魔法少女リリカルなのは SS

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ザフィーラとアルフ 3







 式場の外では、すでに結界の準備が開始されていた。強装結界が構築を始めている。
 それでも未だ展開終了には至っていない。式場外の大型観葉植物の間で悶え苦しんでいたクィーンデッドは、器用に身を起こし、敗走の用意を整えている。近くに 一般市民が居ないのが救いだろう。

「ザフィーラッ!」

 彼の名を呼ぶ。それ以外に言葉は何も要らなかった。呼ぶだけですべての意図が伝わるのだ。
 眼と鼻の先にある彼の顔に、笑みがこぼれる。頼もしく、それでいて嬉しそうな笑みだ。

「叩き潰して来いッ、アルフッ!」

 ザフィーラの鍛えられた豪腕が、アルフの身体を投擲する。五十キロの身体が弾丸のように跳んだ。
 空を切るアルフの先には、クィーンデッドの剣山のような背中がある。見る見る内にそれが迫って来る。
 飛行魔法を構築。身体を回転させ、拳を引き絞り、一撃を放つに相応しい体勢を整える。
 さらに、加速。

「バリアァァァァァァァァァッ!!!」

 仮想魔力回路構築。
 術式構築、展開。
 肉迫するアルフに気付いたのか、クィーンデッドが石畳の地面を踏み荒らし、振り返った。同時に巨大な魔法陣がその巨躯を包み込むように展開される。自動展開式 だったのか、予備動作皆無の発動だった。
 しかし、構わない。アルフの準備はすでに完了している。
 トリガーヴォイス――!

「ブレイクゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!」

 腰に溜めていた拳を衝きとして放つ。ウェディンググローブの拳は深い茜色の輝きを持っていた。
 閃光。そして衝撃。
 アルフの拳がクィーンデッドの防御魔法陣を捉えた。
 防御魔法プログラム、解析開始――!

「あの鬼ババより硬いねぇ、あんた――!」

 アルフは乾いた唇を舌で舐める。
 今まで突破するのに一番時間と魔力を使った防御魔法は、プレシア・テスタロッサの防御魔法だ。あれは抜くだけでも五秒以上かかっており、それだけ彼女の魔導師 としての技術力の高さが伺えた。
 クィーンデッドの防御魔法は、プレシアのモノよりも尚頑強だった。アルフは魔力を総動員し、驚異的な速度でプログラムの解析を行う。
 耳をつんざく防壁の悲鳴。クィーンデッドは何をする訳でもなく、涼やかに屹立している。

「舐めてんじゃないよ……ッ!」

 防御プログラムの解析が終了する。シークエンスを術式への割り込みへ移行。
 途端、鉄壁の様相を秘めていたクィーンデッドの防御魔法が歪み始めた。二重の円を描いていた魔法陣が、砂嵐のように乱れて行く。
 アルフの拳が徐々に食い込む。ゆっくりとだが、しかし、確実に。
 動く様子の無かったクィーンデッドが、その脚を一歩後ろに下げた。

「ブッ壊せェェェェェェッ!!!」

 崩壊を始めている防壁が、魔力の乱流が、発生する衝撃が、それらが破壊の騒音となり、大気を唸らせた。
 何かが割れる音がした。
 アルフの拳を発生源にして、放射状のヒビが魔法陣を駆け巡る。留まる事を知らないヒビは瞬く間に魔法陣すべてに行き届いた。防御魔法の術式は、もはや解れた 糸も同然だった。
 後少し。後一歩――!
 クィーンデッドが沈黙を破る。機械的な外見からは想像も出来ない滑らかさで、右手を掲げた。眩い閃光の中でも、刃そのものになっている右手は良く見えた。 刃渡りは子供の身体よりも尚大きい。太く、鋭利である。
 駄目だ。アルフは歯噛みする。まだこの頑強な防御魔法は破壊していない。ここで割り込みを解除してしまえば、敵は立ち所に破損した術式を再構築する。それは 避けなければ。
 だが、刃は振り下ろされた。二桁の人間を切り刻み、幸せを奪い、血肉を得て来た刃が、アルフを両断せんと迫る。

