魔法少女リリカルなのは SS

罪と罰

♯.4







 リチャード・マリネリス。本局直属の次元航行部隊の一翼を束ねる提督であり、自主退職をしたギル・グレアム同様に艦隊指揮官を務めている多忙極まる局員である。 四十を過ぎ、そろそろ五十代の大台に突入しようとしている歳だが、その性格は陽気そのものだ。締める所は締め、緩める所は緩め、屈託の無い雰囲気と心を持っている中年男性 である。
 部下や同僚から敬意を持たれ、砕けた物腰から現場の清涼剤の役割も担っているリチャード・マリネリスは、しかし、その日は様子がおかしかった。
 部下達が眉を顰め、訝しみ、気を使って色々と話を振って来てくれていたが、リチャードはそれらを突っぱね、早朝の会議に出席している。
 週に一度、本局内の総合会議室で模様されている運用会議である。局内の各部署の最高責任者や古参の提督が一同に集い、現在の時空管理局の状況やこの先の方針等を 決定する重要且つ欠かす事のできない会議だ。
 もちろん、リチャードは会議の重要性を知っている。提督という役職に就いてから今日まで出席を続け、管理局の向かうべき先を示して来た。自分の発言と思考 が次元世界にどのような影響を与えるのか、その責任も含め、理解していないはずもない。
 だが、それでも我慢ができなかった。
 リチャードは今、似合いもしない仏頂面をして、不機嫌そうに腕を組み、豪奢の執務椅子に腰を沈めている。
 今回の会議の議題がなかなか頭の中に入って来ない。管理外世界への干渉に関して、という内容だったような気もするが、今一細部まで覚えていなかった。
 リチャードは用意されていた飲料水で乱暴に喉を潤すと、一息をつく。
 彼の心を奪っているのは、こことは別世界で行われている『執行された刑』の行く末だ。いや、正確にはその成功か失敗かだ。
 執行された刑。それは死刑である。
 被告人は、闇の書の現マスター、八神はやて。
 原告人は、過去、闇の書事件で家族を失った遺族。
 裁判官はいない。そんな物は必要無い。闇の書が犯した罪は裁判に掛けるような代物ではないのだ。
 だが、それでも話し合う必要はあった。局内でも、八神はやてや彼女の守護騎士達に対する見方が変わって来ているのは事実だ。闇の書が過去に犯した罪を清算しよう と、ひたむきに贖罪に務めている彼女達の姿に心を打たれ、容認派に衣替えした強硬派は少なくない。
 だから、リチャード達強硬派は何度か会議を設けた。このまま八神はやてを、守護騎士を、闇の書の罪を許してしまってもいいのかを。
 結果は、議論をするまでも無かった。
 断罪である。娘を、息子を、妻を、家族を、部下を、上司を、親しい者を理不尽に奪って行った闇の書を許す事はできない。できるはずがない。
 闇の書の力を引き継ぐ形となった八神はやてを殺害する。倫理論さえ捨て去れば簡単だと思われたが、彼女の周囲は、闇の書事件に終止符を打ったリンディ・ハラオウンら 巡航L級八番艦アースラの面々が固めており、迂闊に手を出す事ができない状況にあった。さらに、当然だが管理局に知られる訳にも行かない。何せ局員を私的怨恨を 理由に殺害するのだ。表沙汰になれば大事になる。何としても内密に処理する必要があった。
 決定した『八神はやて殺害』は、計画の発案者にして、十一年前の闇の書事件の時に息子を失ったディンゴ・レオンの入念な下準備を待ち、彼の手によって、 今日実行に移される事になった。
 虚偽の単独任務を彼女に与え、その末に殺害する。障害となる可能性のある不穏分子――守護騎士や アースラ関係にも適当な任務を回し、動きを封じる。提督としての権利を行使すれば、その程度は造作も無い事だった。幸いにも管理外世界で大規模な次元干渉型 のロストロギアが稼動し、無人となっている場所がある。罠を仕掛けるとすれば、これ以上最適な場所は無かった。
 リチャードはディンゴの案に反対こそしなかったものの、内心では不満を抱いている。本当は八神はやてをこの手で殺したかったのだ。
 十一年前、暴走を起こす寸前の闇の書と対峙した時、リチャードは自艦と多くの部下を失った。部下の中には娘もいた。オペレータの資格を取り、乗艦したばかりの愛しい娘を。
 リチャード以外の強硬派も思いは同じだ。だが、断罪者としてはディンゴが最適だった。リチャード同様に、彼は多くの部下を失った。敬愛していた上司も、 戦技教導隊だった息子も。自分も重傷を負い、リンカーコアを奪われ、死の淵を何日も彷徨った。
 ディンゴは、五人の提督の中で最も闇の書を憎悪しているだろう人物であり、さらにその力量と魔力資質から、誰よりも確実に八神はやて殺害を実行に移す事が できると思われた。
 刑の執行は本日。リチャードは腕時計を覗く。最後にディンゴから連絡が来てから、すでに二時間以上が経過している。彼の技量を考慮すれば、執行完了――八神 はやて殺害の一報があっても良いはずだった。
 恋人を待ち焦がれるような思いで、リチャードは溜め息をつく。ディンゴが失敗するはずがない。闇の書の力を引き継いだと言っても、八神はやてはまだ九歳の 少女だ。彼が苦戦するはずがない。
 そう、九歳の少女なのだ。二等海士として初の任務――封印された闇の書の護送――に就き、早過ぎる殉職を遂げてしまった娘と同い年なのだ。

