魔法少女リリカルなのは SS

罪と罰

♯.3







 切り替えろ。クロノは自身を脅迫する。
 無駄な考えはすべて捨てろ。はやての事も、この際すべて忘れろ。集中し、戦闘に必要な思考だけを構築しろ。さもなければ、この男――ディンゴ・レオン提督を 打倒する事はできない。
 いや、喩え切り替えたとしても、この逞しい体躯を誇る老魔導師を止めるのは至難だ。
 切り替えるだけでは駄目だ。無駄な思考を捨てるだけでも駄目だ。それだけでは足りない。足りるはずもない。
 命を捨てる必要がある。投げ出さなければならない。

「なるほど」

 あまりにも呆気無く出た結論に、クロノは思わず苦笑を浮かべた。

「何が可笑しい……!?」
「はやてはまだ九歳です」

 本当だったら小学四年生になるという、小さな小さな少女。

「その歳で、彼女は夜天の主として、闇の書の罪を『独り』で償おうとしています。これから先の人生の大半を犠牲にして、恨みも悲しみも、すべて受け止める覚悟を しています」

 脚も完治に向かい、家族を手に入れ、孤独という監獄から逃れる事ができた少女。

「その覚悟を見守って、守る為には、確かに命を捨てる覚悟が必要なのかもしれません」

 闇の書。多くの者に、マスターである者にさえ、『こんなはずではない人生』を与えて来た呪われた魔導書。その咎を受け止めるには、命を含めた自己の すべてを投げ出す覚悟が必要だ。そして、受け止めた者を見守り、その背中を支える人間もまた、すべてを投げ出す必要があった。
 クロノは自身の言葉を繰り返す。心に刻み込むように。
 時空管理局執務官として。闇の書に父親を殺された者として。八神はやての友人として。

「覚悟が必要なんだ。彼女を見守り、支え、守る為には。シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラのように、そうする事が必要なんだ――!」

 二本のストレージデバイスに魔力を供給する。加減はしない。して止められる相手ではない。ディンゴの感情もまた、クロノは理解できる。その憎悪の猛りは 止まりはしない。
 感情的に見えて、恐ろしいまでに冷徹な感情。それが憎悪である。
 氷結の杖が、機械仕掛けの魔導師の杖が、静かな唸りを上げて駆動する。供給された主の魔力をその魔力回路に注ぎ込み、術式の構築と展開を補助する。
 最初から出し惜しみ無しだ。すべてを出し切る。魔力も術式も技術も経験も戦術も。そう、命さえも。
 二つの魔法陣が同時に展開された。従来通り、足元に一つ。そして頭上に一つ。
 突然の現象に、ディンゴは顔の皺をより深め、眉を眉間に寄せた。
 魔法陣は、構築された術式が魔導師の魔力によって現実空間に展開され、顕現されるものであり、魔法行使に必要な魔力が圧縮、凝縮されている。環状魔法陣や 帯状魔法陣は主として構築された術式を強化、増幅、補助するものであり、その展開はデバイスがほぼすべて担っていると言って過言ではない。
 だが、通常足元に展開される大型魔法陣は、魔導師一人が展開するものだ。デバイスの補助も存在するが、根本は自力である。
 それを二つ展開している。
 最大放出された魔力が荒れ狂った風となり、ディンゴの皺だらけの顔を乱暴に撫でて行く。

「出力制御も魔力の操作も苦手だったお前が、まさか術式を同時に二つ構築するとは。注意しろ、無理をすればリンカーコアが破損した上、脳の回線が焼き切れるぞ」

 険しい中にも、子供を心配するような声でディンゴが警告をする。
 クロノは不敵に笑った。額に汗を作りながら。

「無理は!」

 展開された二つの術式を乱暴に制御する。
 ディンゴの砲戦デバイスを抑えているS2Uの先端に、熱量を伴った光が凝縮して行く。
 ディンゴの左腕に抑えられているデュランダルの先端に、冷気を伴った光が圧縮されて行く。

「零距離で砲撃魔法……!?」

 今度こそ、ディンゴの顔は驚愕に歪んだ。彼は離脱しようとしたものの、その選択はあまりにも遅い。
 ストレージデバイスが抑揚の無い電子音声で撃発音声を紡ぎ、魔力を解放する。

