そこにあったのは静謐な空間。
 剣十字のペンダントと同化した蒐集型巨大ストレージ『蒼天の書』の内部虚数空間。はやてから供給される魔力によって構成されているその世界に、リインフォースは 独りで居た。どこまで広がっているのか分からない壁面は、大好きな主の暖かな魔力で淡い明滅を呼吸をするかのように繰り返している。
 就寝の言葉を交わした後、リインフォースは寝床とも言えるこの空間に帰還する。ここで消耗した一日分の魔力を補充するのだ。言わば、ここは充電場所である。
 ここに戻れば、眠気は自然と忍び寄って来る。特に今日は沢山の場所に一人で行って、沢山の経験をした。遊び疲れた子供がベッドですぐに眠りに落ちるように、 彼女もすぐに意識を闇の奥底に仕舞うはずだった。

「……痛い……です……」

 リインフォースが呟く。幼い顔を悲痛に歪め、瞑った眼許に涙を押し留め、ズキズキと唸されるような痛みに耐え続ける。
 浴室で感じた時は耐えられなくも無かった。
 寝る前、はやてとヴィータに『おやすみ』と告げた時には痛みも引いていた。だからこそ、リインフォースはただの錯覚と思っていた。周期的なメンテナンスを 受けなければ、未だに稼動状況が安定しない未完成なシステムが自分だ。バグは必ずどこかで発生している。きっとその影響だ。そう言い聞かせた。一度眠ればきっと 無くなる。翌日には、またはやてと笑顔で会える。心配なんてかけたくない。
 そんな思いが、リインフォースにリンカーコアの痛みを報告する事を禁じた。

「……っ……!」

 締め付けられたと思えば、今度は容赦なく掻き毟られるような激痛に変貌する。
 痛みは一定のリズムを取り、徐々にだが、確実にリインフォースの意識と理性を奪って行く。
 緩慢に薄らいで行く視界。オーロラのような虚数空間の情景が、ただの白濁色のように見えるまで、ものの数分だった。

「マイ……スタぁ……!」

 助けを呼ぶなら、まだ間に合う。この痛みは尋常ではない。何か致命的なバグが発生したとしか思えない。このまま放置しては、システム暴走に直結する可能性が 充分過ぎるほどに存在した。

「だぁ……め……です!」

 子供故の意地という感情なのか。
 家族に心配をかけたくないという健気な精神からなのか。
 リインフォースはぐっと身体を小さくする。さもなければ、喉を突き通ろうとする痛みの絶叫を押さえ込む事が出来なかった。
 ――はやてに心配をかけたくなかった。
 風呂から上がる時の様子が気になったが、家に帰って来てから、彼女はずっと笑顔だった。『クロノが戻って来る前まで』の柔らかな微笑みを浮かべていた。
 その明るい表情に影を射し込みたくはない。だから自分は我慢するのだ。

「はぅ……!」

 聞こえるはずのない心臓の鼓動。
 胸でしていた呼吸は、すでに背中を上下させなければ間に合わないほどに荒い。
 痛みの涙は頬を滑り、底の無い遥か眼下に落ちて行く。

「治まって……! お願いだから……!」

 ひたむきな懇願を、しかし、彼女のリンカーコアは聞き入れてはくれなかった。
 白くなる意識。
 潰える視界。
 感覚が麻痺するリンカーコア。
 凄まじい虚脱感に抵抗する事ができない。
 自分の身体が、自分以外の別の意思に侵食されて行く。
 そのおぞましい感覚に我慢ができなくなった時、彼女は見た。確かに感じた。

 どこかの会議室。

 最低限の照明しかない暗がりの部屋。

 円卓の広い机。そこに座すのは年老いた時空管理局局員達。

 彼らと対峙するかのように、一人の少年が、少女を抱いて佇んでいる。

 少年の姿は凄惨にして惨禍。足元には血溜まりがある。頬から落ちた赤い雫が血溜まりに波紋を作る。

 少年が言った。


『八神はやてにも、家族が居ます』


『そして僕にも居ます。母と妹が居ます。父は十一年前の闇の書事件の際、殉職しました』


『家族を失う感情を、僕は理解しているつもりです』


『烈火の将シグナム、紅の鉄騎ヴィータ、湖の騎士シャマル、蒼き狼ザフィーラ。おっしゃる通り、彼女達は闇の書の守護プログラムとして存在していました。ですが、今は八神はやての家族となっています』


『あなた方、そして僕にとって、彼女達は家族の仇も同然です。彼女達が実働部隊として動かなければ、僕達は家族を失う事もありませんでした』


『八神はやてにとって、シグナム達は家族です。そして、シグナム達にとって、八神はやては家族です。血の繋がりは無くても、絆が彼女達の間にはある。……本当の家族のように』