(……それがどうした)

 滲み出るような逡巡に、リチャードは唇を噛む。苛立ちをぶつけるようにして飲料水を仰いだ。
 八神はやての殺害が無意味なのは分かっている。そもそも、最初から意味など求めていない。これは『闇の書』という言わば呪いから、自分達被害者が解放される 為の儀式なのだ。
 リチャードはそう自分に言い聞かせる。死んだ娘と同じ歳の少女の命が、自分達によって絶たれるという現実から、彼は眼を背けようとしていた。

(何を今更)

 あの少女に罪が無いのも知っている。それでも、彼女以外に長く抱き続けて来た激情をぶつける先が無かった。

(そういえば、あのリンディ・ハラオウンの息子が八神はやてに同行していると言っていたな)

 リチャードは忌々しげに舌打ちをする。再び飲料水を飲もうとしたが、机に置かれているグラスは空になっていた。

(あの母子もおかしい。父が闇の書に殺されたというのに、何故その闇の書を庇うような真似をするのだ。グレアムもそうだ。デュランダルの開発協力を仰ぎ ながら、結局は氷結封印せず、逆に闇の書を生かす為に使ってしまった)

 まったく理解できない。いや、したくもなかった。してしまえば、それは強硬派から容認派に移るという事であり、闇の書の罪を許すという事になる。

(そんな事、誰がするものか)

 揺るがない決心を確認するかのように心中で毒づく。
 会議は続いている。リチャードは友人からの吉報を期待して会議に集中した。



 ☆



 アースラに帰還したフェイトを出迎えたのは、見慣れた武装局員達の見慣れたストレージデバイスの切っ先だった。
 一度事件が起これば、その力を惜しみなく貸してくれる歴戦の戦闘魔導師達。フェイトとはすでに顔見知りで、訓練に付き合ったり講義をしたり、親しい仲になって いる者も少なくない。
 そんな彼らが、何も言わず、何も言えず、ただ奥歯を噛み締めて、フェイトとアルフを保護という名の下に拘束した。
 フェイトにはどうする事もできなかった。
 明らかな異常事態だったが、下手に暴れる訳には行かなかった。武装局員達が不本意な命令の下にこうした強行に走っているのは見れば分かったし、エイミィに状況 の確認をしなければならなかったからだ。
 クロノとはやてが行方不明になった。
 フェイトは武装局員達に詰め寄ろうとするアルフを説得して、ブリッジで待機しているというエイミィの下に急いだ。武装局員達はあからさまな拘束行為を執るつも りは無く、フェイト達に自由を約束してくれた。やはり彼らはこの命令に納得していないらしい。
 ブリッジに飛び込むと、緊張で表情を硬くしたエイミィが待ち構えていた。

「お帰り、フェイトちゃん、アルフ」

 キーボードを叩く指を止めず、エイミィが肩越しに振り向く。

「ただいま、エイミィ」
「ちょっとエイミィ! こりゃ一体どういう事だい!?」

 アルフが喧嘩腰のまま、鼻息を荒くして問い詰める。

「……アースラに出所不明のコンピュータウィルスが侵入。航行は不能と判断。搭乗員は有事に備えて待機せよ」

 教科書を読むようにして、エイミィが言った。指は踊るようにキーボードを操作している。
 フェイトは彼女の座席の頭に手をつき、囁くように訊く。

「……本当に?」
「まさか。上層部から来た適当な命令よ。今艦長が抗議しに行ってる」
「アレックスとランディは?」

 彼ら以外にも、ブリッジにはスタッフの姿が皆無だった。

「他の男手と結託して、もしもの時に備えてもらってる」
「で、本当にどうなってるんだい? 一体何があったのさ? クロノとはやては行方不明だって言うし。なのはやザフィーラ達には通信が通じないし……」
「私も分かんない。フェイトちゃん達に連絡を入れてたら、上層部から直接命令が来て、すぐに武装局員達が来ちゃったの」
「……クロノと、はやては?」

 そう訊ねるフェイトの声は、わずかに震えていた。
 行方不明。つまりは生死不明という事である。何かの任務に就き、結果としてそうなってしまったのだろうか。二人より先に任務に行ってしまったフェイトに、 それを知る事はできない。だが、彼らの実力を考慮すれば、危険事態になる事はほぼ無いはずだ。クロノは執務官を三年務めており、はやては経験こそ浅いものの、 ベルカとミッドの二系統魔法を操作できる優秀な魔導師である。強制調査だろうが戦闘行為だろうが、問題は起こらないはずだった。

「……行方不明のまま。はやてちゃんは単独で災害救助の任務に就いてたはずなんだけど……」
「はやてが一人で災害救助?」

 アルフが眉間に皺を寄せた。フェイトも疑問に思う。
 はやては仮配属機関として管理局に所属している。役柄的には捜査官であり、担当する事件は幅広く、それなりに多い。だが、災害救助は明らかにお門違いな任務だ。執務官候補生である フェイトとアルフに文化レベルゼロの管理外世界の調査を行わせたのと同様である。そもそも、災害救助を単独で行うという事自体がおかしい。