「承知していますッ!」
『Blaze Cannon.』
『Icicle Cannon.』

 白銀と蒼穹の光が視界を支配した。咆哮が轟然と響き、正反対の属性を持つ二つの光は、生み出されると同時にディンゴに牙を向く。空間が軋み、衝撃と爆発が ビルの屋上を吹き飛ばす。溢れた光があらゆる方向に放出された。
 砂糖細工のように崩壊するビル。立ち込める黒煙。その衝撃は凄まじく、周辺のビル群が連鎖反応で崩れて行く。
 黒煙を貫き、ディンゴが飛翔した。身の丈を超える砲戦デバイスを手にした老兵の姿は、爆発的な火力を備えた重爆撃機を彷彿とさせた。
 土煙に渦を作り、クロノが着地する。二つのデバイスを手にした少年の姿は、境地に至った勇壮な剣士を連想させる。

「何と無茶を……!」

 煤に汚れたバリアジャケットを風に靡かせ、ディンゴ。

「この程度、知り合いに比べれば無茶でも何でもありませんッ!」

 次弾となる魔法の詠唱を行いながら、クロノが駆け出す。

「あれだけ質実剛健を謳っていたお前の言葉とは思えんなッ!」

 空に静止したディンゴが、抜けるような空に砲戦デバイスを翳した。
 銃口を廃された対戦車砲のようなそれは、『デバイス』と呼ぶには少々無理がある。それだけの無骨さと複雑さをその内に秘めている。
 呪符を思わせる幾何学模様が掘り込まれた外見。グリップを思わせる野太い操桿。闇色に統一されたそれらは、見る者を否応無しに威圧する。
 展開される緋色の魔法陣。恐ろしいまでの魔力が砲戦デバイス――『エイダ』の先端に凝縮して行く。集中した魔力は八個の光球を形成した。

『Phalanx Cannon.』

 発射。生み出された八個の光球は銃口となり、光の尾を曳く弾頭を吐き出す。広範囲型高出力砲撃魔法。
 緋色の光が雨の如くビル群に降り注ぎ、建材やコンクリートを破壊しながらクロノを追い立てる。着弾の衝撃に建造物達はあまりにも脆弱な存在であり、倒壊した 大小の破片は砲撃魔法と混ざり合い、死の嵐となった。
 道路を吹き抜けて行く土煙に背を押されながら、クロノは思案した。
 ディンゴ・レオンは砲撃魔導師だ。それも、なのは同様の『単独戦闘が可能な砲撃魔導師』という本来存在しないカテゴリーに属する。魔力の集束と放出に秀でて おり、恐らくはなのはの行き着く先に立っている人物だ。彼と真正面から純粋な魔力の衝突を行い、拮抗可能な人間は恐ろしい程に限られている。また、彼専用の砲戦デバイス 『エイダ』の存在は大きい。もはや骨董品の域に到達しているこのストレージデバイスは、レイジングハート以上に砲撃魔法の使用に特化している。砲撃以外の登録 魔法は極々限られたものしかなく、一般的な補助魔法や防御魔法の類は、マスターであるディンゴが独力で構築しなければならなかった。
 聞き方次第では、ディンゴ・レオンはただの『固定砲台魔導師』だった。実際、彼の戦果を知らぬ人間はそう思っている。
 しかし違う。クロノはそれを知っているからこそ、体力と魔力を総動員して走っている。

「さぁ、どうする!?」

 自問する。緋色の弾頭はすぐそこまで迫っていた。名案も妙案も浮かばない。命を懸けたと言っても、戦術を組まずに戦えば、それはただの玉砕行為だ。 ディンゴ・レオンの基本戦術にして唯一の戦術を前に、どう戦えばいいのか。
 とにかく射撃戦闘は圧倒的に不利だ。SSランクに該当する彼の土俵で戦って勝てる訳がない。ならば。

「接近戦闘!」

 それしかない。戦術を駆使して追い詰め、デバイスを破壊するのが最も現実的な彼の止め方だ。
 決定したのであれば、後は実行だ。クロノは舞い落ちる建材の残骸を蹴り立てて停止すると、二本のデバイスを行使する。
 防御魔法を構築、展開。踵を返し、今来た道――ディンゴの広範囲砲撃魔法が着弾している街道に突貫する。
 全身を殴りつけるような衝撃が来た。展開されている防御魔法が悲鳴を上げる。クロノは歯を食いしばり、魔力を惜しまずにS2Uとデュランダルへ供給する。さらに 飛行魔法発動。砲撃魔法の嵐の中を強行突破する。
 砲撃が一瞬して厚みを増した。重い衝撃が、鋭い痛みに変わった。
 それでもクロノは止まらない。自身が展開した魔法陣を踏み締め、崩れる事の無い砲撃体勢を取っているディンゴへ肉迫する。
 近くで見たディンゴの顔は、可笑しくなる程驚きに満ち満ちていた。

