残された二人の少女は無言のまま対峙している。
 何も口にはしない。視線だけを交わらせて、互いの眼を見詰め続けて微動だにしない。その情景は鏡を合わせたかのように思える。
 蒼天の書の管制システムの中枢区は、未だリインフォースが半分を掌握している。奪還できたのは情報管理や末端関係の魔導システムのみに留まっており、守護騎士 システム等の最重要プログラムは堅牢な防御プログラムでリインフォースの深層心理、意識下に置かれている。ユニゾンイン状態ならば高速演算で処理を行い、あらゆる 事象に対応可能になるし何通りも手段を講じられるが、肝心のユニゾンデバイスの少女とこうして相容れぬ感情をぶつけあい、相対状態にある。無理な相談も甚だしい。
 どうするか。緊張で乾いた唇をひと舐めして、はやては思案する。
 クロノにあれだけの啖呵を切った以上、いつまでも逡巡を巡らせている訳にはいかない。視界の片隅に随時投影している空間モニターには、転移を無事に済ませて 戦闘を開始しているクロノとユーノの一部始終が映し出されている。相手は最悪最低だが、今は彼らを信じるより他に手は無い。
 なのはとフェイトは、その消耗具合からして紙一重だった。この事件が無事に終わったとしても、半月は不自由な入院生活を強いられると見て間違いない。
 二年前の冬。あの二人は命懸けでリインフォースの説得に努めてくれた。尽力してくれた。そして今は友達でいてくれる。生まれたばかりの二代目祝福の風に世界を 教えてくれている。

「ホンマ、私とリインの事で迷惑かけっぱなしや」

 本当に頭が上がらない。これからも、きっと二人には頼って行く。借りばかり作っていて情けないと思う。

「お返し、してあげなな。その為にも」

 言葉を切り上げたはやては身体全域に魔力を循環させる。騎士甲冑を構築。魔導管制としてシュベルトクロイツを顕現。その切っ先を愛する相対者へ翳した。
 リインフォース・ツヴァイの表情が強張る。こうなると分かっているはずなのに、彼女は微かな困惑を覚えている。あれだけ明確に答えを告げたというのに。
 愛する主に哀しげな敵意を向けられている現実に、ユニゾンデバイスは下唇をわずかに噛むばかりだった。

「リイン。これが最後通告や。この大規模な結界幻覚魔法、早く解きぃ」
「嫌です」
「……そか。なら……」

 はやての意思は判然としている。一度決めたのであれば、どんな障害が発生しようと、何が起ころうとも貫き通す。それが高町なのは、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン の二人の親友と共通する『強さ』。八神はやてたらしめている所以。
 はやての瞳は揺るがない。決定した意思は現存する如何なる物質よりも強固なモノとなり、剣十字を模した騎士杖の先に乗せられてリインフォースを討つ。

「―――」

 蒼髪の少女に明らかな狼狽が走った。脅えるように後ずさる。聞こえるはずのない踵が床を打つ音を、はやてはしっかりと耳にした。
 リインフォースの気配が大きくなる。見に覚えの無い罪を理不尽に咎められているかのように、彼女は首を小刻みに横へ振っている。先代の怜悧な銀髪を思い出させる 蒼髪がふわりと広がる。

「っ……!」

 シュベルトクロイツを握る指に必死に力を篭める。そうでもしなければ取りこぼしてしまいかねない。
 剣十字のペンダント。逝ってしまったリインフォースの残骸。彼女が生きた確かな証。それを象徴とした杖を、何故同じ容姿の少女に向けなければならない。
 この子に悪意も害意も無い。あるのは愛する主に笑顔を取り戻して欲しいという純粋な願いだけだ。それを分かっていながら武器を向けて暴力を行使しようとしている 自分。何て身勝手な。自分がしっかりしていれば、こんな事にはならなかったのに。