「……うん。普通なら絶対にありえない任務だよ。今管理局のコンピュータにアクセスして調べてるんだけど……」

 エイミィの操作に合わせ、コンソールに内蔵されているディスプレイが激しく変化する。数多の情報ウィンドゥが表示されて行く。

「クロノは……どこに行ったんだろう……」

 言葉にできない不安が、フェイトの心を緩慢に浸食して行く。懸念が彼の安否を思う度に大きくなり、良く無い方向に思考を誘う。
 一体何があったのだろうか。事件に巻き込まれたのか。何らかの任務を受諾したのか。だが、それではアースラや執務官補佐であるエイミィ、さらに直属の上司に 当たるリンディに何の連絡も行っていないという事態が説明できない。
 やはり事件に巻き込まれたと考える方が打倒だろう。もしかしたら、はやても一緒にいるのかもしれない。

「クロノ……はやて……」

 その時、コンソールが電子音を鳴らした。ディスプレイに変化は無いが、通信受信のランプが灯っている。
 本局内からのダイレクト通信だった。

「マリー?」
『先輩!?』

 マリーの声がディスプレイから響く。その甲高い声はいつに無く慌てていた。

「ど、どうしたの、そんな焦っちゃって……」
『先輩! クロノ君、何があったんですか!?』

 クロノという名に、フェイトの思考が切り替わる。

「……どういう、事?」
『全身血塗れで、その、は、はやてちゃんも一緒なんですけど、何か様子がおかしいんです! それに総合会議室に向かってるみたいで……!』

 考えるよりも身体が動いていた。
 何故彼が血塗れなのか、今までどこに行っていたのか、何故会議室に行くのか、そうした諸々の思考を、フェイトはすべて後回しにして扉に走る。

「フェイトッ!?」
「アルフはここにいて! エイミィッ、本局には私が行く!」
「ちょ、フェイトちゃん!?」

 閉じられた扉が、彼女達の抗議する声を遮断する。
 武装局員に艦そのものが拘束されている以上、本局内に行く方法はそう多くない。最悪、武装局員達と戦闘になる可能性もある。
 だが、喩えそうなっても行かなければならない。
 嫌な予感が止まらない。フェイトは武装局員との戦闘回避の方法を模索しながら、通路を走った。



 ☆



 血塗れの少年が、ボロボロの少女を抱いて、白い通路を歩いて行く。すれ違う局員達は皆一様に驚き、少年の為に道を空けて行く。

(立っているのか倒れているのか分からなくなって来たな)

 出血し過ぎたらしい。クロノは支障を来たした平衡感覚に苦笑いを浮かべた。
 右の視界がほとんど見えない。左の視界もほの暗い。霞んで見えるというのがまだ可愛く思えてしまう程、今のクロノの眼は周囲が見えなかった。
 見慣れているはずの本局内の通路が、初めて訪れた場所のように思えた。
 頭部の裂傷は浅くはなかった。夥しい出血が彼の黒灰色の法衣を赤く染め、白い通路の床に赤い斑点を残して行く。
 右の靴がぐちゃりぐちゃりと嫌な音をたてていた。流れた血液が服を伝って靴にまで到達してしまったらしい。
 身じろぎ一つすれば、脳を焼くような痛みが全身を駆け巡る。
 全身打撲にその他、重度の裂傷が数箇所。さらにリンカーコアが薄弱になってしまう程の魔力の放出。即入院で即手術が必要な程の重傷だった。クロノがそんな状態 の人間を見れば、何をしてでも病院に連れて行こうとするだろう。動き回るなんて論外だ。
 だが、クロノは歩く。同じように魔力が尽き、怪我をしているはやてを抱きかかえ、本局内の通路を黙々と歩き続ける。
 異常を聞き付けたのか、武装局員がデバイスを携えて走って来る。だが、彼らは何もして来なかった。クロノに事情を訊こうと口を開けるものの、どう声を掛けて良 いのか迷っているようだった。
 構っている余裕は無く、さらに『気にするな』とも言えず、クロノは口を閉ざして武装局員の脇を通り過ぎた。
 腕の中で、もぞもぞとはやてが動く。

「クロノ君、あかんよ。もうあかんて……!」
「何がだ?」
「クロノ君、ボロボロやないか! 早く手当てせなあかん!」

 ぼんやりとした視界ではやてを見る。すぐ近くに彼女の顔が見えたが、何故か酷く遠くにいるように見えた。視力が安定しない。一体どんな表情をしているのか、 まったく分からなかった。震えているその声から、泣きそうになっているのは何となく分かった。

「……問題無い。ごまかせばまだ動ける」

 安心させてやるつもりで言う。
 ごまかす。つまりは我慢するという事だ。我慢には慣れている。失禁しそうな痛みの中、クロノは笑ってみせた。
 はやては言葉を飲み込んでしまう。眼元に涙を溜め、クロノの顔を睨め付ける。