『あなた方がしようとした事は、あなた方が味わった悲しみと憎悪を、他の人間にも味あわせるという事です』


 何だこれは。この少年は何を言っているんだ。
 闇の書。
 十一年前の事件。
 殉職した父。
 家族を失う喪失感。
 家族。
 絆。
 ――復讐。
 分からない。分からない。分からない――!
 意識が弾ける。自分の輪郭が保てない。指の先から自分の存在が粒子状の何かに変わって行くのが理解出来た。
 そんな有り得ない光景を、リインフォースは何の感慨も抱かずに傍観した。足掻けるような気力も力も、訳の分からない現実から逃避する為の悲鳴も、今の彼女には 無かった。
 映像が切り替わる。ブツリという雑音。視界が壊れたブラウン管のテレビのようになる。乱れた映像。画像は酷く、誰が映っているのか分からない。ただ、見覚えの ある少女が車椅子に乗っていた。それがはやてだと気付く事は無かった。
 満身創痍の少年は、治療を受けたのか、頭や腕に包帯を巻いていた。


『あの時、守ってくれてありがとう』


 車椅子の少女が言った。照れ臭そうに頬を赤色にして。


『僕が勝手にやっただけだ。君が気にする事じゃない』


『……ありがとう。それで、な。その、もし良かったらでええんやけど、お願いがあるんや。聞いてくれるか?』


『ああ。僕に出来る範囲なら』


『もう迷うつもりはないんやけど、もしや。もし、私が迷ったり、立ち止まったりしたら、背中を押してくれへんか? ほんと、ちょっとでええんや』


『君にはシグナム達家族が居る。僕の出番が来るかどうか微妙な所だが』


 少年が少女の手を握る。少女を励まして、その不安に満ちた表情を変えるかのように。


『了解した。君が求めれば、僕は君の背中を押そう』


 その言葉と繋げた手が、少女にどれだけの勇気を与えたか分からない。
 少女の表情から不安が瞬く間に消え去った。太陽のような眩い微笑みを顔いっぱいに広げた少女は、こう言った。





『ありがとう、クロノ君』





 情報が、記憶が、八神はやてというマスターの人格すべてがリンカーコアを通して、恐ろしい濁流となって流れ込んで来た。
 胸が圧壊するような感覚。脳が破裂するような錯覚。感情が決壊するような衝撃。
 嵐の海に飲み込まれるような中で、リインフォースが確信し、理解した事があった。
 それは、リンカーコアの痛みの根源。

「――クロノ――」

 水溜りを蹴飛ばした時のように、光が弾ける。そうして現れたのは、蒼天の書。
 分厚く、少女の手にはあまりにも無骨な蒼い本を、リインフォースは手に取った。
 自分はユニゾンデバイス『蒼天の書』の管制人格。幼さ故に純然とした想いを持ち、何よりも、誰よりも、愛するマスターの幸せを願う。
 情報の一方的な供給が唐突に停止する。破滅的なその量を、リインフォースは戦慄すべき速度で処理。胸の奥底に、リンカーコアにそっと仕舞う。
 実行すべき事柄は可決された。

「蒼天の書、起動」

 虚数空間が闇色に染まる瞬間だった。





魔法少女リリカルなのは SS

Snow Rain

♯.3





「クロノッ!」

 息を荒げて部屋に飛び込んで来たフェイトは、寝間着姿ではなく、執務官用の外套のようなバリアジャケットを羽織っていた。手にはアサルトフォームに可変を完了 させたバルディッシュ。臨戦態勢とも言える身形で、彼女は戸口に立っていた。
 答えるように振り返ったクロノも彼女と同様だった。黒灰色のバリアジャケットを展開し、デュランダルとS2Uを荒々しく握る。

「分かってる! アルフは!?」
「もう準備してる! なのはもすぐに行くって!」
「はやてに連絡は……!?」
「駄目、シグナム達にもつかない……!」
「くそッ!」

 毒づきを残して、クロノは部屋を出た。後からフェイトが走って着いて来る。歩幅の差もあったが、クロノの脚はいつもよりもずっと速かった。
 開きっ放しの玄関の扉には、フェイトの言葉通りにアルフが待ち構えていた。

「遅い! もう随分デカくなってるよ!」
「済まない、封鎖結界は!?」
「もう展開済みだよ。……向こうがね」

 アルフの視線が外へ向く。主と同様にバリアジャケットで身を固めている使い魔の少女は、落ち着きのない様子で指の関節を鳴らした。
 交わす言葉はこれ以上無かった。三人は互いに肯き合い、共通通路から飛行魔法を行使する。手摺を蹴り飛ばして、夜空に飛翔した。
 目的地は改めて確認するまでもない。クロノ達は良く知る方向へ向け加速する。

「クロノ、この魔力ってやっぱり……?」
「ああ。はやてに似てるが、明らかに違う。多分……リインフォースだ」

 つい五分前だ。爆発的な魔力が海鳴市の一角で発生。クロノ達は仕事の後の疲労感と倦怠感を根底から吹き飛ばされてしまった。
 時刻は午後十時を回った辺りだろう。水銀灯の明かりと住宅が発する淡い光が溢れている住宅街は人気も無く、ひっそりとしていた。魔法技術の存在しないこの世界 の住人達に、自分達の街で起こっている非常事態を知る術は無い。