「確かにそうや。でも、そんな風に思うのももうウンザリや」

 意思が指を動かす。十本の細くしなやかな指が高分子素材の騎士の杖を握り締める。

「我侭は友達に嫌われる。そう教えてくれたのはリインフォースや。それを……今度は私が教えたる!!!」





魔法少女リリカルなのは SS

Snow Rain

♯.5





 湧き起こる焦燥心。クロノは思春期をどこかに置き去りにした冷徹とも言える心を総動員し、自身に冷淡さを追求した。
 網膜を焼く閃光が断続的に発生。堅牢な防御魔法で覆われた複合装甲すら容易に貫通する魔力弾頭が飛翔し、クロノが数瞬まで身を置いていた空間を抉る。続けて 撃ち込まれる怒涛の射線を身体能力のみで回避。無駄な魔力は一切使わない。
 雨に濡れた石畳のジュキングコースに着地。勢いを殺すように水飛沫を蹴り立てて、黒髪のクロノ・ハラオウンは乱れの無い呼吸を行う。
 数十メートル前方で、白髪のクロノ・ハラオウンは無感動な表情で雨に打たれていた。手には魔力残滓を水蒸気のように吐き出しているレギュレイテッドS2U。 大気中の魔力素を元に高出力の魔力を生成し、さらにリンカーコアを圧縮するという魔導師生命に自ら刃を立てるような暴挙に踏み切って絞り出した純粋魔力をバイナリー させる事で驚異的な魔力を獲得出来る杖。
 執務官試験合格の祝いの品として母から贈られた思い出の品は、残骸以下のガラクタに成り果てている。
 過去の自分を見ている以上に、クロノは辛い。しかし、眼を背ける事は許されない。それが自分が犯した罪の記憶そのものなのだから。

「本当に……二年前の僕は一体何をしていたんだろうな」
「それは君が一番良く知っている事だろう?」

 嘲笑しているはずなのに、起伏の乏しい平坦な声。
 直後、二人のクロノ・ハラオウンは疾風となって衝突する。澄み切った紺碧の魔力光が走り、それに追随して淀んだ蒼穹の魔力光が駆け、火花と魔力残滓を撒き散らして 幾度も拮抗する。魔導師の杖が噛み合う金属の絶叫。蹴散らされる飛沫の水音。互いに互いの身体を蹴り飛ばして付かず離れずの距離を保ち、ほぼ同時に同様の魔法を 行使。
 スティンガーレイ。蒼白い光弾が尾を曳き、二人のクロノ・ハラオウンの間隙で交錯する。幾度と無く弾頭は衝突を繰り返し、圧壊。強烈な魔力素をぶち撒けて対消滅 する。その現象が刹那に六回は起こり、回数は加速度を付けて上昇した。
 スティンガーレイは地味で破壊力に関しては小規模な牽制用射撃魔法だが、優れた弾速と対防御魔法性能、消費魔力の低さは、魔法に於いて高い汎用性を求めるクロ ノが厚い信頼を寄せる、まさに理想の攻撃魔法の一つだ。
 しかし、白髪のクロノはそうではない。彼は理不尽で不条理な破壊を求めている。圧倒的な火力で目標を徹底蹂躙し、過剰殺戮する事を切望している。にも関わらず、 その力を全力で振るう事が出来ず、無様な苦戦を強いられている。
 消費魔力も攻撃力も抑えた牽制用の射撃魔法を軸に小技で小競り合いを繰り返し、隙に付け込むように踏み込んでも、それは黒髪のクロノが設置した狡猾な罠であり 撤退を余儀なくされる。不用意な行動は設置展開型の拘束魔法の発動の引鉄となり、白髪のクロノは苦虫を噛み潰してバインドを魔力任せに破壊する。
 如何なる距離でも全性能を遺憾無く発揮出来るよう自身に過酷な訓練を課し続けて来たクロノ・ハラオウンならば、自分より遥かに高い魔力を備える相手と相対した 際、展開される情景はこれがベストだ。敵の出方を窺い、焦らし、虎視眈々と機会を待つ。
 白髪のクロノは、現状を好ましく感じていない。飢えた獣が血の匂いを発する肉を目前に大人しく腰を据えているはずがない。

(――僕とやりあっていたユーノは、きっとこんな気分だったんだろうな)

 中破したレイジングハートを魔力増幅器として持参しただけで、満足な勝算も無く挑んで来た悪友。その行動は、やっぱり自殺行為だ。それを半ば模範するように 拮抗を保っているのだから、苦笑せずにはおられない。
 来るか。潤沢な戦闘経験と培われた勘がそう疑問符を抱いた瞬間、敵の弾幕が分厚さを増した。歪なS2Uと徒手空拳だった左手を、その人差し指を突き出して、 そこを基点に独力でスティンガーレイを行使。デバイスの補助を受けていない以上は精度は下がり、消費魔力も上がっているだろう。そもそも、この牽制魔法は的確な 命中精度と弾速で目標の足止めを目的として記述開発されている。付随効果として対防御魔法性能も高められているが、独力での術式構築ではそれらのメリットが巧く 運用出来ない。脅威にならない攻撃を悪戯に繰り返しても効果は望めない。
 訝しんだクロノは、すぐに疑念を破棄して回避機動を採った。
 白髪のクロノ・ハラオウンは左手で弾幕を張りながら、自由になったR−S2Uでスティンガースナイプの強化型の術式を構築。撃発音声も無しにデバイスを振り翳して制御 解放。切っ先から射出された四つの光は音速戦闘機の如き複雑な軌道を描き、防御と回避に没頭している黒髪のクロノ・ハラオウンを包囲する。