「……なのはちゃんやフェイトちゃんに無茶だって言ってて、クロノ君の方がよっぽど無茶やないか……!」
「そうか?」

 素直に思った。自分はあの子達に並ぶ無茶をしているつもりはない。

「そうや! 執務官は皆こんな無茶ばっかりするんか!?」
「別に無茶はしていない。まぁ、無理はしているが」
「同じや!」

 はやてがクロノの胸を叩く。本当なら取るに足らない非力な腕だ。しかし、今のクロノにとっては微風すら紙ヤスリに等しい。 折れた肋骨が鈍い悲鳴を上げ、激痛を与えて来る。それに耐えるように、クロノの脚は止めた。
 通路はいつの間にか終わっていた。クロノとはやての前には分厚い壁がそびえ立っている。一般的な部屋よりも厳重にロックされているその扉は、耐圧、耐熱、 耐衝撃、さらに耐魔に優れた複合素材で作られている。並みの物理衝撃や攻撃魔法では、傷どころか塗装すら剥がす事ができない。この扉の向こうで行われている 会議の事を思えば、このくらいの設備投資はむしろ安い方だろう。
 クロノは静かに扉に歩み寄り、掌で触れる。同時に魔法術式を構築、展開した。デバイスは使わずに、魔法発動に必要なすべての工程を自力で編み上げる。
 リンカーコアを絞り上げ、なけなしの魔力を確保する。

「クロノ君……。もう、ええよ。もうええ」
「駄目だ」

 出血が増す。ぽたぽたと床に血池が作られる。額が焼けるように痛かった。
 明瞭としない視界が、頬に血を付けたはやてを捉える。
 はやては涙で顔をくしゃくしゃにしていた。半ば死人のようなクロノを見詰め、首を横に振る。

「もうええんや。お願いやから、もうやめて。はよう病院行こ。ね、クロノ君。私の事はええから……」
「……それはできない」

 クロノは思う。もし自分の事を心配してくれるのなら黙っていて欲しい。こちらは言葉を発する度に喉が死ぬ程痛いのだ。体力だって浪費する。

「クロノ君……!」
「……強硬派の連中を黙らせる機会は今日しかない」
「でも、クロノ君……」

 はやての声に、いつもの無邪気さは皆無だ。それがクロノの心中を軽く抉る。

「僕は大丈夫だ」

 何が大丈夫なのか、自分でも分からないが言っておく。
 術式が完成する。解れている部分は無い。制御を行い、解放を意味する撃発音声を入力する。

「ブレイクインパルス」

 物質の固有振動を割り出し、それに適合する振動エネルギーを送り込む事で目標を粉砕、破壊する近接攻撃魔法。消費する魔力は少ないが、その効果は絶大だ。 如何なる耐久性能を備えた複合素材だろうが、内から来る破壊エネルギーに耐える事はできない。
 堅牢が扉が粉砕された。埃が舞い、破壊された扉がばらばらと地面に落下する。
 クロノは残骸となった複合装甲を踏み締め、室内に入った。
 そこは会議室だった。明かりは薄暗く、部屋の中心に設えられた円卓型の机についている人間達を薄くぼんやりと照らし出している。
 室内にいた人間達は、皆相応に歳を重ねた者達だった。若くても四十代だろう。老人と言っても差し支えの無い高齢の局員もいる。
 年老いた眼光が、突然の入室者であるクロノとはやてに集中した。まるで刺すような視線だった。
 はやてがクロノの服を握り、身を寄せる。気丈な彼女でも、この空気には恐怖を覚えるのだろう。
 クロノはゆっくりと歩を進め、円卓の前に立ち、大胆不敵と言った。

「会議中、失礼します」

 誰も答えない。凄惨な身形をした少年と少女の出現に驚きこそしているものの、うろたえている者は誰一人としていなかった。
 局員の中の一人が代表するように口を開く。片眼鏡を掛けた痩せた老人だった。

「ハラオウンの息子のクロノ・ハラオウンだな?」
「はい」
「そしてその子は……八神、はやてか」
「その通りです」

 集まっている数人かから、低い唸り声が上がる。

「それで、ハラオウンの息子がここに何用かね? 彼女は今別室で……」
「リチャード・マリネリス提督」

 静かに、そして厳かに、クロノはしゃがれた老人の言葉を遮る。十四歳の執務官の声は、何者にも口出しする事を許さない厳格さを秘めていた。
 クロノはゆっくりと円卓についている提督達の名を上げて行く。

「ヴィオラ・ネフティス提督、ラプラー・セラー提督、ヴォルコヴォ・ザカート提督」

 室内の視線が名を上げられた四人の提督達に集中する。

「八神はやてに偽装任務を与え、殺害しようとした罪であなた方を逮捕します」

 室内の誰もが予想していなかったクロノの発言に、全員が沈黙した。最初に口を挟んだ片眼鏡の老人さえも口を噤んでしまった。
 嫌な静寂が続いた。一部の提督がクロノと彼が名を上げた四人の提督を交互に見て、どうして良いのか分からずに右往左往している。