「充分だ、アルフ」

 耳元で囁くような声がした。





 甲高い刃音。
 刃とアルフの間に、ザフィーラが構築した三角形型の魔法防壁が割り込んでいた。鋭利出巨大な刃が、火花を撒き散らすつつ、鈍い音を悔しげに響かせている。
 レティの情報通り、クィーンデッドはマジックジャマーを随時展開していた。ザフィーラの防御魔法はまともにその効果を受けており、平時と比較して明らかに 精度と低下させている。大出力の攻撃魔法を防ぐ事は不可能だろう。

「だが」

 防壁を消したザフィーラは、敵の刃をあろう事か掴んだ。

「この程度の攻撃なら余裕で防げるぞ」

 刃を放り、その腹を蹴り飛ばす。放った脚を切り返し、その踵を、アルフが破壊しかけた敵防御魔法陣へ叩き込んだ。
 巨大な硝子が割れる壮大な音がした。
 粉々に破壊された魔法陣が、床に落下するより早く虚空に消えて行く。
 敵の防御は砕かれた。
 ザフィーラとアルフが着地する。同時に弾かれたように左右に散る。ザフィーラは思念通話すら彼女に繋げようとしなかったが、アルフは彼の行動の意図を完全に 読み取っていた。
 阿吽の呼吸。求めていた訳ではないが、自然と二人は出来ていた。
 改めて見る必要も無いが、クィーンデッドは巨大だ。動作に淀みは無く、機械仕掛けとは思えない柔軟性を持っている。だが、その質量をカバーする機動性を持ち 合わせてはいなかった。脚は強固な様相だが、故に小回りの効かない外見をしている。
 高速機動で撹乱をしてやれば勝機は見えて来る。目立った武装も、右手の出刃包丁程度だ。二方向から同時に攻めれば翻弄すら難しくはない。


 革靴の底を擦り削りながら、ザフィーラは走る。邪魔な上着を脱ぎ捨て、ネクタイを外し、首元の第一ボタンを緩める。

 長いスカートを乱暴に腰で結び、アルフは走る。邪魔なヴェールを投げ捨て、グローブを外し、指の関節を鳴らした。


 先に跳んだのはアルフだ。己を奮い立たせるように吼え、疾風と共にクィーンデッドの懐に侵入した。
 敵の刃が唸る。アルフは鋭いステップを踏み、その一刀を紙一重で回避した。同時に床を軽く蹴り、一瞬の滞空後、クィーンデッドの鳩尾部を一蹴する。
 クィーンデッドが地団駄を踏むように後退する。あまりにも重い蹴りだった。複合装甲らしき肌に亀裂が走る。
 さらに前進して行くアルフを、クィーンデッドは空手の左腕を振るって迎撃しようと試みる。
 その背後へ、ザフィーラは静かに回り込んだ。

「はあああぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」

 裂帛の気合。同時に塊のような闘気を拳に乗せ、無防備な敵の腰部へ拳を見舞った。
 揺れる巨躯。金属の悲鳴が鳴り響き、腰部の装甲が砕け散る。ザフィーラは拳を引き戻しながら後退。石畳の残骸を蹴り立てて跳躍した。
 高い、どこまでも高い跳躍だった。
 身を捩り、降下。その様は獲物に襲いかかる猛禽類だ。落下の衝撃と魔力を踵落としに凝縮し、クィーンデッドの後頭部を破砕する。
 そこへ、一旦後退していたアルフが駆け込んで来た。

「くぅっだぁけぇろぉぉぉぉぉッ!!!」

 文字通り、クィーンデッドは殴り飛ばされた。ザフィーラの踵落としで歪んでいた頭部が、アルフの拳によってほぼ完全に陥没する。
 床に投げ出された巨体は、その身で石畳を削りながら滑って行く。観葉植物の群れに頭から突っ込み、轟音と轟かせ、やっと停止した。
 撹乱された上に翻弄され、あらゆる方向から容赦の無い打撃を浴びる。防御と攻撃に特化していると思われるクィーンデッドはあまりにも脆弱だった。 バリアジャケットや騎士甲冑が生成出来ない事態は不安要素だが、要は当たらなければ良いだけの話である。

「サッサと終わらせるぞッ!」
「あいよッ!」

 ザフィーラとアルフが散開しようとしたその時、クィーンデッドが耳障りな駆動音を上げながら立ち上がった。だが、剣山のような背中を向けたまま振り返 ろうとしない。
 猛烈に嫌な予感がした。悪寒が背中を駆け巡り、暴れ回る。