「あの時のなのはの気分も分かるな……!」

 焦ろうとする自分。恩師の言葉を胸に刻み、クロノは考え得る方法をすべて持ち出して捌こうとする。
 窮地の時ほど冷静さが最大の友。確かに二年前の自分との魔力差は雲泥だ。しかし、今の自分より遥かに非力などこぞの司書は満身創痍になりながらも、白髪のクロノ との戦いに勝利している。
 ならば、今の自分は無傷で勝たなければならない。
 一体どんな理屈でそうなるのかは分からないが、あの腹の立つ悪友かつ親友に負けを喫した気分になって嫌気が差すのだ。
 それに、焦ろうとする自分はいても、負ける自分の姿はビジョンとして脳裏はまったく浮かばない。根拠の無い自信でも無いので、それは本能が告げる確信に近い。
 首を振り、身を捩り、紙一重で四方から迫る魔力の帯を回避。一瞬だけ背後に振り返ると、上半身だけ起こして、こちらを見詰めているフェイトと視線が交わった。

『心配か?』

 恐るべき破壊力を孕む閃光を防御する。死の風が頬を叩き、体内の魔力がごっそりと削がれる。
 しかし、黒髪のクロノは微笑む。世界で一番大切な少女を安堵させる為に、被弾の衝撃に軋む身体を無視して、痩せ我慢の感情を彼女へ贈る。
 死と直面しているというのに、おどけて見せる。ポーカーフェイスが苦手な彼らしからぬ行為に、フェイトは擦過傷だらけの顔をキョトンとさせて何度も瞬きをする。

『大丈夫だ』

 一発は防いだ。二発目と三発目が時間差で頭上と前方から来る。鋭い撃発音。それを引鉄に四発目の弾速が低下する。意図的に落として追加術式を入力され、破壊性 能を増していると判断。今まさに跳躍の予備動作に入ろうとしている白髪のクロノが何よりの証左だ。確実にこちらを仕留めるつもりだろう。
 どの道、このスティンガースナイプの強化発展型を防御して凌ぐのは難儀な上に効率が悪い。
 仕掛けるなら今だろう。焦らすという点に於いて、白髪のクロノは十分に焦らされている。
 頭上、前方の弾頭を、その軌道を視界で捉える。照準を推察。腰を落として膝を折り、弾き出した予測を信じて、補助魔法の術式を構築させているS2Uを、術式を 維持したまま鈍器のように横薙ぎに。二発目を叩き潰し、返す刃で三発目を撃墜。反動で握る腕が折れそうになる。膂力が痺れという名の強奪者に奪い取られ、杖を握っている 感覚が消失する。

『……これで終わりにするさ。あの事件も、この……僕の残骸も』

 S2Uで構築していた補助魔法を撃発音声無しで制御解放。魔力回路に供給されていた魔力が溢れ、クロノの頭上数メートルを基点として設置展開型の拘束魔法を 設置。温存しておいた魔力の多くを供給。
 四発目は鋭角な弧を空間に刻み、人間の動態視力と反射神経を超越する速度で背後に回り、光の鏃を、その切っ先を黒髪のクロノの背中へ向ける。
 白髪のクロノが、自身が放った四発目のスティンガースナイプと同格の速度で路面を蹴る。陥没した石畳が大きな砂利となって後方へぶち撒けられた。
 何もしなければ、黒髪のクロノは背後から串刺しにされた上に一刀両断されるだろう。
 すべては読み通りだ。二年前のユーノが口にしていた通り、コワれた執務官は眼前の敵を有り余る火力で真正面から馬鹿正直に叩き潰す事以外、何も考えていない。
 普通ならそれで十分過ぎる脅威だ。だが、その手の内を知り尽くしている同一人物たる黒髪のクロノならば、二手三手先の行動を推察して、それを潰す策を講じる事 など容易である。