「……証拠はあるのかな? 我々が八神はやてを殺そうとした物的証拠が」

 沈黙を破り、四人の中でもっとも若い一人が問う。リチャード・マリネリス提督だった。現場では清涼剤の役割も担っている砕けた物腰が有名な彼が、今はその瞳 をどす黒くしている。他の三人も同様だった。汚物を見るような眼でクロノを、いや、はやてを見ている。

「ありません」

 断言。

「これはこれは。優秀と名高いクロノ・ハラオウン執務官は証拠も無く事件調査を行い、犯人と思しき人物を逮捕するのか」
「ギル・グレアム元提督の教えが生きていないと思われる」
「武装局員を呼べ。気が狂った執務官をつまみ出すんだ」

 嘲笑するような声が響く。
 ざわめき立つ室内。数人の提督が手元のコンソールを操作して、武装局員を呼ぼうする。

「八神はやてにも、家族がいます」

 そんな雑音の中、クロノの声は掻き消される事も無く、全員の耳朶を打った。
 武装局員を呼ぼうとしていた提督達の指が止まる。

「クロノ君……?」
「そして僕にもいます。母と妹です。父は十一年前の闇の書事件の際、殉職しました」

 喧騒が止んで行く。

「家族を失う感情を、僕は理解しているつもりです」
「……何が言いたい、クロノ・ハラオウン執務官」

 片眼鏡の老人が静かに訊く。

「守護騎士ヴォルケンリッターをご存知でしょうか」
「もちろん。闇の書の守護プログラム達だな。今は管理局の局員として素晴らしい活躍をしてくれている」
「烈火の将シグナム、紅の鉄騎ヴィータ、湖の騎士シャマル、蒼き狼ザフィーラ。おっしゃる通り、彼女達は闇の書の守護プログラムとして存在していました。ですが、 今は八神はやての家族となっています」
「そのようだ。レティ・ロウランからもそう聞いている」

 クロノは問題の四人の提督達を見る。

「あなた方、そして僕にとって、彼女達は家族の仇も同然です。彼女達が実働部隊として動かなければ、僕達は家族を失う事もありませんでした」

 四人は何も言わない。ただ、クロノとはやてを睥睨している。

「八神はやてにとって、シグナム達は家族です。そして、シグナム達にとって、八神はやては家族です。血の繋がりは無くても、絆が彼女達の間にはある……本当の 家族よりも、もっともっと強固で確かな絆がある」
「……クロノ君……」

 彼の独白は続く。

「あなた方がしようとした事は、あなた方が味わった悲しみと憎悪を、他の人間にも味あわせるという事です」

 歯を噛む音がした。

「私から娘を奪ったプログラムがどうなろうと知った事ではないッ!」

 執務椅子を蹴り倒し、リチャード・マリネリスが怒鳴る。激情で赤くなったその顔は、憎悪に歪んでいた。

「僕は過去、ある提督からこう教わりました」

 クロノはリチャードを見ようともせず、室内に居る提督達全員に告げた。

「どうしようもない悲しみに立ち向かうか逃げ出すか、それを決めるのは個人の自由です。ですが」

 一度言葉を区切る。
 この言葉を言うのは、これで三回目だ。何故こんな事を提督という階級に就いている人間が分からないのか。
 わずかな苛立ちが、彼の口調を速めた。室内全体を見渡すようにして、大声を張り上げる。

「その悲しみに関係の無い者を……いや、その悲しみを無尽蔵に広げて、巻き込む権利は、どこの誰にもありはしないッ!」

 鈴の音のように、彼の声は綺麗に室内に木霊した。
 四人の提督は何も言わない。怒りをぶつけて来た一人も言葉を失い、口を閉じている。

「八神はやては覚悟をしています」
「覚悟……?」
「闇の書がこれまで作って来た罪と罰を背負い、僕やあなた方のような人間が抱いた悲しみと憎悪を抱き、死ぬまで一緒に生きて行く覚悟です」

 はやては唇を噛み締めて、室内を見渡した。クロノが名を読み上げた四人の提督達の顔を見渡して行く。
 心に刻み込んでいるのだ。家族を失い、憎悪に駆られて生きて来た者達の表情を。

「ここまで覚悟している少女を、あなた方はまだ殺したいですか?」

 質問。
 沈黙。
 嘆息。

「殺したいのですかッ!?」

 小柄な身体からは想像も出来ない絶叫が響く。緊張していた空気がどよもり、提督達は室内が揺れたような錯覚を覚えた。
 全員が固唾を呑み、クロノを見据える。
 クロノは敬語を捨てる事にした。こんな分からず屋達に払うべき敬意は持ち合わせてはいない。

「それでも彼女を殺したい者はそうしろ。自身が抱いた悲しみを、憎むべき相手に植え付ければいい。だが」

 少年の身体はボロボロだ。誰が見ても立っているのが不思議な程にズタズタだ。特に頭部の裂傷が酷い。すでに彼の足元には真新しい血塊が作り出されている。
 半死人。放っておけば勝手に死ぬだろう。
 室内の提督達は、皆優れた魔導師達だ。現役を退いてはいるが、秘めたる魔力、育まれた技術は生きている。ボロ布のような執務官一人を黙らせるのは、赤子の 手を捻るよりも遥かに容易なはずだった。
 そんな彼らが指一つ動かせない。クロノ・ハラオウンという執務官を前にして、唾を飲み込むのが精一杯だった。
 畏怖だ。提督達はクロノを畏怖していた。尋常ならざる気配と空気を放つ彼に、提督達は何もできなかった。

