、どうして君が……!」
「クロノさん」

 クロノの言葉を遮り、リーンが言った。

「お話には聞いていましたが、この子がPT事件の当事者ですよね?」
「……当事者ではありません」
「では何ですか?」

 嘲笑を浮かべて、リーンがフェイトを見る。いや、見下した。
 彼を取られたくないという感情が、リーンに抱いていた嫉妬が、氷を得たように冷えて行く。いや、何かに塗り潰されて行く。
 怖かった。眼の前の黒髪の少女が。どうしようもなく怖かった。

「この子は」
「あのプレシア・テスタロッサが創り出した人造人間。そうでしょう?」

 どれだけ向き合う強さを得ようと、触れて欲しくない記憶がある。掘り起こして欲しくない過去がある。
 あの心の傷は完全に癒える事は無い。その傷を、リーンは容赦無く抉った。
 身体が心の奥底から震えた。
 その時、クロノが静かに声を荒げた。





「どうして君がそれを知っている」

 沸々とした苛立ちが、腹の底から込み上げて来た。簡単には我慢出来なかったが、クロノは苦心の思いで自身の感情を制御した。
 押さえ込むようなクロノの声に、しかし、リーンは臆する様子も無く、淡々と語り始める。

「ご存知だと思いますが、PT事件は局内でも有名です。ただ、表に出てると問題のある情報は、高レベルのアクセス権限が無ければ閲覧が出来ません」
「君の階級は准尉だ。情報閲覧のアクセス権は無い」
「はい。ですから、お爺様のアクセス権限を使わせていただきました」

 規定違反を当然のように告白した。

「何故そんな事を……!」
「クロノさんが関わった事件だからです。いけませんか?」

 そんな次元の話ではなかった。事件の詳細を調べる事は咎められるような事ではない。過去の事件を参考に思考の柔軟性を増す事も出来る。だが、それでも見ても良い 情報、見てはならない、見ても他言してはいけない情報はある。そうした情報を、祖父の権限を利用して興味本位から見たのであれば、それは大いに問題だ。

「人工生命の研究は魔導師の間では禁忌ですが、それなりに興味はありましたので、添付されていた資料も拝見しました。クロノさん、何故この子を家族にしている んですか? この子は言わば魔法実験のモルモット――」
「黙って下さい」

 敬語を使うのに苦労した。苛立ちを押さえ込み、それでも納まりの付かない感情を、リーンを睨む事で諌める。

「フェイトをそんな眼で見ないで下さい」
「………」
「犯罪者が相手なら、君は何をしてもいいと思っているのですか?」
「喩え如何なる理由があろうと、彼らは法を犯し、他人を傷付ける者達です。そんな身勝手な方々にかける情けはありません」

 それはそうだ。犯罪者の過去に同情をし、その度に心を砕いていては時空管理局局員なんて務まらない。
 だが、割り切る事と非情になる事は意味が違う。

「……リーン。君にとって、大切な人は誰ですか?」

 彼女にとっては辛い問いかけだろう。クロノは知っていて訊いた。
 犯罪者に殺された父と母。かけがえの無い、リーンの大切な人。

「フェイトは、どんな酷い仕打ちを受けても、母だと信じていた女性の為に傷だらけになりながら頑張った。母親が大切だったから。母親が好きだったからだ」

 母を想う気持ちは、母を亡くしたリーンなら分かるはずだった。

「シグナム達ははやてを助ける為に、自分達の誇りを捨てた。大切な人を救う為に、大切な人との誓いを破った。何をしてでも助けたい大切な人だったからだ」

 大切な人を助けたい気持ちも分かるはずだ。

「大切な人の為なら何をしても良い事にはならない。でも、そう思う気持ちは正しいと思う」
「なら、私は正しい。お父様とお母様を奪った人種を、犯罪者を、私は許さない」

 分かった上で、彼女はそう答えた。
 クロノは力無く首を横に振る。

「それはただの八つ当たりだ。ただの身勝手な感情の吐け口にしているだけだ」

 ご大層な言葉と理由で誤魔化した、子供のような行動原理。
 そう。リーンも犯罪者と変わらない。『犯罪者』という枠組みで人を見て、極々身勝手、極々個人的な理由で人を傷つけているだけなのだ。
 リーンの表情が変わる。嘲笑や見下しが消えて行く。

「許す許さない、有罪か無罪か、これを決定するのは管理局です。僕らには犯罪者を逮捕する権利はあっても裁く権利はありません」
「………」
「恨むのも憎悪するのも君の自由だ。悲しみをぶつけるのも好きにすればいい。でも、それらはあくまで個人の感情だ。それに他人を巻き込んでいい権利は君には無い」