「――!」

 咆哮は無く、剥き出しにされるのは殺意と敵意。純真無垢な害意は歪んだS2Uに乗せられて、大上段に振り上げられる。
 クロノは眼前の白い凶人を無視して身を翻した。デュランダルで四発目のスティンガースナイプを補足し、氷属性の砲撃魔法を行使。相殺して強引に吹き飛ばす。
 迎撃の為に背を向けてしまった黒髪のクロノ・ハラオウンの後頭部めがけ、白髪のクロノ・ハラオウンがR−S2Uを振るう。阻むものなんて何一つ無かった。どれだけ 優れた使い手でも、砲撃魔法後はその衝撃の緩和・中和でデバイス諸共最短で半秒は動けない。
 そう、魔法を行使した魔導師は動けない。しかし、魔導師が設置した自動展開型の魔法は設定に準じて発動する。
 濡れ羽根色の黒い髪にR−S2Uの先端が触れるか否かというところで、それは停止した。

「腕の良い魔導師になればなるだけ、こういうバインド系には弱くなる。これは傾向としてどうかと思うぞ」

 二発目を弾く一瞬前にS2Uで構築して設置しておいた、魔力を過剰供給して効果を向上させたディレイドバインド。クロノの頭上で活性化を示す回転運動を行っている ミッド式の魔法陣が、闇色の鎖達を幾つも吐き出してR−S2Uを雁字搦めとしていた。押しても引いても微動だにしない強固な魔力の鎖だ。

「君もほとほと学習しないな。レイン・レンもそうだったが。……と言っても、手の内を知った上で思考ルーチンも完全に把握しなければ、君の速度には対応できない だろう」

 同一人物だからこそ可能となった、思考の把握と看破。さもなければ、あのシグナムでさえ指先一つ動かせずに始終蹂躙されてしまった白髪のクロノ・ハラオウンを 相手に損害無しで制圧するのは不可能である。

「君は僕だ。二年前の僕自身なんだ。手に入れた力だけを信じて、真正面から敵を叩く事しか考えていなかった。それが可能だと信じて疑わなかった。 だから馬鹿正直に突っ込んで行く」

 感覚を奪われた右手に魔力を流し込み、擬似神経を構築。S2Uを構え直して、バインドを強化された膂力だけで無理矢理突破しようとしている白髪のクロノのデバイス ――R−S2Uに触れる。

「優しさの無い力はただの暴力だ。痛みを知り、優しさを持ち、明確な意思を持って、僕らはこの手の力を行使しなくちゃいけない」

 登録されている魔法の中から最良の物を選択。その魔法は最低限の魔力で最大の効果を発揮する、超至近距離魔法。対象の固有振動は交戦前から特定済みだ。何せ目標は S2Uだ。改修されていても基本構造は変わらない。

「壊す為じゃなくて、守る為の力。大切な人を、大切な今を守って、悲しい今を打ち抜く力だ。……君にはやはり分からないだろう、二年前のクロノ・ハラオウン」

 術式構築。少々複雑だが、S2Uの補助を受ければ苦も無く発動できる。制御解放まで一気に済ませる。
 残される工程は発動の鍵となる撃発音声のみ。
 躊躇う為の間ではなく、もう一度自分への確認の為に、クロノは白髪の自分が拘束魔法を突破する危険性を無視してまで、彼のほの暗い瞳を見詰めた。

「管理局の魔導師達の多くが、同様の思いを持ち、後から続く者達に継いでいく。僕のような馬鹿は二度と出さないし、出させない。だから」
『Break』

 S2Uに記録されている母の声が撃発音声を紡ぐ。
 白髪の執務官に確実な恐怖が走る。見開かれた瞳は昆虫のように虚無的で何を考えているのか、その思考を読む事はできない。
 それはそうだ。この少年と同じ見解を持つなんて有り得ないのだから。そして、二度と刃を交える事も無いのだから。

「君の居場所はどこにもない」
「……それでも僕は……この先もフェイトの中にいるさ……! 記憶なんだからな! 悪夢なんだよ僕は!」

 最後の足掻きが、遥か背後で雨に打たれている金髪の少女を振るわせた。
 見ずとも気配で分かる。だからクロノは一瞥もしない。彼女に今必要なのは優しい言葉でも無ければ安堵させる為に微笑んでやる事でもない。

「だったら君の存在が消えるまでフェイトを抱き続けるまでだ。いや、喩え君が消えたとしてもあの子を手放すつもりはないが」

 ――この悪夢にクロノ自身の手で終止符を打ち込む事だけなのだ。

「終わりだ、コワれた執務官」
『Impulse』

 撃発音声が締め括られ、現実世界に魔法現象が顕現される。
 固有振動を割り出して目標を内部から破壊する超至近距離ブレイクインパルス。それによって、R−S2Uは闇に消えるように灰燼となり、その手から消失した。