「リインフォースって……どうしてこんな時間にあのガキんちょがこれだけの魔力を出してるんだい!?」
「それが分かれば苦労はしない……! エイミィッ、発生した魔力数値は!?」

 怒鳴るように思念通話を介して訊ねると、クロノとは対照的に冷静な声が返って来た。

『発生時は最大で九百万前後。……Sどころか、S+に匹敵するね』

 半ば予想していた通りのその答えに、クロノは舌打ちを止められなかった。AAA認定の魔導師ですら管理局全体でも五パーセント未満なのだ。S+認定の魔導師 となれば、二十人いるかどうかというところだろう。

「蒼天の書はそれだけの魔力行使ができるのか……?」
『闇の書と同じ分類……巨大蒐集ストレージだから、容れ物としてのキャパシティは相当なの。はやてちゃんの魔力資質に対応できるぐらいだと、もうロストロギアクラス じゃないと無理だったから。一応、SSクラスまでなら充分に余裕で受け入れられる設計になってるんだ』
「……非転送モニターで結界内をモニターできるか?」
『やってみる。艦長にはもう報告はしてるんだけど……』
「……そちらは全部艦長に任せる。こちらは現状確認を最優先を行う。シグナム達への呼びかけも続けてくれ」
『了解』

 通信を切った直後、『彼女』が構築した封鎖結界が眼前に現れた。
 そこだけが現実空間から切り取られたように、結界は広い円形で構成されていた。半径は三キロ程度だろうか。上空はかなり広大な範囲で張られている。そして、 何よりも濃密な魔力を感じた。武装局員が十人単位で構築する強装結界よりも尚堅牢にできているのは容易に理解できた。当然だが、中の状況を窺い知る事は叶わない。
 これを突破するだけでも簡単ではない。破壊するにしろ突入するにしろ、優れた魔力防壁干渉魔法――要は力任せにぶち抜ける破壊力を秘めた魔法が必要だ。
 現状は詳細な状況確認を求めている。魔力の消耗を気にかけている時ではない。
 フェイトとアルフに呼びかけ、クロノも自身も術式構築を行おうとした直後、

「フェイトちゃん! クロノ君! アルフさん!」

 なのはだった。困惑した様相で眼下の封鎖結界を見下ろす。

「あの、この魔力の感じ……リインちゃんだよね!? 何があったの!?」
「それを今から確認しに行く。なのは、手を貸してくれ。君のバリア干渉能力があれば、まだ容易に突入できるはずだ」

 リインフォースの魔力による大規模な封鎖結界の構築。
 はやてを初め、守護騎士達の音信不通。
 八神家を中心した結界の広がり方。
 嫌な予感がした。それもいても立ってもいられない猛烈なものだ。
 なのははそれ以上何も問わず、口元をぎゅっと引き締めると、レイジングハートにカートリッジロードを指示。フェイトも同様にカートリッジをロード。アルフは一歩 下がり、不測の事態に備えて、広域防御魔法の術式を構築する。
 デュランダルとS2Uを交差させ、クロノも術式を構築する。構築する術式はブレイズキャノンに魔力防壁干渉能力を付随させたバリエーションだ。デュランダルで 補助を行い、火力増幅を実施。
 紺碧。桜色。金色。三つの色彩を放つ魔法陣が空に描かれる。

「ピンポイントで狙うぞ!」

 それぞれが肯き、各デバイスの先端を一点へ集中。同時に制御解放――!

『Divine Buster Extension.』
『Plasma Smasher.』
『Blaze Cannon.』

 大気を激しく震わせる砲撃音。三つのデバイスから放射された高出力の砲撃魔法は、封鎖結界の一点目掛けて殺到。衝突の瞬間に閃光を生んだ。
 反動は半端なものではなかった。右手で握り、脇で保持している愛用の旧型ストレージデバイスの軋みが聞こえた。一呼吸の後、さらに魔力を供給、酷使させる。
 沈黙。そして絶叫。
 絡み合うように衝突していた三つの砲撃魔法が封鎖結界を食い破り、巨大な穴を穿つ。その虫食いのような風穴へ、アルフがチェーンバインドを行使。閉じようとする 結界作用を半ば強引に止めた。
 クロノを先頭に中へ飛び込む。最後にアルフがチェーンバインドを解除して、しんがりを務めた。
 作られた穴が閉じられると同時に、何事も無かったかのような静寂が四人を包んだ。

「何か、闇の書事件の時を思い出すね、この状況」

 嫌な事を思い出すように、アルフ。
 同じ街並みにだが、色彩の違う封鎖結果の中は、確かに彼女の言う通り、あの事件の始まりを思い出させるには充分な舞台だった。
 クロノは警戒心もそこそこに、魔力強化した視力で結界内部を眺望する。無人の住宅街に変わったところは何も見受けられなかった。

