魔法少女リリカルなのは SS

罪と罰

♯.5







 最近、理不尽な緊張感を感じる事が多い。
 クロノはベッドの上で天井のシミを数えながら、そんな事を考えていた。だが、シミは数えようにもほとんど無い。本局内 にある総合病院は常に最良の状態で稼動している。目立つような汚れは一つとして無い。

「私が洗濯して来るから。はやてはゆっくりしてて」
「ええって。フェイトちゃん、管理局のお仕事で疲れとるやろ。私がやるから休んで」
「いいよ」
「私もええよ」

 部屋の入り口の方では、フェイトとはやてが何やら言い争いをしていた。フェイトは腕に洗濯物が入ったカゴを抱えており、車椅子のはやては、汚れた寝間着を膝の 上に乗せている。
 閑静な病室であるにも関わらず、室内はギスギスとした緊張感に満ちていた。発生源は言うまでもなく二人の少女である。

「………」

 フェイトとはやては無言のまま見詰め、もとい、睨み合う。一触即発の空気。その中で先に動いたのはフェイトだった。カゴを抱え、猛ダッシュで飛び出して行く。

「あ! フェイトちゃんずるいでッ!」

 はやてが車椅子を自動から手動に切り替え、それこそパラリンピックの車椅子レースのようにフェイトの追跡を開始する。
 喧騒が遠ざかって行った。
 クロノは乱暴に閉められた扉を見て溜め息をつく。身体は癒えて来ているが、心は休まる時が無かった。
 総合会議室での一件から、すでに一週間が経とうとしている。
 五人もの優秀な提督を失った管理局はそれなりに揺れたが、後任となる人事は時空管理局最高責任者のロイド卿が直々に行い、当初予定されていたよりも遥かに 早く終わった。しばらくは慌しい状況が続くだろうが、それは耐えて慣れるしかない。
 意識不明で病院に担ぎ込まれたクロノは、二日後に眼を覚ました。全身打撲に重度の裂傷が数箇所。さらにリンカーコアの機能低下など、それなりに危険な状態では あったが、現在は完治に近付いている。リンカーコアも無事に機能を取り戻し、ほぼ正常作動中だ。退院して自宅療養の許可も一応出ている。
 それでも未だに入院生活を余儀なくされているのは、フェイトとはやてに引き止められたからだ。
 意識を取り戻してから五日間、クロノは二人の手厚い看護に翻弄されている。フェイトは学校や管理局の仕事が終わってから、はやてはリハビリや訓練の後、それぞれ 看病をしに来てくれていた。それはそれでクロノも嬉しく思うのだが、ほぼ二人同時に来られる上に、フェイトとはやての空気があまり良くないので、 看病しに来てもらっているのに気苦労を感じてしまうのだ。
 昨日見舞いに来たリンディとエイミィにその事を言ったら、二人揃って嘆息づき、優しく背中を叩いて帰って行った。エイミィが『フェイトちゃん、ライバルができて 大変だ』とも言っていたが、クロノにはどういう事なのか分からない。
 だが、この慌しい入院生活もそろそろ終わる。次の検査で特に問題が無ければ、クロノは反対を押し切って退院するつもりだった。長居しても意味は無いし、 二月に入院をした時にも心配の種だった仕事の事もある。さらに言うと、手厚いを通り越して、手荒い看護をしてくれるフェイトとはやてから逃れたかった。
 溜まっていたデスクワークの事を考えていると、ドアが軽く叩かれた。