「あなた方は覚悟が出来ているのか? 自分がそうしたように、憎悪され、殺されてしまうかもしれないという事を」

 眼に見えない魔力の風が、生暖かい空気となって提督達の皺だらけの頬を撫でて行く。

「それは警告かね?」

 片眼鏡の老人が問う。

「いえ、ただの質問です」

 そう答えると、片眼鏡の老人は小さく笑った。

「……脅しのような質問だな。感心せんぞ、クロノ・ハラオウン執務官殿?」
「………」

 そこで、不意な物音がした。
 リチャード・マリネリスだった。彼はゆっくりとクロノとはやてに歩み寄って行く。

「覚悟など、当に出来ているさ」

 彼の眼には嘲笑も無ければ蔑みも無い。苛立ちも無い。

「私の娘は、十一年前の事件の時、九歳だった。八神はやて、お前と同じ歳さ。訓練校を出たばかりの二等海士で、あれが初陣だった。 今頃生きていれば、子供の一人を儲けていても不思議ではないだろう」

 その右手には待機状態のデバイスがある。S2Uやデュランダルと同様にタロットカードを思わせる形状だった。
 それが次の瞬間に光を生み、魔導師の杖に変貌する。
 処理速度を重視した質実剛健のストレージデバイス。

「娘だけではない。数え切れない部下達が、私の艦と運命を共にした」

 リチャードとクロノの距離は五メートルたらずだ。

「闇の書は、私から娘と部下を奪った。娘から幸せを奪った。部下達から未来を奪った」

 クロノは何も言わず、何もしない。

「復讐が何の意味も持たないのは知っている。八神はやてを殺せば、彼女の家族や友人が私と同様の思いをする事も承知している」

 はやても何も言わない。言えるはずがなかった。
 闇の書は多くの人から幸福とその未来を奪っていた。遺族達に癒しようのない悲しみを与えていた。

「だが……!」

 リチャードが動く。魔力を纏い、跳躍する。それは一瞬の出来事で、誰も止める事ができなかった。

「ただの自己満足に成り果てようと、私は八神はやてを、闇の書を許す事ができんのだぁッ!」

 クロノは膝をつく。身体に限界を感じたからではない。はやてを抱いたままでは、この悲しみに狂った提督を止める事ができないと悟った為だ。
 徒手空拳だった彼の右手には、一枚のカードがある。銀色のそれは、原型が無い程破損していた。
 氷結の杖デュランダル。大破したストレージデバイスは、マスターである少年と同様にほとんど力を残してはいない。

「デュランダル」
『――O、K――bo――s――s』

 雑音だらけの電子音声が確かにそう答えた。
 ボロボロのデバイスがクロノの掌に顕現される。中枢機能を司る先端部位は、爆発の影響で完全に中身が露出していた。今も火花と紫電を上げ、鈍い駆動音を響か せている。
 リチャードの表情が変わった。

「デュランダル……!?」

 彼のストレージデバイスと、クロノのデュランダルが斬り結ぶ。室内を魔力の突風が吹き荒れた。
 リチャードの一刀を受け止めたクロノは、顔色一つ変えない。デュランダルもそうだ。死人のような少年とスクラップのような一機は、その傷が幻か何かのように 平然としている。平然とリチャードと拮抗している。

「その傷で、何故……!?」
「……正直、もう立っているのも辛い」

 クロノが呟く。弱々しく、今にでも消え去ってしまいそうな声だった。
 だが、彼の腕と杖はどこまでも力強い。そう、どこまでも。

「デュランダルもだ。何故、何故まだ動く!?」
「……さぁ、それは分からない。中枢機能はほとんど死んでいる」

 自分は何故倒れず、恩師から託されたこの氷結の杖は何故まだ稼動するのか。
 それは、実に簡単な事だった。

「僕とデュランダルは動くさ」

 デュランダルを強く握る。氷結の杖が呼応する。排気ダクトから濛々とした魔力の残滓を吐き出し、稼働率を上昇させて行く。

「彼女と、彼女の覚悟を守る為に。僕は、誰も悲しませたくなくて管理局に入った。僕のような思いを、あなたのような悲しみを背負う人を減らしたくて、 無くしたくて……ここにいる」
「クロノ・ハラオウン……!」
「……八神はやてを、闇の書を許せとは言わない。言う事はできない。だが、はやて自身に罪は無いんだ。無いはずの罪を、犯した事の無い過ちを必死に償おうとしている その意思は認めて欲しい。――はやても、大切な家族を三ヶ月に亡くしているんだ」

 リチャードの力が緩む。信じられないという顔で、クロノとはやてを交互に見渡した。

「馬鹿な、報告書にはそんな事は……!」
「闇の書――夜天の魔導書の管制人格。名はリインフォース。彼女ははやてを守る為に、自らの破壊を申し出た。はやてにとって、リインフォースは家族だった。 喩え自分の身体を蝕んでいたとしても、大切な家族だったんだ」