「フェイト、なのは、はやての魔力は感じるか?」
「……ううん」
「リインの魔力も、今は感じない……」
「こっちもだよ。ザフィーラ達の魔力も相変わらずだ」

 突入すれば何かが起こると思っていたが、何の前触れもない。
 クロノは眉をひそめながら沈思する。

「……はやての家に行くぞ」

 誰も異論は唱えなかった。現状はそれ以外に選択肢が無いのは、この場にいる全員が分かっていた。
 風を切り、八神家に一気に飛ぶ。
 ほどなくして、良く知る民家が視界に入った。
 八神家。
 音も無く、クロノ達は玄関先に着地した。相変わらず誰の気配もしない。いや、それどころか物音一つしなかった。
 無駄だと分かりながら、クロノは呼び出しベルを押す。チャイムの音が粗末なスピーカーから響く。結界内であっても、そこに存在している物体は機能を失う事は 無い。展開する結界の目的用途によっては完全に機能停止してしまう場合もあったが、今はしっかりと稼動していた。
 全員がクロノの指先――呼び出しベルを凝視する。

「やっぱり、誰もいないね」
「……これでシャマルがエプロン姿で出て来たら、逆にびっくりだけどね」

 頬を緩めずにアルフが軽口を叩く。
 クロノは取り回しに便利なデュランダルを手元に残して、S2Uを待機状態へ戻すと懐に戻した。

「エイミィ、これからはやての自宅を調査する。外部調査を緩めるな。何かあればすぐに連絡を」
『了解。応援要請はもう済んでるよ。念の為にユーノ君にも待機してもらってる』
「ユーノ君が、ですか?」

 なのはが眼を丸くする。それはそうだ。無限書庫司書として実績を上げ続けているユーノは、事件の前線を離れて久しい。結界魔導師としての魔力資質は充分に 頼りにできるものだが、彼は非戦闘員だ。エイミィの言葉に疑問を持つのはもっともである。なのはの場合、単純にユーノの身を案じている のだろうが。

『違うって、なのはちゃん。リインちゃんの設計開発にはユーノ君にも協力してもらってるから、それで――』

 この結界を展開しているのは、魔力からしてリインフォースである事に間違いはない。
 だが、一体何の為にこれだけの規模を持つ封鎖結界を創り出したのか。訓練の為かと言われれば理由としては説明がつくが、そもそも、八神家に訓練を必要とする 人間はいない。趣味の一環として行うシグナム以外、元より戦闘行動そのものを嫌う性格の者ばかりだ。それに、住宅地の、それも自宅を発生源にしているのだから 益々持って意図が掴めない。
 短い沈黙が落ちる。その後、なのはが確認をするように言った。

「リインちゃんが……まさか」
「なのは」
「でも、フェイトちゃん」

 歩み寄るフェイトに、なのはは困惑の色を強くする。
 エイミィが途中で切り上げた言葉の先が何だったのか。
 どうして非戦闘員となったユーノが出張らなければいけないのか。
 この中で一番リインフォースとの付き合いの短いクロノですら、それは看破できていた。

「フェイト、前衛を頼む。僕が外部との中継代わりをする。なのはは索敵。アルフは後衛だ」
「―――」
「復唱しろ」

 定期的なメンテナンスを必要とする中途半端な完成度。
 ロストロギアクラスの巨大ストレージ。
 それの半分を構成している夜天の魔導書の欠片。
 不安要素としては充分な数ではないか。
 少ないながらも可能性が出て来るのも当たり前ではないか。
 ――暴走の可能性が。

「了解」

 クロノを除く三人が重苦しく言った。息苦しさが密度を増し、クロノの双肩に圧し掛かる。
 それを振り払うようにして、クロノは門を開けた。
 前衛のフェイトが気配を殺し、一足飛びで門へ飛び込む。四メートル弱の長い玄関を抜け、扉の前に着地。緊急用に扉に防御魔法を施し――扉越しに攻撃魔法が 飛んで来ないとも限らない――ドアノブを慎重に掴み、右へ回した。カシャリという金属音がフェイトの手に扉に鍵がかけられていない事を知らせる。

「行けるよ」

 クロノとなのは、アルフが走り、合流。フェイトは意を決したように扉を一気に開け、躊躇無く身を翻した。
 扉の向こう側は、水を打ったように静まり返っていた。外と同じだ。一切の気配が完全に感じられない。
 ただ、息苦しさが増したように思えた。胸を押さえ付けてくるような視認できない抑制感が、淀んだ空気のように家の中に充満している。
 土足のまま、フェイトが家に上がり込む。小声で小さく『ごめんね』と律儀に謝罪している辺り、何とも彼女らしい。一瞬緩みそうになる口元を、クロノは慌てて 締め直した。どの道結界内だ。何を行おうと、結界が解かれればすべてが元通りになる。靴跡も何も残らない。そう、『残らない』のだ。
 フェイトは逡巡を挟まず、リビングへ駆け込む。クロノは片手杖のデュランダルで周囲を警戒しながら彼女の細い背中を追った。