「馬鹿か、お前は――!?」

 答えていられる余裕は無かった。クロノはステップを踏むように飛翔する軌道を変更して、砲撃の射軸から逃れる。虚空を蹴り上げ、さらに跳ぶ。防御魔法 を解除して、ディンゴの頭上に降下する。
 余程クロノの行為が信じられなかったのか、彼はまったく動けなかった。砲戦デバイス、エイダは目標を見失いながらも緋色の弾頭を発射し続けている。
 初老の提督の分厚い肩にクロノの踵が食い込む。蹴りの反動を生かして、クロノは虚空で一回転。逆の脚でディンゴの顔面を強打した。
 魔力も何も付随していない、純粋な打撃。しかし、幼少の頃から鍛えられて来たクロノの体術は、付随物など無くとも充分な攻撃能力を備えている。
 宙で踏鞴を踏む初老の提督。その期を逃さず、クロノは斬舞を舞う。何も無い空に着地して、低く踏み込み、二本のデバイスを鋭く一閃させた。
 火花が散り、エイダが弾かれる。ディンゴがさらによろめく。
 デュランダルを袈裟がけに繰り出す。鈍い音がして、先端がディンゴの脇にめり込んだ。S2Uを掌で回転させ、下から切り上げる。顎に打撃を受け、相手が 弓なりに身体を反らす。無防備になったその懐に、そのままS2Uの先端を押し付けた。容赦もしなければ躊躇もしない。
 零距離でスティンガーレイを発動。供給した魔力が尽きるまで連射。一撃が入る度にディンゴの身体が壊れた人形のように踊った。
 十三回目の発動で魔力回路に流し込んだ魔力が底をついた。
 忌々しげに舌打ちをしたクロノは、S2Uを逆手に持ち替え、上半身を捻り、ディンゴの顔面を一撃する。今度は魔力を付随した打撃だった。きりもみしながら初老の 身体が弾き飛ばされる。遠ざかる相手に、今度はデュランダルを突きつけた。高性能ストレージデバイスは複雑な術式を瞬時に構築し、選択された魔法の呼称名を 撃発音声にして告げる。

『Icicle Lancer.』

 解放された魔力は絶対零度の刃を数十本と形成し、ディンゴを急襲する。されるがままにクロノの連撃を受けていた彼が動いたのは、まさにその時だった。
 手を翳し、刹那で防御魔法を展開。生み出された魔法防壁は行使者の魔力を顕示するようにあまりにも分厚く、そして強固だった。
 突き刺さり、黒煙を吐き出して消えて行く絶対零度の刃。全弾直撃。しかし、ディンゴの防壁は微動だにしなかった。
 呆れる程の堅牢な盾だった。そしてその盾が消え、黒煙が晴れた瞬間、クロノは戦慄する。
 口元に一滴の鮮血を流し、砲撃体勢を整えているディンゴの姿がそこにはあった。砲撃の魔法陣は足元ではなく、彼の背に構築され、エイダは無数の環状魔法陣を その無骨な機体に帯びていた。

『Halberd Launcher.』

 視界を焼く閃光が生まれた。エイダから撃ち出された光の本流がクロノに迫る。
 咄嗟にS2Uとデュランダルを交差させて前方に突き出し、防御魔法を展開。
 直撃。

「ぐぅぁぁぁ……ッ!!」

 身を焼くような熱量と衝撃だった。初老が放った砲撃魔法は、防壁の上からクロノのバリアジャケットを容赦無く破壊する。手甲が弾け、遥か眼下に吹き飛ばされて 行く。袖が焼け焦げ、肌を露出させた。
 受け止めているだけでは駄目だ。相殺しなければ――!
 そう思った時、生命を脅かしていた光が唐突に消えた。
 重みから解放される両手と二機のデバイス。魔力の残滓がわずかに空を漂う。

「な……」

 まったく予期せぬ事態に、クロノはディンゴを探す。しかし、魔法陣を従えて砲撃体勢を取っていた彼の姿はどこにもない。空には破壊の騒音も無ければ、人の気配も 残されてはいなかった。
 発生した戸惑いと驚きが思考を鈍らせる。そんな緩慢になった頭で思案しかけた時、クロノはザラついた感覚を覚えた。同時にディンゴの不在の原因を看破する。