 ☆



 正確無比。故に敵が射撃する箇所は数箇所にその候補は絞られる。その中から敵とこちらとの距離、姿勢、残弾の状況、こちらの防御魔法の構築の状態等、あらゆる 外部要因をレイジングハートのバックアップを支えに高速演算。伊達に無限書庫司書を二年余り勤めてはいない。内部と外部から一方的に供給される情報を整理。素早く 候補を選出して可能性のあるものをストック。他は異物としてすべて破棄。
 ユーノ・スクライアは情報のみでレイン・レンの射線軸から逃れていた。メタモルフォーゼ――フェレットへの変身魔法も駆使して、考え得る限りの方法で屋上を 駆け回る。温存する魔力の大多数を体内循環させて身体能力を向上させ、体力を補完。ステップを踏み、後転と側転で小柄な身体を射軸から遠ざける行為に没頭した。
 得意とする防御魔法も回避不能の瞬間以外は禁じ手とした少年は、狂ってしまったかのように回避一択という演舞を行う。
 銃撃が止む。示し合わせたようにユーノの回避も停止する。

「良く避けるなぁフェレットボーイ。金髪人造人間よりずっと遅い癖に」

 ラッチを弾いて回転弾倉を外へ。排出される六発の空薬莢がコンクリートの床を打つ。

「逃げるのも隠れるのも……昔から、得意、ですから」

 跳躍の予備動作のまま、ユーノ。額やこめかみから流れ出た汗が細い顎を伝って足元に落下する。緩やかに上下する華奢な肩と頼りない胸板が、体力の消耗を暗に示 していた。二年前に白髪のクロノに告げていた軽口も、そんな挑発をしている暇があるのなら酸素を取り込んで体力回復に努めるべきだと、冷静沈着な理性が建設的な 意見を述べて来る。
 ユーノが見守る先で、レイン・レンは再装填作業を終えた。空になったスピードローターが無造作に宙に放られる。
 起こされる撃鉄。それはユーノに再び無酸素運動を強制する合図。

「で、いつまで僕にダンスを披露してくれるのかなぁ? 生憎と僕はショタコンじゃない。美少年のハッスルダンスを見てて性的興奮を覚えるほど変質者じゃなぁーいよ?」

 無骨な銃口がこちらを向く。攻撃的な黒の色。弾丸よりも先にこちらの額を穿つ狂人の害意。
 すべてを無視して、ユーノは再び回避機動を採る。
 戦闘を始めてから五分余りが経過しているが、ユーノには一時間以上が過ぎている感覚があった。最大限にまで発揮された集中力が時間の経過を遅くしている。これは 良い傾向だと客観的に認識する。
 高町なのはの心的外傷の象徴――彼女が持つ悪夢が具現化したレイン・レンの様子を窺う為に費やした五分だった。底の浅い体力を削いで色々試してみた訳だが、 自身の宣言を現実のモノにする難易度の高さを思い知らされた。
 まず、彼には弾切れが無い。あの唯一の質量兵器――あの小さな拳銃をそんな大仰な名称で呼ぶべきなのかどうかは別として、分類的には一応質量兵器だ――を 黙らせる事ができれば切り札のストラグルバインドの発動も容易になるのだが、それはユーノの高望みだったようで、敵の懐からは無限に弾丸が出て来る。
 次に、射撃一択を選択したレイン・レンの思考。極限身体強化魔法を行使すれば、あの紅の鉄騎すら一方的に叩き潰せる格闘術を誇るこの狂人が、ハンドガンのみで 中距離を保っている。その行動は、彼の言動や思考を考慮すれば慎ましいとすら言えるだろう。
 こちらの体力切れを狙っているのかと思案したが、敵はそんな大人しいイキモノではない。事実、現在も続く執拗な射撃は的確に急所を狙っている。だからこそ回避 が継続できているというものなのだが。
 ただ、時間が経てば経つだけ、戦況はユーノに優位に傾く。

『なのは。まだ動けない?』

 銃弾によって破砕されたコンクリートの破片が舞う中、ユーノはフェンスに身を預けている少女を一瞥する。
 視界の片隅で満身創痍になった高町なのはは、弱々しく肯いて身を縮めた。
 肝心の攻撃手であるなのはの回復は、ユーノが予想していたより僅かに遅れている。