 力だけでなく、魔力までもがリチャードの身体から抜けて行く。

「やっと出来た家族の一人を失い、それでもはやては贖罪をしようとしている。最後の夜天の王として、闇の書が犯した罪をこんな小さな身体で償おうとしている。 それでもあなたは、はやてを殺したいか? この子の……! この子の思いを殺したいのかぁッ!?」

 リチャードは答えられない。彼のストレージデバイスが小刻みに震える。
 彼は頭を振り、吼えた。

「くそ……! くそ、くそ、くそくそくそぉッ!」

 弱まっていたリチャードの魔力が、激昂と共に跳ね上がった。彼の魔力光がデバイスを輝かせる。

「くそぉぉぉぉぉおおおおおおおッ!!」

 掲げられたデバイスが振るわれる。
 受け切れるか? 数瞬の中でクロノは自問した。ああは言ったが、身体もデバイスもいい加減限界だ。魔力は完璧に底をついている。これ以上の魔法の行使は命 に関わるだろう。
 そこで、クロノは失笑した。ディンゴ・レオンと戦う決意をした時から、命は捨てたのだ。今更惜しむ事は無い。

「デュランダルッ!」
『―――』

 ついに音声対応システムまで死んだようだ。だが、それでもこの氷結の杖は動いた。流し込まれたクロノの命を魔力に変換して、九割が断絶状態にある魔力回路に 流し込む。凄まじい放電が起こった。
 ストレージデバイスの切っ先がすぐそこまで迫っている。クロノはデュランダルを構え、斬り結ぼうとした瞬間――。

『Round Shield.』

 聞き慣れた電子音声が撃発音声を紡いでいた。
 眼の前にクロノよりも小さな人影が立ち塞がる。細く震えた両手で構えられた機械仕掛けの杖――S2Uが、白銀のミッドチルダの魔法陣を描き、一閃を防御していた。
 他の誰でもない。人影ははやてだった。魔力も体力も尽きているはずの彼女が、クロノを庇い、リチャードの激情の一撃を受け止めていた。

「八神――はやてぇッ!!」
「辛いです! 痛いです! 苦しいです! 逃げ出したいです!」

 火花が視界を埋める。魔力の衝突の絶叫が耳朶を打つ。

「でも、私は逃げません! リインフォースは皆さんから大切な人達を奪いました! そして、私に暖かい家族をくれました! だから、私には逃げ出す事なんでできません! 皆さんから眼を背けるような事もできません!」

 クロノの頬に暖かな雫が落ちる。拮抗の余波で飛んで来たはやての涙だった。

「私には皆さんの悲しみと憎悪を背負う義務があります! 権利があります! 資格があります! そして――大切な家族がいますッ!!」
「―――」
「だから、皆さんに殺される訳にはいきませんッ!!」

 凛とした宣言が拮抗を崩す。
 閃光が室内を包んだ。
 弾き飛ばされるはやて。クロノは朦朧とする意識とガラクタの身体を叱咤して彼女を受け止め、床に叩き付けられた。
 背骨が軋み、肋骨の砕ける音が聞こえる。身を硬くして耐えようとしたが呻き声を我慢できなかった。

「クロノ、君……!?」

 震えるはやての声。どんな顔をしているのか、ほとんど見えなかった。
 そんな中で感覚が警告をする。未だに機能している五感に、クロノは感謝した。
 魔力の爆風を突破して、リチャード・マリネリス提督が跳躍して来る。ぼんやりとした照明に掲げられたストレージデバイスが鈍く輝く。
 もつれあるようになっているはやてを、その肩を抱き締める。デュランダルを構えようとするが、骨が折れたのか感覚は痛みしか返して来ない。
 ならば、せめて盾になろう。この子を守る事に命さえ捨てると決めたのだから。
 はやてがもがく。クロノの意図に気付いたのか、S2Uの魔力回路に魔力を供給しようとする。でも駄目だった。彼女の魔力もまたすでに枯渇している。これ以上の 行使は不可能だ。
 耳元で自分を呼ぶ金切り声がして、そして――。
 重い金属の衝突音が響いた。

「――ディンゴ――」

 その言葉が、クロノに黒い壁の正体を掴ませた。

「レオン、提督……」

 曇り硝子のような視界に大きな背中が映る。五十代とは思えない見事な筋肉がバリアジャケットの上からでも分かった。
 ディンゴ・レオンは、傷ついた砲戦デバイス『エイダ』を盾にして、リチャードの一撃を受け止めていた。

「リチャード」

 傷だらけの顔で、ディンゴが呼ぶ。

「何故だ。何故お前が止める……!? 八神はやてを……闇の書を完全に消すんじゃなかったのかッ!? ディンゴォ!」
「……私は、闇の書を許すつもりはない」
「ならば!」
「八神はやては、死ぬまで苦しむと言っているのだ」