 リーンは口を噤む。

「……なら、この思いはどうすればいいんですか? 誰にぶつければいいんですか?」

 震える声で言った。

「憎悪は、憎悪しか生みません。憎悪に巻き込まれた人間は、憎悪に駆られます」
「私だけ耐えろと言うんですか?」
「耐えるんじゃない、向き合うんだ。それが出来なければ、時空管理局の局員は務まらない」

 クロノはそれだけ言うと、リーンに背を向ける。フェイトの手を握り、彼女を連れて歩き出した。

「クロノさん」
「申し訳ありません。見合いの話は無かった事でお願いします」

 クロノは脚を止めない。振り向きもしない。
 ただ、一言だけ言った。

「負けないで下さい。自分に」

 リーンは何も返さなかった。追おうとする様子も無く、佇んでいる。
 空の色は茜色に近かった。



 ☆



 リンディに思念通話で見合いの話を断った事を告げて、クロノはフェイトを連れて帰路についていた。
 クラナガンへ向かう電車に乗り込む。
 車内に人影は疎らだった。二人は手を握ったまま席に座る。
 アナウンスが流れた。目的の駅までは一時間程掛かるだろう。乗客の喧騒と電車の走る音が二人を包んだ。
 二人はずっと無言だった。
 クロノはずっと正面を向き、フェイトはチラチラと彼の顔を覗き見ている。親の顔色を伺う子供のようだった。

「……怒ってる、クロノ?」

 その一言が出たのは、電車が出てから五分が経った頃だった。

「どうして?」
「……ついて来た事」
「別に」

 短く答えるクロノ。素っ気無いというよりも不機嫌そうだった。

「やっぱり怒ってる……」
「君に怒ってるんじゃない」
「……リーンさんに?」

 彼女が犯罪者を憎悪している理由は分かる。分かるが、だからと言ってフェイトに対する暴言を許す事は出来なかった。
 フェイトは出来損ないの人間ではない。ましてやアリシア・テスタロッサのミスコピーでもない。フェイトはフェイト。一人の人間であり、一人の女の子であり、 一人の妹だ。クロノにとって本当に大切な家族である。

「まぁ、ね」

 短く答えたクロノは、ふとフェイトの顔を見る。

「そういえば、どうしてついて来たんだ?」
「え……あ……」

 沈んでいたフェイトの雰囲気が変わる。窓から入って来る夕焼けに照らされて、彼女はより顔を赤くした。

「き、気になって……その……」
「僕の見合いがか?」

 おずおずと頷くフェイト。

「どうして?」





 そう訊ねるクロノに、フェイトは両眼をきつく閉じた。
 言うべきなのか。好きですと告白するべきなのか。今なら言えそうな気がした。繋いでいる手から伝わって来るクロノの温かさが後押しをしてくれた。

「クロノ」

 夕焼けに染められた彼の顔がすぐ近くに見えた。告白の為に今までずっと用意していた言葉が喉元まで来る。
 妹とか、家族とか、そういうのじゃなくて、異性として、私はクロノが好き。
 考えて考えて、考え抜いた末に出来た告白の言葉。これだけ言えば、いくら鈍感な彼でも分かるに決まっている。

「妹とか、家族とか」

 震える声が言葉を紡ぐ。

「そういうのじゃなくて」

 頭の中が物凄く熱い。

「異性として、私は」

 クロノが不思議そうにしている。

「私は、クロノがす――!」
「む。ハラオウン執務官とテスタロッサではないか」

 気難しい声がタイミングを見計らったように聞こえた。
 フェイトは派手にバランスを崩して、クロノの胸に飛び込む。
 ザフィーラだった。いつか見たジャケット姿で手には大きな紙袋を提げている。もう少し歳が行っていれば、家族サービスの後の父親に見えるだろう。

「ザフィーラ。君達も今帰りか?」
「ああ。ヴィータが遊びたがってな。振り回された」
「それは?」
「ああ。ロウラン提督への土産だ」
「……な、なんでザフィーラが居るの……?」

 親しげに話すクロノとザフィーラに、フェイトは辛うじて訊いた。

「それは……言えん」

 困ったような顔で、ザフィーラが答えた。アルフと一緒に遊園地に遊びに行って来たのだろうか。いや、アルフは今日はアースラで当直任務である。
 一人で遊園地へ? そんな馬鹿な。ザフィーラがそんな酔狂な事をするはずがない。
 そこへ、車内迷惑を顧みない大声が飛んで来た。