「………」

 誰もいない。
 先に突入したフェイトは、バルディッシュをキッチンへ向ける。
 やはり、誰もいない。

「クロノ」

 自分を呼ぶフェイトには何も答えず、クロノはリビングの窓硝子に歩み寄った。鍵はかけられている。取っ手を掴むが、当然動かない。
 嫌な予感が一瞬にして悪寒に変貌した。
 鍵を外そうとする。
 しかし、外れない。ビクともしなかった。

「クロノ君!」

 背後からなのはの叫び声が聞こえた。悪寒が戦慄に変わる瞬間だった。
 魔法選択、近接補助魔法のアイシクルブレイド。複雑怪奇な術式構築を半秒で強引に終了させ、氷結の刃を顕現。
 外からの光が、靄を生み出す氷の刃の輪郭を浮き彫りにする。それは綺麗な弧を描き、窓硝子に斬痕を刻む――はずだった。

「ちィッ!」

 殺していた気配を解放して、クロノは忌々しげに舌打ちをした。痺れた腕を庇うように抱きかかえ、窓硝子から飛び退る。

「クロノ君!?」
「何でもない、痺れただけだ。なのは、どうした!?」

 肩越しに振り向くと、微かに唇を震わせたなのはが見えた。暗がりのせいでよく見えないが、顔色は悪い。死者でも目撃したかのような風貌だった。

「ア、アルフさんが、いきなり、消えちゃって……!」

 咄嗟に視線をフェイトへ移す。

「……リンクは……大丈夫」

 掠れた声が答えを投げて来る。
 クロノは舌打ちを何とか堪え、自身の迂闊さと先読みの不出来さを呪った。

「……やられたな、これは」
「クロノ、これって」
「ああ、物質的な建造物を触媒として構築される結界魔法の一つだろう。エイミィ、聞こえるか?」

 応答は無い。接続されている回線の不具合でも何でもなかった。雑音一つ鼓膜を叩かない。
 クロノは維持の無駄となった思念通話の回線を切断すると、淀んだ空気を吐き出すように深い溜息をついた。

「建造物の構成物質一つ一つに干渉して展開するから、その強固さは強装結界の非じゃない。展開範囲を限定すれば、より高い効果も期待できる拠点防衛用の AAA+クラスの結界防御魔法。もっとも、術者が内部で結界維持をしなければならないからトラップや咄嗟の使用には不向きな魔法さ。どちらにしろ、 そっち方面が得意のユーノでもまず展開できないレベルだ」
「これも、リインちゃんが?」
「そう見て間違いない」
「じゃあ、アルフは!?」
「どこか別次元に閉じ込められたと考えていいだろう」

 現在の八神家は、完全な牢獄と認識するべきだ。侵入が容易にできた為に油断していた。こうした封鎖型トラップは予想できたはずだった。
 クロノは素早く視線を巡らせ、室内の異常を探る。悲観的になるのは簡単だ。悔やむのも誰でもできる。だが、今はその時ではない。
 幸いにも、室内には罠らしきモノは無かった。八神家の見取り図を頭の中に思い描き、一階に後どれだけの設備があったかどうか思案する。
 あまり訪れた事は無かったが、何となく図面は出来上がった。

「フェイト、なのは、行けるか?」

 見詰めた先で、彼女達は不安そうにしながらも、しっかりと首肯した。
 彼女達とて、今日まで何度も危険な場面を潜り抜けて来た。この程度の危機で脚を竦めてしまうような脆弱な存在ではないのだ。

「散らばるのは危険だ、固まって動くぞ」

 リビングには用は無い。瞬発力のあるフェイトを前衛にしたまま、クロノは廊下に戻った。
 右を向けば青白い光を滲ませている玄関がある。
 左を向けば闇色に満ちている廊下が続いている。

「この先は確か」
「お風呂とお座敷だよ。それから」
「物置とはやてとヴィータの部屋だね」
「二階には?」
「シグナム達の部屋があるぐらいかな」

 直感が囁く。二階には恐らく誰もいないはずだ。はやての脚が完治して久しいが、彼女の寝室は今も昔と変わらぬ一階にある。はやてと離れる事を良しとしない リインフォースが二階にいる可能性は低いだろう。

「フェイト、まずは一階から行くぞ」
「了解。バルディッシュ」
『Yes sir.』

 先端部分に内蔵されている金色の宝石が明滅して、松明のように輝いた。
 薄気味の悪い通路が魔力の灯りによって照らされ、その先が見えた。
 フェイトが脚を踏み出す。床材が軋み、ギィと鳴った。背後から小さな悲鳴が漏れる。振り向くと、なのはが身を竦めてそわそわと身じろぎをしていた。
 思わず失笑がこぼれてしまう。