「しまっ――!」

 自身を呪う言葉は、鉄のような冷たい電子音声によって塗り潰された。

『Zero Shift.』

 すべてが遅かった。
 眼前が歪む。空間が言葉の通り、『変形』した。重力が捻じ曲がったような光景。空が渦を作るように捩れる。刃物で硝子を削ったような音がした。
 ディンゴの巨躯が眼前にそびえ立った。
 反射神経が強引に身を捩り、S2Uとデュランダルを交差させる。
 ディンゴが腰に重心を据え、鈍器のように砲戦デバイスを振り上げる。

「が……!」

 甲高い金属音が耳朶を打ち、猛烈な衝撃がクロノの身体を貫く。小柄な身体が木の葉のように吹き飛ばされる。魔力を振り絞り、反動を殺して急停止をした。
 再び、あの電子音声がした。

『Zero Shift.』

 発生する空間の歪み。放射状の線が空に描かれ、通常では有り得ない速度でディンゴが迫る。
 防御魔法すら間に合わない。
 ディンゴの大きな手が伸びた。皺だらけの手とは思えない握力でクロノの頭部を握る。
 悲鳴も呻きも許されなかった。意識と視界が白熱する。

『Gauntlet.』

 クロノの頭を握るディンゴの腕が、緋色の魔法光に包まれた。爆発的な腕力を得た初老の腕は、紙でも掴んだかのように軽々とクロノの身体を持ち上げる。
 反撃はできなかった。防御すらも手遅れだった。
 片脚を軸にディンゴが回転する。眼の前の光景が凄まじい勢いで回り、猛烈な遠心力がクロノの意識を脅かした。首はミシミシという歪な音を上げた。

「ぬぅぅぅぅぅぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああ!!!』

 三回目の回転の後、ディンゴが身を投げ出すようにクロノを放り出す。砲丸投げの砲丸となったクロノは、時速二百キロというスピードで打ち出され、地上へ突っ 込んだ。コンクリートの壁を数十枚と貫通。ビルを四回ぶち抜き、破壊し、倒壊させ、五回目のビルに背中からめり込み、ようやく止まった。

「―――」

 息が詰まった。肺が動かない。頭が、首が、背中が、腰が、腕が、脚が、すべてが痛み、生暖かい感触が首元を襲った。皮肉にも、それらが意識を保つのに一役を買った。
 クロノを抱き止めたビルは幸運にも壊れてはいなかった。衝突した彼を中心に深い皹を巡らせているものの、何とかその姿を維持している。
 明瞭としない頭で、クロノはディンゴの戦術を思い出した。
 爆発的な火力で目標を圧倒し、暴力的な腕力で目標を威圧し、転移魔法のような錯覚を覚える高速移動魔法で目標を絶望させる。
 彼が使える魔法は決して多くはない。
 広域砲撃魔法『ファランクスキャノン』。
 直射型砲撃魔法『ハルバードランチャー』。
 強化補助魔法『ガントレット』。
 そして、空間を圧縮して、それを元に戻す事で発生する爆発的な衝撃を加速力へ変換し、目標への一瞬の肉迫を可能とする高速移動魔法『ゼロシフト』。
 高町なのはの基本戦闘スタイルをより獰悪に、攻撃的にした戦術。それがディンゴ・レオンという初老の提督の戦闘スタイルだった。
 そして、彼には集束砲という最大級の破壊力を秘めた砲撃魔法がある。

『All energie circuit directly connected.』

 クロノは眼を凝らし、掠れた視界でディンゴを見る。彼はこれ以上に無い巨大な魔法陣を生み出し、儀式を行うようにして両手を掲げていた。魔力が周辺の残滓 魔力を一つの場所、エイダに集束して行く。改修の上に改修を施された古めかしい砲戦デバイスは、魔力によって作り出された追加部品を次々と装備 し、その巨躯を一回りも二回りも肥大化させていた。

『Landing gear Eisen Lock.――chamber normal pressurizing.――rifling rotation――』

 発射シークエンスが進む度、エイダだけでなく、ディンゴの身体にも装備品が追加されて行く。巨大なランディングギアが足元に形成され、発射の衝撃から放り出されない ように数多の金具が彼の身体を固定する。
 着実に集束砲の準備を整えるディンゴを前に、クロノは断末魔の悲鳴を上げる身体を酷使する。簡単に身体を自己点検すると、骨にも内臓にも異常が無い事が分かった。 咄嗟に魔力で保護していた事が功を奏したようだが、それでも全身打撲に変わりは無い。
 指一本動かすだけでも激痛を伴った。そして、片腕が徒手である事に気付く。
 左手にあったS2Uが無かった。投げ飛ばされた衝撃で紛失してしまったようだった。
 手元にあるのはデュランダルのみ。