「あ〜! ザフィーラこんなとこに居るやがったッ!」

 どたどたと足音をたてて、ヴィータが走って来た。乗客の視線を集めた赤毛の少女は、不機嫌そうにザフィーラを捕まえる。

「ったくよぉ。いきなり居なくなってからビックリしたぜ」
「ヴィータ、公共の場だぞ。慎め」
「勝手に居なくなるてめぇが悪い! あれ?」

 クロノとフェイトの存在に気付くヴィータ。

「何だ。お前も帰りかクロノ。あれ、テスタロッサも居る」
「おいヴィータ」

 別の車輌からぞろぞろとシグナムとシャマルが入って来る。

「場所を弁えろ。ここは家ではないんだぞ」
「あら、クロノ君。テスタロッサちゃんも」

 フェイトは取り合えず会釈する。
 クロノは違和感バリバリの家族組みに苦笑した。
 そんな家族の家長であるはやてが、とことこと危なっかしく走って来る。

「みんな、ザフィーラは居たんかぁ〜?」
「はやて?」

 思わず疑問符がついてしまった。ヴォルケンリッターが居るのだから、マスターである彼女が居てもおかしくはない。いや、むしろ自然だ。
 そう、自然である。だが、彼女達がここに居る事には疑問が尽きない。
 まさか――。

「あ、あれ、フェイトちゃん? ……クロノ君も……?」
「偶然だな、はやて。同じ電車で帰るとは」

 はやては曖昧な相槌を打ちながら、ぎこちない笑みを浮かべた。

「はやて。あの、もしかして」
「う、うん。フェイトちゃんと同じ理由で行って来たんや。色々あって見つかってしもうたけど」

 見合いの話は彼女が居る前でもされていた。はやてもクロノに好意を寄せているのだから、気になって様子を見に行くのも別におかしな行動ではない。

「フェイトちゃんも見つかったんか?」
「え、えっと……ちょっと違うかも……」
「?」
「クロノ執務官。宜しければお隣に主はやてを座らせていただきたいのですが、宜しいでしょうか?」
「ああ、もちろん」

 はやては車椅子ではなく、魔力で脚を動かして立っている。短時間ならまだしも、長時間は辛いだろう。
 だが、はやてはやんわりと拒否した。

「ええって。リハビリも兼ねとるし、このまま立っとる」
「駄目です。まだ足元がふらつかれています」
「これはその……」
「おぶられて帰宅なさりたいのでしたら、別に構いませんが」
「……クロノ君、横、ええかな?」

 結局はやてが折れた。
 クロノの横に腰掛けるはやて。シグナムは壁に背中を預け、シャマルと夕食の相談を始めた。その横ではヴィータとザフィーラが遊園地の雑談をしている。
 とても告白が続けられる空気ではなくなってしまった。フェイトは人知れず溜め息をつく。クロノと繋いでいた手も恥ずかしいので解いてしまった。
 珍しくはやては無言だった。居心地を悪そうにして俯いている。クロノを挟んでいる為、表情までは巧く見えなかった。
 気になったので訊こうとしたら、先にクロノが口を開けた。

「断って来た」
「え?」

 顔を上げるはやて。

「見合いを断って来た」
「ど、どうして?」
「僕とは合わなかった。それだけだよ」
「それだけって……」
「……君には迷惑をかけた」

 そう言って、クロノは頭を下げた。

「な、何言うとんのや。私が勝手について行っただけや。それに……あの子の事やし、クロノ君が謝るのはおかしいで……」
「そうかもしれないが、でも、済まない」

 二人の会話がさっぱり分からなかった。フェイトは小首を傾げ、彼らの話に耳を澄ませる。

「……なら、おあいこで、どうや?」

 どこか探るように、はやて。

「君がそれでいいのなら、僕は構わないよ」
「なら、おあいこで」
「ああ」

 はやての顔に、ようやく彼女らしい笑顔が溢れた。クロノもつられて笑う。
 気付けば、シグナム達の表情にも笑みがあった。
 やはり状況が分からないフェイトは、どうにもクロノには訊き辛かったので、シグナムに訊いた。

「何があったんですか?」
「色々だ。まぁ、結果としては良い方向に終わってくれて良かった」
「いえ、ですからその、結果に至るまでの過程を教えていただきたいんですが……」
「気が向けば主はやてがお話して下さるだろう。私の口から言えん。済まんな、テスタロッサ」

 蚊帳の外のような気分になったが、穏やかな笑みでそう答えるシグナムを前にしては言及出来なかった。
 ついでに、横からクロノの恥ずかしそうな声が聞こえて来たのでそれどころではなかった。

「はやて、もう少し離れてくれないか」
「……やっぱり私の事嫌いなんか?」
「ち、違う。そうじゃない。少し近付き過ぎだから……」
「そんな事あらへんよ〜。電車の中やし、お隣さんは仲良くしなきゃいかへんのや」