「はぁいはいはいはいー! 今は戦闘中だぜフェレットボーイ! 愛しの少女と眼と眼があった瞬間してる場合じゃないですよー!」

 そんな事は言われずとも知っている――!
 三連射が来る。しかも微妙な時間差だ。二発は回避。一発は防御。弾頭にAMF機能を持たせている為か、弾くには普段の倍近い魔力が必要だった。さらに被弾の衝撃 はこちらの体内魔力を容赦なく強奪して来る。視界が白に覆われる。押し寄せる殺気と自身の勘を信じて横っ飛びに動く。大気が穿たれ、弾頭が髪を抉った。突然の 耳鳴りに顔を顰めつつ、舌打ちをする。
 消耗戦ではユーノが白旗を揚げざるを得ない。かと言ってなのはの回復を待つという消極的選択では、敗北が確定している消耗戦を強いられる。
 守ったら負ける。攻めるしかない。だが、攻めるにしても攻め手であるなのはが動けない以上、切り札のストラグルバインドで敵の動きを止めたとしても無意味だ。
 自身の表情が険しくなるのを、ユーノは他人事のように感じた。
 ――支えると告げたばかりなのに。
 ――なのはの諦めようとする気持ちを消すと言ったのに。
 ――結局は、なのはに頼っているのか。ジュエルシードの時みたいに――!
 勝負も戦術も、まだ捨てるには早過ぎる。しかし、ユーノは微かな無力感と敗北感を噛み締めるように唇を噛む。
 そんな風に悪い方向へ思慮し始めていた思考を遮ったのは、

『ユーノ君。来て』

 思念通話で告げて来た、高町なのはの声だった。

『なの――!?』

 脊髄反射で彼女の方向を見遣ろうとする自分を、ユーノは歳には強靭な理性で説き伏せる。首に全身全霊を込めて動くなと脅迫し、長身痩躯の敵を睥睨して回避行動 に従事。避けられた射線を、その軌道中に踏み止まって防御魔法を構築展開。視界を眩い火花が覆い、魔力が抉られ、魔力防壁を支える膂力が奪われる。
 努めて追い詰められている非力な子供を演出しながら、ユーノは少女の気配を探った。先ほどまで傷ついた身体を預けていたフェンスに、彼女はすでにいない。
 なのはの要求はもう看破している。もう動けるのか。傷の具合は大丈夫なのか。彼女を思えばそうした憂慮が浮かんでは消えた。
 そのループを破ったのも、また高町なのはの声だった。

『なのはの事、支えて。なのはの諦めようっていう気持ちを……消して』

 改めて思案するまでもない。その切望に対して、ユーノの答えなんて決まっている。
 レイジングハートを口に咥えて、両手で印を結ぶ。選択する魔法はストラグルバインド。脳内の擬似魔力回路に魔力を供給して、レイジングハートを増幅器として 構築した術式を高出力化。ストラグルバインドは発動が遅い上に拘束力も脆弱で、高い効果を望める自動発動の設置型ではない。発動を看破されれば間違いなく回避さ れてしまう部類だ。

「おおぉ!? 勝負に出るかフェレットボーイ!? ちなみにあのストラグルバインドは――!」

 読んでいる、とでも言うつもりだったのだろう。だが、敵は最後まで言葉を紡げなかった。
 レイジングハートを持ち替えたユーノがチェーンバインドを行使、射出された魔力の鎖に両腕を拘束されたからだ。敵が羽織っているAMF性能を持つ白衣の影響で 平時よりずっと低い出力しか発揮できなかったが、意表を突くという事と、一瞬でもその動きを止めるには十分過ぎた。さらに術式を操作して転倒させ、その場に簀巻き 状にしてやる。これでも過剰な身体強化を行っている狂人は数秒で復帰するだろう。
 その数秒があれば、なのはと合流するに事足りた。
 頭上へ向けて跳躍。飛行魔法を行使して上昇した先で、ユーノは遥か空から降って来た傷だらけの高町なのはを抱き止めた。
 強い衝撃が少女の柔らかな頬を歪ませる。耐えるように閉じられた瞳。その目元に溜まっているのは苦痛の涙。細身の少年より、ずっと心細い小さく暖かい身体。

「なのは!」
「油断しちゃ駄目!」

 力強い叱責が飛んだ瞬間、足元から怖気が走る殺意が来た。魔力強化した反射神経を信じて回避行動。銃撃。間一髪のところで射線をやり過ごす。
 眼下の屋上では、白衣の男が相変わらずの品行下劣な言動を吐き散らしている。その勢いに比例して銃弾の嵐も苛烈さを増す。
 その最中、なのはは言った。自身を『私』とは言わず、時々ユーノやフェイトにしか使わない一人称を用いて。