「く、そ……!」

 悪態をつきながら、何とかコンクリートから身体を引っ張り出した。

「損傷は無いか、デュランダル」
『Yes boss.』

 最低限の自己判断能力を装備した氷結の杖が答える。
 エイダが死刑宣告を告げた。

『Vector Cannon preparation completion.Possible to shot.』

 集束した魔力を放出する為だけの形態、つまり、ただの純粋な砲。エイダはライフリングを務める環状魔法陣にその身を委ねている。

「ベクターキャノン」

 何の感慨も込めず、クロノは目撃したままを呟く。彼が見守る中、環状魔法陣が怒涛の勢いで回転を始めた。衝撃波が発生し、切り裂かれた風がディンゴの背中に 吹き荒れて行く。
 集束砲撃魔法『ベクターキャノン』。ディンゴ・レオンが使用する砲撃魔法の中で最たる火力を誇るものだ。魔力量に於いても魔力残滓集束技術に於いても、 SS認定を受けている彼の手によって放たれるその砲は、喩え非殺傷設定であろうと、直撃すれば無事では済まない。最悪、衰弱死する可能性もある。
 思念通話が送られて来た。

『ハラオウン執務官。これが本当の最後通告だ。八神はやてを引き渡せ』

 ディンゴは、恐らくこの警告が無駄だと分かっている。半ば諦めているような声だった。何を諦めているのか、改めて問いただす必要は無い。
 クロノ・ハラオウンの命だ。

『私は……お前を殺したくはない』

 クロノは思う。僕だって、あなたに殺されたくはない。だから、こう言った。

『僕は死にません』

 本当はこうして戦う事すらしたくはない。でも、こう続けた。

『はやても渡しません』

 デュランダルで空を斬る。横一文字に振るわれた氷結の杖は、主の命に従い、主の魔力を湯水のように汲み取る。プログラムされている最大の魔法を選択し、その 術式を構築、展開。
 クロノの足元に巨大な魔法陣が発生した。

『……ハラオウン執務官。私は執務官としてのお前を尊敬しよう。だが、人としてのお前は憎悪しよう……!』

 クロノは多くを語るつもりはなかった。だが、これだけは言っておきたかった。

『レオン提督。僕が時空管理局に入局した理由を覚えていますか?』

 一瞬の空白。

『もしお忘れでしたら、もう一度言います』

 深呼吸をする。

『僕はもう、誰も悲しませたくはない』
『―――』
『こんなはずじゃない人生を歩む人を、僕は無くしたい』
『そんな事は』
『不可能です。知っています。それでも僕は……!』

 足元の魔法陣が回転速度を上昇させる。身体中の魔力をデュランダルの魔力回路に叩き込む。最新型のストレージデバイスは異常な過負荷に紫電を吐き出し、それでも 稼動した。恐ろしくタフな作りだった。

『僕は無くしたいんです! 時空管理局の局員として、執務官として、人としてッ!』

 返事は無かった。しばらくの間、思念通話の回線は沈黙したまま接続される。そしてそれは不意に途切れた。まるで躊躇うかのような、そんな沈黙だった。
 エイダの『砲口』に太陽が生まれる。
 そう、太陽だ。直視できない強い強い光だ。卒倒しかねない魔力の塊だ。すべてを飲み込む理不尽な砲だ。
 だがしかし、それを前にしても、クロノは恐怖を覚えない。静かに恩師から託された氷結の杖を見詰めるだけだった。

「デュランダル」

 本来は闇の書――八神はやてを封印する為に設計されたデバイス。言わば彼女にとっては死神の鎌。それが今、彼女を救う最後の剣となっている。
 皮肉なものだった。
 クロノは苦笑し、肺の空気を吐き出すと同時に宣言する。

「行くぞ――!」
『OK』

 火の粉を巻き上げ、魔力回路を焼き付かせ、排気ダクトから悲鳴を轟かせながら、デュランダルは雄々しく答えた。

『Boss――!』

 呼応する一人と一機の鼓動。ストレージデバイスであるにも関わらず、デュランダルは確かに生きていた。八神はやてを守ろうとするクロノの気持ちに一身に応えていた。
 クロノは白銀の相棒にこれまでに無い頼もしさを感じ、最大の魔法を厳かに詠唱する。本来は目標を完璧に氷結させる魔法だが、術式を半分以上組み換える事で砲撃魔法へ 変換した。