「シグナムです。入っても宜しいでしょうか?」
「ああ、もちろん」

 律儀に頭を下げてシグナムが入って来る。他には誰もおらず、彼女一人だった。

「珍しいな、君が一人なんて」

 大抵はシャマルやヴィータ、ザフィーラの誰かと連れ立っている。もしくははやてが一緒だ。

「ええ。レティ提督と少しお話したい事があったので。御加減は如何ですか、クロノ執務官」

 シグナムがベッドの脇にあった椅子に腰掛ける。

「特に問題は無いさ。というか退院したい」
「また仕事ですか?」
「それもあるが、何と言うか、逃げたい」

 フェイトとはやては事あるごとに先を争う。クロノの食事から洗濯物、身の回り一式を取り合うのだ。
 シグナムは苦笑を浮かべた。

「主はやてとテスタロッサですか」
「ああ。普段は仲が良いのに、食事の時とか険悪になる。胃に穴が開きそうだ」
「そこまで、ですか?」
「ああ。身体を拭く事を頼んだ時は酷かった。危うく入院が長期になる所だった……」

 その時の事を思い出して、クロノは軽く身震いする。

「主はやてがご迷惑を掛けています。申し訳ありません」
「あ、いや、まぁ」

 事実そうなので、クロノは言葉を濁すばかりだった。せっかく看護に来てくれているのに迷惑に思うのは失礼だろうが、実際には気苦労を強いられている。迷惑 と言うのが一番適切かもしれない。

「……今日はご報告があって来ました」
「報告?」

 シグナムがポケットから一枚のカードを取り出して、クロノに差し出した。

「修理が完了したという事で、マリーから預かって来ました。デュランダルはまだ時間がかかるそうです」

 傷一つないそのカードは、待機状態のS2Uだった。
 クロノとはやての全魔力を供給したエターナルコフィンとディンゴのベクターキャノンの拮抗は、結果としてほぼ相殺という形で終わった。
 クロノ一人の魔力とデュランダルの氷結魔法だけでは、間違いなく相殺すらできなかっただろう。すべてははやての魔力のお陰である。だが、それでも二人の魔力 は底を尽き、傷の痛みと砲撃の反動でほとんど身動きが取れない状況になってしまった。
 ディンゴはクロノの猛撃を受けて傷を負っていたが、未だ魔力も含めて余力を残しているはずだった。クロノもはやても反撃はおろか、防御も出来ず、本来なら 殺されているはずだったのだ。
 しかし、濃霧のような魔力残滓が晴れた時、そこには誰も居なかった。巨大な砲戦デバイスを抱えたディンゴの巨躯は忽然と消えてしまっていたのだ。

「すまない、シグナム」

 帰って来た相棒を受け取る。
 デュランダルはあの後、完全に大破した。現在は装備課で修復作業を受けている。作業担当のマリーは、何故あれだけの破損状況で稼動していたのか不思議で仕方がないと首を捻っているそうだ。

「いえ。それから、お二人が遭遇したという犬ですが、無事に保護されました。どこから連れて来られたのか不明だったので、主はやてが引き取る事になっています」
「そうか……良かった」
「はい。ザフィーラが少し困っている様子ですが」

 あの犬の大きさを思い出して、クロノは思わず吹き出した。子犬フォームのザフィーラから見れば相当な大きさになるだろう。

「母君から聞いていらっしゃるかと思いますが、ディンゴ・レオン提督ら五名の後任も無事に見つかり、局内の混乱も時期納まるでしょう」
「……ああ」

 昨日見舞いに来たリンディが、最低限の説明をしてくれた。それに関しては、クロノは特に感慨を持たない。良かったと安堵の溜め息をつくくらいしか出来なかった。
 今回の事件は局内でも極一部の者しか知らない『無かった事件』として処理された。古参の提督達が怨恨の末に局員を殺害しようとしたのだ。公に出来る訳が無い。 それでも強硬派がいなくなったという事実に、事態を察した局員は多かった。

「クロノ執務官」

 シグナムは席を立つと、クロノに向き直り、直立不動の姿勢を取った。そして腰を九十度曲げ、クロノに旋毛を向ける。
 綺麗な頭の下げ方だった。

「申し訳ありませんでした」
「……シグナム」

 守護騎士の将である彼女がこうした行動に出る理由を、クロノは一つしか知らない。恐らくはやてが話したのだろう。十一年前の闇の書事件の顛末を。

「私はあなたから父を奪った。ハラオウン提督から夫を奪った。あなた方から一つの希望を奪っていた」
「……いいんだ。もう終わった事だし、僕は気にしていない」

 そう。十一年前の事を、クロノはすでに留意していない。父が死んだ事を仕方がないという言葉で片付けてしまうのは心が痛むが、それでも、仕方がない事なのだ。 シグナム達守護騎士やリインフォースを憎悪するという気持ちは、数ヶ月前の闇の書事件から持ち合わせてはいない。八神はやてを救おうと足掻き、もがき、苦しんだ 彼女達を責める事など、クロノにはできそうになかった。