 沈黙。

「それで充分ではないか。私達が味わった絶望と悲しみを、死ぬまでその身に秘め、苦しみたいのなら、そうしてもらうべきだ。死して楽になるより、 余程償いになるだろう」

 それは死ぬよりも遥かに辛く、遥かに痛みを伴う事になるだろう。

「言わば生き地獄。闇の書と、その力を引き継いだ八神はやてに相応しい人生だと思わないか?」

 返事は無かった。だが、リチャードのデバイスからは魔力光が消えて行く。
 今度は途中で復帰する事は無かった。
 完全に魔力を失ったストレージデバイスが床に転がった。

「ロイド卿!」

 地も割れんばかりの大声量で、ディンゴが片眼鏡の老人を呼んだ。その巨躯を返し、彼に振り向く。

「ディンゴ・レオン、リチャード・マリネリス、ヴィオラ・ネフティス、ラプラー・セラー、ヴォルコヴォ・ザカート、以下五名。八神はやてに偽造任務を与え、 彼女の殺害を計画、実行しました! ……拘束をお願い致します!」

 執務椅子から事の成り行きを見守っていた老人は、小さな溜め息を残して頷く。

「いいだろう。武装局員を呼んでくれ」

 近くの提督が机上に設けられたコンソールを操作して、館内放送で武装局員の召集を命ずる。
 ロイドはその作業を見届けると、椅子の背もたれを軋ませた。

「ディンゴ。君らの行動はそれなりに掴んでいた。こうなる事も、それなりに予想はしていたよ」
「……左様ですか」
「八神はやてと守護騎士四人を局に迎え入れれば、多かれ少なかれ、闇の書事件の被害にあった局員から不服の声が上がる。それでも私が彼女らの局入りを許可したの は何故だと思う? 分かるかね?」
「……いえ」
「贖罪の場を与えてやりたかったのだ。保護観察処分で終わらせたのも、彼女が自由に闇の書の罪を償える為の処置だ」

 武装局員がデバイスを手に雪崩れ込んで来る。彼らは困惑した表情でディンゴやクロノ、ロイド卿を見渡す。

「ディンゴ・レオン、リチャード・マリネリス、ヴィオラ・ネフティス、ラプラー・セラー、ヴォルコヴォ・ザカート、以下五名の提督を拘束してくれ。くれぐれも 手荒な事はせんようにな」

 武装局員達は戸惑いながら老人の指示に従った。
 リチャードの手首に三重式の手錠が填められる。
 ディンゴは砲戦デバイスを待機状態に戻して、手錠を填めようとしている局員に手渡した。そのまま両腕を局員に差し出す。
 重い金属音を鳴らして、手錠が填められた。
 円卓の方では、残りの三人も同様に拘束されていた。誰一人として反抗しようとはしなかった。

「ハラオウン執務官」

 背中を向けたまま、ディンゴが呼ぶ。

「……はい」
「腕を上げたな。……さすがはグレアムの愛弟子だ。闇の書事件を終わらせただけの事はある」
「……事件を終わらせたのは、はやて達です。僕は力を貸したに過ぎません」

 ディンゴは鼻で笑った。だが、そこに嫌味は無い。清々しさを含んだ笑いだった。

「八神はやて」
「は、はい」

 はやてが立ち上がろうとするものの、魔力が底を尽いてしまった彼女は自力で立ち上がる事ができなかった。
 そんな彼女を、クロノが支えた。
 ディンゴは背を向け続けている。振り返る素振りは見えない。表情も伺う事が出来ない。

「戦って、足掻いて、苦しみ抜け」

 局員に手を引かれ、ディンゴは歩き出す。颯爽とした足取りで、彼はリチャード達と共に部屋を出て行く。

「そして家族を守り、死ね。それがお前の贖罪となるだろう」
「――はい」

 ディンゴの背を最後に、五人の提督達は連行されて行った。
 彼らとすれ違うように一人の少女が飛び込んで来る。闇色の外套を翻し、長柄の戦斧を携えた金色の髪の少女だ。
 ロイド卿が愉快そうに笑う。

「今日の会議は客人が多い。今度はPT事件の娘か」

 少女――フェイトは室内の提督達には見向きもせず、まっしぐらにクロノ達に走り寄る。

「クロノッ! はやてッ!」

 だが、彼の反応は薄弱だった。土気色になってしまった顔をフェイトに向け、焦点の定まらない眼で彼女を見ている。
 平衡感覚は完全に失われていた。

「……限界、だ……」
「クロノ君!?」

 それでもはやてを手放さなかったのは賞賛に値するだろう。クロノは倒れ、フェイトにその身を預ける。
 二人分の人間の体重を支え切れず、フェイトは彼を抱き止めながら膝をついた。

「クロノッ! クロノォッ!」
「何が限界や! このばかぁッ!」

 少女達の悲鳴を聞きながら、ロイド卿は再び近くの提督に告げた。

「医療魔導師を大至急」

 会議室の混乱は続く。だが、明日からはさらなる混乱が管理局そのものを襲うだろう。拘束された五人の提督達は、いずれも重要なポストに就いていた者達だ。後任 を探すまでは様々な所で問題も起こる。
 だが、ロイドは微笑んでいた。これから起こる問題に頭痛を覚えてはいるが、その表情は明るい。

「時空管理局最高責任者として、このような子供達、部下達に恵まれた事を誇りに思おう」

 程なくして、会議室に医療魔導師が大慌てで入って来た。





 continues.





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