「悠久なる凍土」

 彼方に見えるディンゴが、集束砲の引鉄を引く。

「凍てつく棺の内にて」

 オンボロの身体に鞭を入れ、クロノがデュランダルを翳す。

「永遠の眠りを与えよッ!」

 放たれる撃発音声。

『Eternal Coffin.』

 重なり合うもう一つの電子音声。

『Vector Cannon.』

 都市そのものが揺れたような気がした。
 二人が解放した砲撃は、砲というレベルではなかった。壁でもない。まさに光そのものだ。どこまでも理不尽な火力を秘めた死の光だ。
 二つの極限魔法が正面衝突する。互いを喰らい、せめぎ合い、摩擦を起こし、拮抗する。発生した熱と衝撃が周辺のすべての物を根こそぎ抉った。雑居ビルが文字通 り吹き飛ばされ、ビルが中程から折れたと思えば瓦礫と化し、電柱が、信号機が、電光掲示板が、ただの塵となって街道を転がり、空に舞って行く。
 クロノの全魔力とデュランダルのすべての機能を投入したエターナルコフィンは、ディンゴのベクターキャノンとほぼ互角だった。術式を変更され、直射型砲撃魔法 にされた大出力氷結魔法は、蒼穹の光にその姿を変えている。
 背中と首が焼けるように痛かった。何より、今にも破裂してしまいそうなデュランダルを支える腕が千切れそうだった。感覚がすでに無い。
 気が遠くなる。自分の腕が今何をしているのかさえ分からなくなる。

「ぐッ……!」
『Boss!』

 血が出る程歯を噛み締め、踏ん張り、叱咤しても、クロノの右腕は震えを止めない。
 想いとは裏腹に、右腕が下がって行く。左手を使おうと思ったが、こちらはすでに動かなかった。
 崩壊の兆しを見せる衝突。ディンゴの魔力に押され、エターナルコフィンが解けた飴のようになり、圧壊寸前になる。
 駄目だ。諦めるな。押し返せ。弾き返せ。
 主の意思を無視し、ついに右腕が項垂れ――。

「いややぁッ!」

 細い手が、傷だらけの彼の腕を支えた。

「クロノ君ッ!」

 黒い瞳を真赤にして、彼女はそこにいた。

「――はやて」



 ☆



 はやては思う。
 闇の書の蒐集機能は魔力を奪った後、魔力の謝礼に憎悪を贈るのだろう。
 人々に埋めつけられた憎悪は着実に自身を育み、闇の書は項を揃えて行く。
 強奪し、人に憎悪を与えた事が『罪』になるのなら、蒐集の先にあった暴走は『罰』なのだ。
 罪を犯したのなら、罰から逃れる事はできない。
 その罰とは『死』。生きて償う事は許されず、死でしか償う事が出来ない罪。
 だってそうだ。必死になって助けてくれていた恩人の家族を殺していたんだ。
 悲しみと憎悪を背負って生きて行くって、リインフォースの罪は、闇の書の罪は私が償うって決めたのに。覚悟したのに。
 それすらも許されないというのだろうか。それ程までに、闇の書の犯した罪、業は深かったのだろうか。

「誰か、教えて」

 誰も答えてはくれない。足元の犬は心細い鳴き声を上げるばかりだ。少女の身体を支えているストレージデバイス『シュベルトクロイツ』はただの杖だった。
 一人では、独りでは、とても支えきれない。償えそうにもない。
 思考は吟味を許さず、やはり最後の選択を迫った。

「――死――」

 闇の書に子供を殺された、あの初老の提督に討たれるべきなのか。それとも、クロノとリンディに討たれるべきなのか。それは分からない。ただ、『死』 という甘美な響きすら含んだ言葉が頭の中を踊る。他の可能性はすべからく脱落して行く。
 だって支えられないのだ。償えそうにもないのだ。この罪を。業を。一人では。独りでは――。

「はやては九歳です」

 凛とした少年の声が耳元で聞こえた。
 顔を上げる。ビルの屋上で、初老の提督と衝突している黒灰色の少年が言った。

「その歳で、彼女は夜天の主として、闇の書の罪を『独り』で償おうとしています。これから先の人生の大半を犠牲にして、恨みも悲しみも、すべて受け止める覚悟 をしています」