「なのは、撃てるから!」

 言い淀むユーノ。批難と安堵が入り交ざって何を伝えたいのか分からなくなる。
 動けるようにしてとは言ったが、まさか飛んで行った上に落下して来るとは思いもしなかったのだ。

「真っ直ぐ飛ぶ以外に……動けそうに、なかったから」
「……びっくりだよ、もう」
「えへへ。でも……なのはの事、支えてくれるんでしょ……?」

 探るような、それでいて甘えるような、そんな声。状況が状況でなければ、きっとしどろもどろになって懊悩とした事だろう。
 今のユーノには誤魔化す以外に選択肢は無かった。頬を赤めたまま、喚き散らして地団駄を踏むレイン・レンを見遣る。再装填作業に入ったらしく、銃声が止んだ。

「支えるよ。それで、君が諦めようとする気持ちを消す」
「……心も、暖かいや」
「え?」
「ずっと前、言ったよね。ユーノ君がいるから……背中が暖かいって。でも、今は心も暖かいなって、そう思ったの」

 鋭い金属音。回転弾倉が銃本体に叩き込まれた音。そう認識するより先に、撃鉄が起こされるより早く、ユーノはなのはを抱きかかえた。
 かけがえの無い宝物を守るように。
 それが壊れれば、自分も壊れてしまうような、そんな感覚に囚われながら。
 銃声。腕の中の少女に比べれば些細な量しかない自身の魔力すべてを解放する。より鋭角な軌道を描き、敵の銃口から照準値を予測して演算し、頭脳労働を行って 弾丸を回避する。
 砲は得た。彼女の準備は整っている。後は敵の機動性と防御性を断つだけだ。
 なのはにレイジングハートを預ける。カートリッジシステムを搭載していない懐かしい相棒。折れていない右手でそれを構え、術式を構築。

「ディバイン――!」
『Shooter』

 六発の魔弾を展開。同時に散開して、レイン・レンに牙を向く。
 狂人は奇声で喉を鳴らしながら身を翻した。肉迫する魔弾を蹴り砕く。一発、二発、三発。桜色の飛沫が散り、なのはが誇る誘導射撃魔法が四散する。
 残りの三発はそのまま敵の頭上と背後へ。なのははユーノの腕の中でさらにディバインシューターの術式を構築。痛みを堪えながら撃発音声を入力する。
 銃声が立て続けに起こる。短バレルの有効射程距離を無視したような正確な射撃が、放たれたばかりの魔弾達を貫く。敵の弾丸はそれだけではなく、ユーノ達にも 飛翔した。予測していた通りだが、なのはを抱えたままでは鋭角な回避行動には移れない。辛うじて回避するが、酷く鈍足だ。
 だが、レイン・レンは深く攻め込んで来ようとしなかった。
 ――警戒してる?
 戦闘が始まってからずっと疑問だった。敵は得意とする近距離に於いても、ユーノに肉迫しようとしなかった。不必要なまでにハンドガンだけを使っていた。
 今もそうだ。あの極限身体強化魔法――アクセラレータさえ使えば、ユーノ達の距離まで跳ぶなんて事は、レイン・レンにとって造作も無いだろう。なのはを抱き かかえて満足な回避機動を行えない今なら尚更だ。
 ストラグルバインドを警戒しているより他に無い。あれで拘束さえしてしまえば、防御魔法も身体強化魔法もすべてが無効化される。デバイス無しでは一切魔法を行使 できない彼は、喩え拘束力の弱いストラグルバインドでも、それから逃れる事はできなくなる。
 それを恐れているのか。いや、レイン・レンは狡猾にして獰悪。知性の高い獣だ。喩えなのはの悪夢となって実体を失ったとしても、それは不変のはずだ。
 歳不相応の堅牢な理性と豊富な知識がユーノに逡巡を強いる。一気に勝負に出るか、それともこのまま警戒を続けて様子を窺うか――!
 その選択を断ち切ったのもまた、高町なのは。

「大丈夫! いけるよ!」

 耳元で絶叫。
 脊髄反射でその言葉を否定しようとする。感情的になっては勝てない敵だ。それはなのはが痛烈に知っているはずだ。
 そんな反対意見は、しかし、現れない。