「ですが、私達や闇の書が居なければ、あなたやハラオウン提督はこんな事には……」
「世界はこんなはずじゃない事ばっかりだ」

 シグナムの言葉を遮り、クロノが言う。

「起こってしまった事を嘆いたり、悲しんだりするのは簡単だが、問題なのはその後だ。こんなはずじゃない人生をどうやって生きて行くかだ。自分が納得する形 でね」
「………」
「僕は今に満足している。母さんもそうだ。十一年前の闇の書事件で父さんが死ななければ、僕はこうして執務官を務めてはいないと思う。エイミィとも出会って いないだろうし、フェイトやなのは、ユーノ、はやて、君達とも出会っていなかっただろう」

 起こる事のない『もしも』の話。それを想像すると、クロノは少し怖くなった。
 フェイトも、なのはも、エイミィも、自分の知っている皆がいない世界。
 代わりに父がいる世界。
 それは一体如何なる世界なのか。知る術はもちろん無い。知りたいとも、あまり思わなかった。冷淡だと後ろ指を指されて否定できないが、こればかりは変わらない。
 起こり得る事の無い『もしも』の世界を想像して、そこに居心地の良さを覚えるほど、クロノは逃避主義者ではない。懐かしみ、労わり、思い出や記憶を大切にするのと、 空想に没入してしまうのとは意味が違う。
 それに、そんな世界をクロノは望んでいなかった。
 今眼の前にある現実に、クロノは満足している。そして、それはこの先もきっと変わらないだろう。

「僕も君も、今を生きている。過去を振り返るのは大切な事だが、縛られるのは駄目だ。進むべき未来も無くなってしまう」
「………」
「はやては闇の書の罪と罰を背負って生きて行く。一人では立ち止まったり迷ったりするだろう」

 あの事件以降、はやては闇の書事件に関わって命を落とした局員の遺族達の下を訪れているらしい。見舞いに来たはやてはそんな事など億尾にも出していなかった。
 クライドの墓も参りたいと言っているそうだ。
 闇の書事件の被害者は多い。特に十一年前の事件は、封印に至るまでの過程でかなりの犠牲者が出ている。シグナム達も蒐集の為に手段を選んでおらず、相当な 人数の局員を手に掛けてしまっている。その遺族を探し出して謝罪するのは並大抵の事ではない。罵声を浴びせられ、危険な目に合う事もあるだろう。
 だが、それが八神はやてが選んだ贖罪の一つなのだ。闇の書の罪と罰を背負って生きて行く為に必要な事なのだ。

「君には誰よりも彼女を支えて欲しい。守護騎士ヴォルケンリッター、烈火の将シグナム」

 シグナムは、今までクロノが見た事の無い表情で佇んでいた。唇を噛み、握り拳を作り、肩を震わせている。

「……は、い……」

 それから少しして、フェイトとはやてが意気消沈して帰って来た。廊下は走らないようにと怒鳴られた挙句、洗濯物も没収されてしまったそうだ。
 クロノは呆れ果て、シグナムは珍しく声を上げて笑った。





 ひとしきり話をした後、夕食の時間も近いという事で、はやてとシグナムはいとまを告げた。何でも今日の献立がヴィータの好物であるハンバーグらしく、いつも より長めに下ごしらえをしなければならないそうだ。