 どうしてそんな静かな声で、優しい声で言うのだろう。もうその決意は揺らぎ、瓦解し、原型は無いのに。
 なのに、どうして。

「その覚悟を見守って、守る為には、確かに命を捨てる覚悟が必要なのかもしれません」

 彼の言葉が飲み込めなかった。意味が分からなかった。
 命を捨てて、私を、守る?
 茫然とするはやてに、少年――クロノは自分に言い聞かせるように続けた。

「覚悟は必要なんだ。彼女を見守り、支え、守る為には。シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラのように、そうする事が必要なんだ――!」

 頬を涙が落ちて行った。
 何に起因したか分からない、一滴の涙。
 はやてが見上げる中、クロノと初老の提督――ディンゴが再び衝突する。数多の魔法を行使し、空を舞い、魔力と体力を奪い合う。クロノは近接戦闘に持ち込み、 ディンゴは砲撃戦闘を展開する。
 絡み合う魔法と魔力。倍近く違う少年と初老の身体がぶつか合う。過熱する攻防。クロノが騒然とした近接戦闘を叩き込むが、ディンゴの一 つの補助魔法によって、彼の攻撃態勢は崩壊した。
 空間を歪ませる程の高速移動魔法。戦場から離れて客観的に見たその魔法は、まさに瞬間移動だった。刹那の間にクロノに肉迫したディンゴは、身の丈程もある砲戦デバイスを 振り回し、クロノを殴り飛ばす。彼は何とか踏み止まるが、さらに初老は瞬間移動で追撃を掛けた。
 腕力強化の魔法を施し、クロノの頭部を鷲掴みにする。そのままボールに見立てて振り回し、ビル群へ放り込んだ。
 風を切る鋭い音がする。いくつもの建造物を貫通し、瓦解させ、クロノは一際大きなビルに突き刺さった。
 建材の埃が黒煙のように少年の姿を覆い隠してしまう。

「クロノ君!?」

 踏み出そうとするはやて。その足元に、綺麗な放物線を描きながら何かが突き刺さった。
 S2Uだった。

「クロノ君ッ!!」

 彼の強さは知っているつもりだ。訓練で何度も相手をしてもらい、その度に基本魔力量に左右されない戦闘スタイルに敗北を喫した。
 そんなクロノが、たったの数撃で没しようとしている。
 手数、攻撃を入れた回数はクロノの方が圧倒的に上だった。だが、ディンゴは僅か数撃で、自身が被った損傷の倍以上のダメージをクロノに叩き込んでいた。
 圧倒的な攻撃力。その巨躯と携えた砲戦デバイスは伊達ではなかった。
 苦渋の表情のクロノへ、ディンゴは砲戦デバイスを向ける。大気中に漂っていた魔力の残滓が線を引き、集束砲を形成して行く。魔力で形成された追加部品が次々に 砲戦デバイスに絡み付き、その姿をより歪に変貌させた。

「あかん……! やめてぇッ!」

 恐怖がはやての身体を突き動かす。シュベルトクロイツを投げ捨て、S2Uを手に地を蹴り飛ばす。背の六枚の翼を広げ、クロノの下へ駆けた。
 もう嫌だ。闇の書に、その『罪と罰』に関わり、傷つき、死ぬ人は見たくない。
 自分の為に命を投げ出してくれた少年を、絶対に死なせたくない。
 はやてが見守る中、クロノがコンクリートから身体を引き剥がす。残された武器がデュランダルだけである事を知り、厳しい表情でディンゴを見遣った。
 クロノとの距離が凄まじい勢いで縮んで行く。

『ハラオウン執務官。これが本当の最後通告だ。八神はやてを引き渡せ』

 ディンゴとクロノ、二人の思念通話が不意に聞こえた。

『私は……お前を殺したくはない』

 僅かな間の後、クロノが答える。

『僕は死にません』

 ディンゴは何も答えない。

『はやても渡しません』

 クロノが力強く動いた。デュランダルで虚空を薙ぎ払う。同時に巨大な魔法陣がその足元から広がった。

『……ハラオウン執務官。私は執務官としてのお前を尊敬しよう。だが、人としてのお前は憎悪しよう……!』

 微かだが、確かな怒気を孕んだ声だった。

『レオン提督。僕が時空管理局に入局した理由を覚えていますか?』

 クロノが静かに問う。

『もしお忘れでしたら、もう一度言います』

 彼が深呼吸する音が聞こえた。

『僕はもう、誰も悲しませたくはない』
『―――』
『こんなはずじゃない人生を歩む人を、僕は無くしたい』
『そんな事は』
『不可能です。知っています。それでも僕は……!』