「ク、クロノ君!」
「いや、済まない。怖いのか?」
「こ、こういう雰囲気って、ちょっと苦手で」
「ほら」

 縋るようにレイジングハートを握り締めている片方の手を取る。そのまま軽く握って、引いてやる。

「足元が暗い。トラップがあるかもしれないから注意を怠るな」
「う、うん。ありが、とう」

 恥ずかしそうに、なのは。
 心なしか、先を行くフェイトの足取りは早くなったような気もしたが、クロノは何も言わずに彼女の後を追う。
 シグナム、シャマルの部屋の扉が並んで見えた。その向かいにはやての部屋がある。
 どこから調べるか。調査に時間を長くかけている余裕は無いだろう。音信不通になった事でエイミィが何かしらの対処法を講じるはずだ。この現象がリインフォースの 暴走によるものなのか、それすらも分からない状態では悪戯に被害を拡大するだけとなる。
 まずは一番可能性の高いはやての部屋から調べる事にした。

「フェイト、はやての部屋だ」

 肯いたフェイトは身を翻し、扉の横に身を付ける。それを倣うクロノとなのは。
 今度はクロノが扉のドアノブに手を伸ばした。ひんやりとした金属の感触が掌に広がる。そういえば、こうしてはやての寝室に入るのは初めてだなと、ドアノブを 捻りながら考えた。
 そんな平和的な思考も、フェイトが扉の隙間から中に侵入する頃には綺麗に消えていた。
 クロノが続き、そして後衛を務めていたなのはが最後に入ろうとして――。

「なのは?」

 振り向くと、彼女の手を握り締めていた左手から先が無くなっていた。
 ギィギィと音が響く。木製の扉だけが、風も無いのに、安楽椅子のように規則正しく揺れていた。
 そしてその扉は、クロノが眼を見開いている間に独りでに閉まった。

「―――」

 耳が痛くなるほどの静寂。
 クロノは自分が意識をしっかりと保っているのか疑った。
 おかしい。喩えハイレベルな結界魔法を構築して、その中に閉じ込められてしまったからと言って、何の魔力的な痕跡も残さずに外部干渉型の転移魔法を行使・操作 できるはずがない。ましてや、自分で彼女達に説明をしたように、この手の結界魔法は使用者も内部に閉鎖される。何の変哲も無いただの一軒家という極々限られた 空間しか存在しない場所で、事前に感知するどころか、発動した事にさえ気付けない転移魔法が行使できるはずがなかった。
 沁み込むような恐怖が、ジワジワと背中を這って来た。無数の蟲が蠢いているような嫌悪感と不快感が汗と共に噴き出る。
 その汗が、クロノに一つ決定的な現実を思い出させた。

「フェイト!」

 部屋を見渡す。
 しかし。
 誰もいない。

「―――」

 大きなベッドと沢山の本が納められた書籍のある寝室には、もうクロノ以外、誰もいなかった。

「フェイト! なのは!」

 返事は無い。
 気配は無い。
 魔力は無い。
 音は無い。
 無い。
 何も無い。
 どこにも無い。
 無い、ない、ナイ。
 猛烈な孤独感がどこからともなく湧き出て来た。それは抑制していた恐怖心と深く混ざり合い、喪失感に変貌する。
 寒くもないのに身震いがした。背中と両肩が急激に悪寒に晒され、クロノは耐えられずに背中を丸めた。自分を抱くように膝をつく。
 頭が真っ白になる。何が何だか分からなくなる。ここがどこで、自分が何で、何をしようとしているのか、分からなくなる。平衡感覚も失われ、自分がいる場所が 床なのか、天井なのか、壁なのかさえも分からなくなる。
 強烈な吐き気がした。

「くッ――!」

 狂いそうになる頭を床に叩き付ける。何度も何度も。
 身体を弓のようにしならせ、頭蓋を破壊するつもりで床に額をぶつける。
 意識が白熱し、激痛が脳天から爪先まで身体中を駆け抜けた。頭蓋骨が割れたかと思えるぐらいの痛みだった。
 だからこそ、失いかけていた意識は憑依するように戻って来た。
 引き摺るように身を起こす。
 震えていた肩はもう止まっている。背中の悪寒も、突発的に込み上げて来た吐き気もすっかり納まっている。
 クロノは前を見た。射抜くように、ベッドの上を見据えた。

「……どうして、君がいる」

 『白い』服。
 滑らかな脚。
 細い腰。
 豊富な胸。
 流れる『蒼い髪』。
 宝石のような紅の瞳。
 大人びた顔立ち。
 耳から伸びた『蒼い色の羽根』。
 見間違えるはずがない。忘れるはずもない。今でも鮮烈に思い出す事ができる。わずかな言葉しか交わさなかったが、その存在と名前だけは死ぬまで忘れはしないだろう。
 父を奪い、母を悲しませ、自分達ハラオウン家に『こんなはずじゃない人生』を決定的に与えた根源。