「ユーノ君がいるから!」
「――ッ!」

 肌の体温だって感じ合えてしまうような距離。すぐそこに、擦過傷だらけの酷い顔になったなのはがいる。
 こんなところで、こんな近くで、その言葉は――あまりにも卑怯だ。
 敵がどんな策を講じていたとしても、恐怖も不安も何も覚えず、何とかできると何の根拠も無い自信を持ててしまう。

「ああもう! じゃあこのまま行くからね、なのは!」
「うん!」

 状況が状況でなければ、その満面の笑みに心臓は鷲掴みにされて身動きも取れなかっただろう。
 荷烈な銃弾の嵐の中、限界まで魔力強化した膂力でなのはを遥か上空へ投げ飛ばす。間髪入れずラウンドシールドを構築展開。回避行動を念頭から排除して、 ストラグルバインド一発分の魔力を温存しつつ、すべてを魔力防壁展開に回した。

「ひゃっはぁ! そんなにハッスルしてると切り札のバインド使えなくなるよ! てか彼女投げちゃっていいのかいぃぃぃぃぃ!?」
「それはすぐに分かりますよ……!」

 削がれ、抉られる魔力。構わずに、ユーノは眼下の敵目掛けて魔力防壁を維持したまま、急降下する。
 弾かれる銃弾。飛び散る閃光と火花。突き上げて来る衝撃。迫る白衣の狂人。
 条件が限られるとは言え、あの紅の鉄騎すら打倒する敵への肉迫。満足な攻撃手段を持たないユーノにとって、それは自殺行為より他ならない。

「おいおいおいおいおい! てめぇが突っ込んで来たって意味ねぇぞ!」

 発砲を続けながら、レンが半身に構える。鉄筋をも砕く鋭い蹴りの姿勢。疲弊した魔力防壁では受け止め切れない。術式を再構築して再度展開しなければ危険だ。

「さっきも言いませんでしたか? ……二年前、クロノを止めるのに必要だったのは力じゃないって……!」

 もちろん力は必要だ。だが、それは理不尽な暴力でも不条理な破壊でもない。
 悲しい今を止める力。哀しい今を貫く力。それは何かを傷付ける眼に見えた『力』ではない。
 再構築をしなかったユーノの魔力防壁は、舌打ちと共に放たれた白衣の狂人の蹴りと接触、破壊される。
 身体の中を無作為に貫く衝撃に耐えながら、ユーノは戻ろうとする敵の足を掴み、温存していた一握りの魔力を脳内の擬似魔力回路へ供給。構築しておいた術式を 展開し、制御解放。
 淡い翠の燐光が舞う。コンクリートの上に描かれる魔法陣に、レンは文字通り顔色を変えた。

「てめぇが……突っ込んでぇ!?」
「なのはが突っ込んで来るなら変わっていたかもしれませんね、あなたの警戒のし過ぎです……! ストラグルバインドォッ!」

 対象者に施された一切の補助魔法をすべて強制解除させる、拘束性の低い拘束魔法が発動する。魔法陣から射出された光の筋が蛇のようにレイン・レンの長身痩躯の 身体が絡まり、即座に内包されている付随機能が稼動した。
 唾と涎を撒き散らしながら暴れ回るレン。しかし、魔力補助を失った彼には通常の膂力しか残されていない。拘束力の弱いストラグルバインドとは言え、そこから逃れる 術は無かった。
 ユーノは素早い身のこなしでその場から離脱して、空を仰ぎ、叫ぶ。

「なのはぁッ!」

 灰色の空と雲。陽の光をまったく感じられないその先に、なのははいた。
 蹴られ、殴られ、暴力の惨禍に見舞われた少女が四肢を伸ばし、垂直に降下して来る。骨折している利き腕を無視して構えられたレイジングハートは脇に挟まれて 照準を固定。先端の赤い宝石には、帯状魔法陣に保護された爆発的魔力の球体がすでに現れている。残されていた魔力をすべて供給したのだろう。

「僕らは――!」
「独りじゃない! 支えて、支えられてる!」
『Divine Buster――!!!』

 次の瞬間、圧縮されていた球体の魔力が爆発した。いや、そう錯覚してしまうほどの閃光を生み出して、高町なのはの主砲が発射された。
 耳をつんざく砲撃音。対物設定ならば高層ビルを何棟と根こそぎ吹き飛ばすだろう破壊エネルギーを秘めた桜色の光は、叫ぶ事しかできないレイン・レンを包み込み、 陰影すら残さずに飲み込んだ。





 continues.





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