「クロノ執務官、テスタロッサ、失礼します」
「ああ。色々ありがとう、シグナム」
「気を付けて」

 会釈するシグナムに、クロノとフェイトは手を振る。

「また明日来るからね、クロノ君」
「……昼くらいに来てくれるとありがたい……」
「うん。ほなそうするな」
「………」

 満面の笑みのはやてと仁王像のようなフェイトに挟撃され、クロノは何もできない。

「では」

 シグナムがはやての車椅子を押して病室を出ようとする。

「クロノ君」

 はやてがシグナムの脚を止めた。肩越しにベッドのクロノに振り返る。

「まだ、お礼言ってなかったね」
「え……?」

 お礼? 一体何の礼だろうと思いながら、クロノは記憶を探した。だが、彼女に感謝されるような事をした覚えが見当たらない。

「あの時、守ってくれてありがとう」

 あの時。一週間前の事だろう。

「僕が勝手にやっただけだ。君が気にする事じゃない」
「……ありがとう。それで、な。その、もし良かったらでええんやけど、お願いがあるんや。聞いてくれるか?」

 頬を少しだけ赤め、もじもじとするはやて。

「ああ。僕にできる範囲なら」

 クロノの言葉を受け、はやては車椅子を向き直らせる。

「もう迷うつもりはないんやけど、もしや。もし、私が迷ったり、立ち止まったりしたら、背中を押してくれへんか? ほんと、ちょっとでええんや」

 大規模砲撃の中、あのディンゴ・レオンに啖呵を切ったはやてだが、不安が無いはずがない。遺族の下を回るというのも、九歳の少女には辛過ぎる行為だろう。
 クロノはベッドから離れると、はやてに歩み寄り、小さな掌を握った。

「君にはシグナム達家族がいる。僕の出番が来るかどうか微妙な所だが」

 はやてが眼を向けて来る。潤んだ黒い瞳は期待と不安でいっぱいだった。

「了解した。君が求めれば、僕は君の背中を押そう」

 雨が止み、灰色の雨雲が消え、太陽がその顔を覗かせるように、はやての顔に笑顔が広がって行く。

「ありがとう、クロノ君」





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 □ あとがき □
 長い間、ありがとうございました。”罪と罰”、無事に終了となりました。
 本当なら因縁のあるはずのクロノとはやて。なのにアニメだとまったく絡まずorz そんな二人のお話でした。このお話を書かれている方は多く、この”罪と罰”が 俺なりの考え方というか、クロノとはやてです。
 本当は”なのは短編集”で公開していた話だったのですが、エピローグを何とか一話で纏めようとしたらかなりぎゅぎゅのすし詰め状態にorz 掲示板やweb拍手 でも色々とご意見いただいたので、別掲載にして、カットした部分を大幅に追加、修正しました。♯.1から3まではほとんど変化ありません。多少おかしい文書を 修正したくらいになってます。が、結局当初掲載したカット部分も、全部掲載には至らずです。クライドさんの墓参りシーンとかですね。最初ははやてが一番最初に 回る予定だったのですが、あれだけ啖呵切っておいて、いきなり身内からは不謹慎だろうと思い、取り合えず先延ばし的になりました。
 SCも含めて、一番色々な人から意見貰った話でした。で、書いていて一番自分の力量の無さを痛感する話でもありました。書けど書けど微妙な描写が…orz 戦闘 シーンはまだマシな方として、♯.4は結構酷い。でもこれが限界。日々精進という訳で、プロ志望としてこれからもせっせか書いていきたいと思います。まぁ結局 は二次創作なのでその内限界も来ると思いますが…。
 最大のお遊び要素として、コナミから発売しているメカアクションゲーム”ANUBIS ZONE OF THE ENDERS”からキャラやメカ、さらに武器名称を拝借しています。なの フェスでスペースに来ていただけた人から相当言われたのですが、意外と好評だったので一安心してました。ネタ知らない人でも楽しめるようにしてあるのですがね。 特に砲撃デバイス”エイダ”とディンゴが使う魔法が全部そのまんま(一部違いますが)。ゼロシフトでバッサバッサ!
 長々とですが、お付き合いいただきましてありがとうございました。
















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