「夜天の魔導書の意思――リインフォース」

 その名に、無感動だったはずの彼女は、薄っすらと笑った。
 子供が我を忘れて遊ぶ時のような無邪気な笑みだった。
 子供が戯れに蟲の殺す時に浮かべる笑みだった。



 ☆



 眼を閉じてどれくらいになるだろう。
 クロノに握ってもらっていた手からは、すでに彼の温もりは無くなっている。そして気配も感じない。むしろ、周囲がどうなっているのかさえも分からない。
 漠然とだが、今の自分が孤立状態にあるという事実だけが理解できた。アルフのように自分もまた何者かのよってどこかに転移させられてしまったのだろうか。
 しかし、それにしたってあまりにも突発的過ぎる。転移魔法の類の気配は一切感じなかった。レイジングハートすら何も感知しなかったのだ。
 このまま眼を閉じていては駄目だ。喩え恐ろしくても、眼を開いて周囲を見なければ何も分からない。
 ゆっくりと、なのはは眼を開けた。

「――嘘――」

 無意識に舌の上を転がる現実逃避の言葉。
 愕然としたなのはは、呼吸をする事も忘れて走り出した。『硬いコンクリートの床』を蹴り飛ばして、『沢山の空薬莢に脚を取られながら』走り抜け、 弛んだ輪ゴムのようになってしまった『金網』に飛びつき、『遥か眼下』を望んだ。
 頭上には雨雲があった。だが、そこには巨大な穴が穿たれ、満点の星空が見える。
 眼下にはクラナガンの中央都市があった。長い雨に打たれ続けたビジネス街はひっそりとしていて、まるでゴーストタウンのようだった。
 背後に振り返ったなのはは、ここが高層ビルディングの屋上である事に気付く。

「どうして」

 幻覚系統の補助魔法の類か。自分で思案した候補を、なのははすぐに否定する。幻覚にしてはあまりにも現実味がありすぎる。時折微かに耳に届く破壊の音が、 『二年前のあの事件』を強烈に思い出させた。
 そう、あの事件――デバイス暴走事件の最後の地。あの狂った科学者と決着をつけるべく臨んだ場所がここだ。

「よう、エゴイスト」

 粘着性の強さを思わせる声音に、なのはは反射的に身構えた。声の出所を探る。

「ここだよ、ここ」

 長身痩躯のその男は、広い屋上の中心に佇んでいた。
 銀髪に細面の顔立ち。縁取りの無い眼鏡。右手には分厚い辞書を握り、左手には拳銃を握っている。
 なのはは粘着く口に不快感を覚えながら、確かにその男の名を紡いだ。

「レイン・レン」

 その男は、口元が歪むほどの深い笑みを作ると、眼鏡のブリッジを押さえた。

「よう、元気にしてたかぁ、エゴイスト」
「どうしてあなたが……!?」
「さぁ、どうしてだろうねぇ。考えてみろよ、その乳臭せー脳味噌よぉ」

 あらゆる可能性を模索して、なのははすべて破棄した。
 有り得ないのだ。レイン・レンが自分の眼前に立つ事なんて、まず絶対に起こり得る事ではない。デバイス暴走事件の首謀者として二年前に逮捕された彼は、 虚数空間幽閉という極刑を受けた。生きて出て来るなど有り得なかった。
 レンは喉の奥を鳴らしながら、なのはに左手の拳銃を向けた。あの時と同じように気だるい動作だ。しかし、その銃口は微動だにせず、正確になのはの眉間に 狙いを定めている。

「クロノ君は元気かな? あの人造人間と宜しくやってる?」
「………」
「おいおいおいおい。死んだと思った悪人がまた出て来てラスボスやるっていうのは、どこの世界でも蔓延ってるお約束事だろうがぁ。いつまでグリグリ気味わりー 目玉を動かしてんだ、ああ? そんなんで未来の教導隊ができんの?」

 聞くに耐えないその暴言の数々が、風化しつつあったレンの記憶を鮮烈に思い返させた。
 無言のまま、なのははレイジングハートを構える。先ほどから沈黙している相棒に不安が無い訳ではないが、レンの装備は二年前とは違って最低限だ。ショットガンも サブマシンガンも大口径のリボルヴァーも無い。
 どうして再び出て来たのか。そんな理由はこの男を再び逮捕してから考えればいい。自分だって二年前とは違うのだ。完成したACSで確実に停止させる――!

「しかしよぉ、二年以上も経ってるってのに全然成長してねぇな、エゴイスト。まだ処女のまま?」
「あなたと話す事は何もありません」
「お。やる気になったのか、エゴイスト。ん〜、ちょっとゾクゾクしたよ〜、その凛々しい顔! もう三年くらい経てばマシになるかなぁ? 十五歳かなぁ。もう僕は色々とクライマックスしちゃうよ?」

 会話がまったく成立しない。元より、するつもりもなかった。自分の宣言通り、なのははこの男と交わす言葉を持たない。

「しかしなぁ、もうエゴイストって言っても全然効きませんって感じだな。あの時はもうグラグラ〜ってしてて酷いもんだったのによぉ。あ。あれは結構萌えたよ僕」

 完全に無視を決め込む。レイジングハートにカートリッジロードを指示。返事は無かったがカートリッジシステムは稼動し、鋭い音を響かせて空薬莢が排出された。

「で。てめぇは今も誰かの笑顔を守る為に、誰かを笑顔にする為に、その化け物じみた魔力を使ってんの?」
「………」
「沈黙は肯定と受理しまーす。いや、健気だねぇ。私利私欲の為に使わず、世の為人の為って感じ?」
「あなたは何が言いたいんですか?」
「てめぇを否定してやりたい」