 クロノの魔法陣が魔力を上昇させて行く。許容量を超えて流れ込んで来る魔力に、デュランダルが火花を巻き上げる。それでも氷結の杖はプログラムされている術式 でマスターの魔法詠唱を補助する。

『僕は無くしたいんです! 時空管理局の局員として、執務官として、人としてッ!』

 その声が、その言葉が、はやての背中を突き上げた。白い尾を曳き、はやては放たれた矢となってクロノを目指す。
 父親を殺され、人生を狂わされ、子供らしい顔を作らず、悲しみを広げない為に戦い続けるという少年。
 そうなった原因を、身体が砕けようとも助けようとする少年。
 クロノ・ハラオウン。
 はやては手を伸ばした。だが、彼にはまだ届かない。距離は縮む一方だが、しかし、まだ届かない。
 間に合え。彼がデュランダルを呼ぶ。
 間に合え。彼が詠唱に入る。
 間に合え。デュランダルが紫電をその身に帯び、トリガーヴォイスを告げる。
 間に合え。同時に解放される初老の集束砲。
 間に合え。衝突する途方も無い魔力。
 五本の指を痛みを感じるまで伸ばし、腕を翳す。その先で、クロノは力尽きようとしていた。たった数発の攻撃を受けただけの彼の身体はズタズタだった。デュランダル を構える右腕が徐々に下がって行く。
 クロノの魔法が圧壊し掛けた。次の瞬間にも、彼が放出している蒼穹の光は、ディンゴの無慈悲な集束砲の飲み込まれ、駆逐されてしまうだろう。
 それはつまり、クロノの死を意味する。非殺傷設定という言葉は、この集束砲の前では霞んで見える。
 クロノが死ぬ。嫌だ。絶対に嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ――!

「いややぁッ!」

 ついに手が届く。S2Uを胸に抱いて、空いた両手で千切れてしまいそうなクロノの右腕を抱き締めた。
 彼が驚いた顔ではやてを見た。道端で偶然知り合いにあったような、そんな顔だった。

「――はやて」

 何も答えず、はやては乱暴に抱いたクロノの腕を持ち上げた。傷だらけの手の甲に指を添え、デュランダルをもう一度前へ掲げる。
 三本の腕に支えられた氷結の杖は、その表面素材を剥離させ、ついには爆発を起こした。如何なる堅牢な作りのデバイスであろうと、喩えレイジングハートやバルデ ィッシュであろうと、その機能を停止させてしまってもおかしくはない損傷が発生する。
 砲撃魔法となったエターナルコフィンは消滅するはずだった。
 だが、しなかった。デュランダルは硝子を擦り合わせるような絶叫を上げながら、構築された術式の制御に没頭する。歪んでいたエターナルコフィンが光を取り戻した。

「レオン提督ッ!」

 思念通話を繋ぎ、はやてはあらん限りの大声で叫んだ。

「私はまだ死ねませんッ!」

 そう、死ねない。死んで罪を償う事は、やっぱり出来そうにない。
 だって。

「私には大切な人が、家族がいますッ! その人達の為にッ、私はッ!」

 はやての小さな掌の下で、クロノの手が動いた。半壊したデュランダルを握り直し、さらに酷使する。
 肩越しに振り変えると、微笑む彼がいた。すぐそこまで回避不能の危機が迫っているというのに、彼は穏やかに笑っていた。
 少しだけ見惚れて、はやても笑った。力強く、にっこりと。
 視線を前に戻す。閃光の奥に居る初老の提督に向け、腹の底から声を張り上げ、宣言する。

「私は、死ぬ訳にはいかんのやぁ!!」

 返事はあった。吼えるような声で。

「ならばぁ! 私の憎悪を塗り潰してみせろォ! 消し去ってみせろォ!!」

 集束砲にさらなる魔力が加わる。ディンゴの身体に残された魔力のすべてが。

「潰しませんッ! 消しもしませんッ! 私はあなたの憎悪と一緒に、闇の書の罪と一緒に、これから生きて行きます! 皆と一緒に、生きて行きます!!」

 新たな誓い。そして覚悟。眩い光に晒されながら、はやては思った。
 恨みは受け止めるだけでは駄目なのだ。背負って、一緒に歩んで行かなければならないのだ。
 暴れ回る閃光は、三人しかいない都市を支配し、根底から破壊して行った。





 continues.





 続きを読む

 TOPに戻る











inserted by FC2 system