 幸せそうな顔で、はやてはクロノの腕に抱きついていた。お気に入りのぬいぐるみと戯れるように、彼の腕を掴んで離さない。

「はやてッ」
「なんや、フェイトちゃん?」

 悪びた様子もないはやて。むしろどこか勝ち誇った顔をしている。
 一難去ってまた一難だ。リーンというゲストエネミーは居なくなったが、日頃からの恋敵が今眼前に居る。
 フェイトはクロノのもう片方の腕を取ると、恥ずかしかったが、はやてと同じように抱きついた。そのまま彼の首元に額を埋める。

「あ〜!」
「……なに、はやて?」
「べ、別に……」
「だめ、くろの?」

 訊くと、彼が少しだけ恥ずかしそうに頬を赤めた。最近ではフェイトに見せてくれない照れの顔。
 嬉しかった。

「……好きにしてくれ」
「……うん」

 それから一時間。その車輌は何かと騒がしかった。



 ☆



 翌日。学校を終えたフェイトとなのはは本局に出向いた。任務や訓練は無いものの、正式所属も近いので、処理してしまわなければならない書類が多いのだ。

「そういえば、昨日はユーノのお仕事、手伝ってたの?」
「うん。思ってたより早く終わって、二人でピクニックに行って来たんだぁ〜」
「ピクニックか。いいなぁ」
「フェイトちゃんも今度一緒に行こう」
「うん」

 それから二人は落ち合う約束をして、それぞれの課へ脚を向けた。
 局員達の喧騒に溢れる通路を進んでいると、眼の前から見知った人影が歩いて来た。

「あら、フェイト」

 リンディだった。

「昨日はごめんなさいね。その、色々と……」
「いえ……。大丈夫です。私もクロノのお見合いを邪魔しちゃって……。母さんに迷惑をかけちゃって」
「いいのよ別に。私もあまり乗り気じゃなかったから。正直クロノが断ってくれて良かったと思ってるの」

 フェイトとクロノがマンションに帰宅して一時間後、リンディが遅れて帰って来た。クロノと何やら話をしていた様子だったが、フェイトは気まずくて顔も見せ られなかった。
 フェイトが乱入しなければ、もしかしたら見合いは巧く行っていたのかもしれない。結果としてクロノが断ったという形になっているが、母親たるリンディの面目を 丸潰しにしたのは間違いない。何せ時空管理局最高責任者からの縁談を無下にしてしまったのだ。
 どう言葉を続けていいか分からず、フェイトは口を閉ざす。そんな彼女の頭を、リンディが優しく撫でた。

「安心してるんでしょう?」
「え……」
「ああいう子じゃなかったら、結構危なかったかもしれないわね」
「う、あ……は、はい」

 母にはバレてしまっていたらしい。クロノへの気持ちが。

「早く告白しちゃいなさい」
「え……」
「クライドさんに似て、クロノもあちこちから好意持たれちゃってるから」

 フェイトは少し迷ったが、思い切って言ってみた。

「……父さん、も……?」

 リンディは驚いたものの、やがて柔らかな笑みを浮かべた。

「ええ。あの人もすっごく鈍感で、今のクロノとそっくりだったわ。私の事なんて見向きもしないで、仕事ばっかりで」
「母さんはどうやって告白したんですか……?」
「してないわ」
「そ、それじゃどうやって……?」

 リンディは悪戯っぽく笑う。

「クライドさんからしてくれたの」
「………」
「両想いだった訳ね。私も気付かなかったから、人の事をあまり言えないわ」
「もしかして、クロノが鈍感なのって」
「ごめんなさい。クライドさんの血もあるけれど、私のせいかも」

 男の子は母親に似るという。
 リンディは気を取り直して言った。

「フェイトが相手なら、私も安心してあの子を任せられるわ。応援してるから、頑張りなさい」
「……はい」

 撫でてくれるリンディの手は、喩えようの無い温かみを持っていた。





 fin





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 □ あとがき □
 ザ・書き直し。読んでいただきましてありがとうございました。
 リーンというキャラは結局あまり変わりませんでした。彼女に対するクロノが変わったというか何と言うか。不遇な扱いになってしまったはやて&ヴォルケンズも 持ち直しorz 罪と罰の影響が結構出てますが、まぁこれはこれでという事で。代わりにユーノの出番が消えたorz
 結構反省ばかりな話になりました。得たモノもあるものの、う〜ん、リーン救済話は……どうしよう。SCに出すか出さないかというか。ディンゴ・レオンさんは 最後でゲスト参戦させるつもりなのですが(あの人居ると戦力比が容易にひっくり返るので、後々楽になりそうな為)、リーンは難しいかなぁ。フェイトのケツでも叩く キャラとして出すのか。
 これに懲りて短編集では続きものは今後絶対にやらない事を誓う吉宗であったorz
 読んでいただきましてありがとうございました〜。





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