 即答したレンが両腕を広げ、空を仰いだ。

「ネタバレだ。この世界は、てめぇの深層心理の奥のそのまた奥だ」
「深層……心理?」
「要はてめぇの心の終着地点さ。てめぇが外に振り撒いてるご大層な信念やら偽善めいた行動が詰まってる場所だよ、馬鹿。今は外部からの干渉によって姿を 変えてる。そして、僕がその干渉の元って訳だ」
「干渉って……もしかして、私やアルフさんと転移させた……!?」

 その存在が元凶なのだろう。考えたくはなかったが、もしかすればリインフォースなのかもしれない。
 だが、それにしたって無理がある。深層心理下にまで影響を及ぼす幻覚系統の魔法は簡単には行使できない。それも一人ではなく、複数の人間に対して発動させていると なると尚更だ。ロストロギアクラスの魔法管制システムでも導入しない限りは処理が追いつかない。
 やはり、リインフォースなのだろう。それでも腑に落ちない。どうして彼女がこんな思い出したくない記憶を掘り起こすのか。

「分かんねぇだろうなぁ、目的が」

 なのはの心中を読んだかのように、レン。彼は銀髪の下に獰悪な笑みを浮かべた。

「さっきも言ったろ、てめぇを完全否定する為だって」
「それはあなたでしょう! リインちゃんがそんな事!」
「そう、これはあの管制人格の餓鬼には一切関わりがねぇ。あの餓鬼はてめぇが身動きが取れないようにランダムで幻覚魔法を行使してるんだよ。深層心理下にまで 没入できる忘れたい嫌な思い出を掘り起こしてなぁ!」
「リインちゃんが……!?」
「さぁて、そろそろこうして話すのも飽きて来たなぁ」

 芝居がかった仕草で、レンが前髪を掻き上げる。ふっ、と足元から何かを持ち上げた。
 それはサッカーボールぐらいの大きさの『何か』だった。思わず身構えたなのはは、それが何なのか確認する為に眼を細めた。

「ひ――!」

 息が詰まった。眼が食いついたようにレンの手を見詰めて離さない。
 呼吸がうまくできなかった。肺が凍結してしまったかのように動かない。
 レンが掴んでいたのは人の頭だった。胴体と繋がっていた首の部分からは赤い雫が今も落下している。

「ほらよ」

 首を、レンはリフティングのように手荒に蹴り飛ばした。ゴミのように扱われた首は放物線を描き、なのはの足元にゴトンと虫唾の走る嫌な音を立てて転がった。
 息ができなかったので、なのはは悲鳴も上げられずにその場から離れようとして――できなかった。
 首が転がる。
 ごろごろごろ。
 首が止まる。
 ごとん。
 苦悶の表情。絶叫の痕跡か、口は大きく開いたまま閉じておらず、涎がダラリとこぼれていた。眼は死を実感しながらだったのか、恐ろしさのあまりに白眼に なっている。涙の痕もありありと見て取る事ができた。
 知っている顔だった。知らないはずがなかった。

「ユーノ君」

 大切な幼馴染だった少年が、首だけの存在となり、浅ましい表情で爪先に転がっていた。

「―――」
「そう、てめぇの大好きな男の子だぁ」
「――ぁ――」
「同い年だっけか? クロノ君と人造人間と違って、健全な仲にもなれただろうに。おお、残念残念」
「――ああ――」
「こいつも不幸だよなぁ。てめぇと知り合っちゃったが為にこんな死に方しちゃうんだから」
「――あああ――」
「で、どう? 今の心境? 俺が憎い? 殺したい? ご自慢の突撃砲でズッコンバッコン僕の尻穴ファックしたい?」

 壊れる。
 理性が壊れる。
 分別が壊れる。
 感情が壊れる。
 自分が壊れる。
 あらゆるモノが壊れて行く。
 これがただの幻であると、理屈ではなく心で理解していれば。
 姿を見せていたのがレイン・レンではなく、もっと違う存在だったのなら。
 恐らく冷静になり、ユーノの無残な死に様が幻覚魔法の一種であると認識できたかもしれない。
 でも、無理だった。

「ああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 ユーノの頭部を抱き締めたなのはは、喉が潰れるまで絶叫し続け、レンへ走った。





 continues.





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 □ あとがき □
 読んでいただきましてありがとうございました。
 分量的にかなり長くなってますが、ちょっと節目的にこの辺りが妥当だったので。
 いやぁ、やっぱこの手の話は胸が透くような気持ち。またレンを普通の役として書けて自己満足。
 次回はフェイト。SC再び。相手はレンじゃないです。そうなると、もう相手が誰かは必然的に決定される訳でして…。
 甘い話は、もう、お終い。





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