「アルフッ!」
「!?」

 刹那、クィーンデッドが蠢いた。牧師から変貌を遂げた時のように、ハリネジミのような背中を脈打たせる。
 爆音。鼓膜を破壊せんばかりの轟音だ。
 硝煙のような白煙が立ち昇り、破壊の絶叫と共に周辺を満たして行く。重い建材が崩壊する音がした。
 クィーンデッドの背中の剣山が射出されたのだ。あれはただの視覚的威嚇効果を狙ったものではなく、高速射出可能の投射兵器だったという訳だ。
 針の数は数千。たかが切っ先が鋭利な針でも、それが高速で、しかも千単位で射出されれば、それだけで充分な殺傷兵器だ。バリアジャケットも防御魔法も行使出来 ない魔導師に対しては優れた制圧性能を持つだろう。
 だが、この時のクィーンデッドの相手は防御魔法が行使出来た。
 剣山射出で発生した硝煙が晴れて行く。その頃になって、クィーンデッドはようやく振り向いた。余裕を思わせる動き。だが、それはすぐに凍結する。
 晴れ渡ったそこには、片手をズボンのポケットに入れ、白銀の盾を翳し、静かに佇んでいるザフィーラの姿があった。アルフも無傷だ。彼の後ろで腕を組み、意気揚々 とした微笑を浮かべている。

「虚を突かれるには充分な武装だったが、甘かったな」
「―――」

 クィーンデッドは言葉を発しない。ただ、殺傷出来ない一組の男女を前にして動こうとしなかった。戦慄の為なのか、故障の為なのか、それは分からない。

「我が名、束の間だろうが覚えておくがいい」

 針が再装填される気配は無い。完璧な一撃必殺用の兵装だったのだろう。もはやこの機械人形に残された武装は、右手の巨大な刃物ただ一つとなった。

「我は盾の守護獣ザフィーラ。夜天の王、八神はやてを守護する者。守護騎士ヴォルケンリッターの盾。そして」

 ザフィーラが駆ける。床を踏み荒らし、疾風のように素早い動きで敵の眼前に滑り込む。
 クィーンデッドが後退しようとする。だが、その背後に下がれるような空間は無かった。
 ザフィーラが呟くように宣言する。

「使い魔アルフの伴侶なり」

 そんな言葉を告げる彼の顔は、いつも通り、至極真面目、至極寡黙、至極当たり前そうだった。
 弾かれたようにクィーンデッドが動く。ザフィーラを両断すべく、刃を一閃させる。

「遅すぎる」

 それを、ザフィーラは眼を瞑って回避した。床を抉った敵の刃を蹴り飛ばして、さらにその胸部を蹴り砕く。
 すでにクィーンデッドの機体は満身創痍だった。

「学習をしない輩だな、貴様は」

 その言葉を否定するようにクィーンデッドは踏み止まると、左手を鈍器のように振り回した。まるで駄々を捏ねる子供だ。適当に薙ぎ払うだけの稚拙な攻撃は、 もちろんザフィーラの身体を捉える事は出来ない。
 ザフィーラは微風でも受けているような涼やかな表情で、一撃一撃を回避して行く。身を捩り、ステップを踏み、眼を瞑り、避けて行く。
 そしてその都度、拳でクィーンデッドの機体を砕いて行く。数秒の近接戦闘の後、敵の複合装甲は廃車の車体のように歪んだ。
 開戦当初のような滑らかな機動は無い。クィーンデッドは硝子が擦り合うような音を響かせながら、右手を振り上げた。散々回避され続けて来た一刀を、彼は懲りずに 放つつもりらしい。
 振るわれる刃。
 その刃は、ザフィーラが掌に展開した白銀の盾に衝突した。
 破壊寸前の攻撃とは言え、クィーンデッドの質量と破壊力を考えれば、その攻撃力は凄まじかった。だが、ザフィーラは微動だにしない。不敵な笑みをたたえたまま、 見上げるようにクィーンデッドの半壊した顔を睨む。

「攻撃こそ最大の防御という言葉があるが、防御も悪くはないぞ?」

 白銀の盾が、文字通り変形した。圧縮されていた魔力が解放され、受け止めていた刃を吹き飛ばす。解き放たれた魔力は数瞬で無数の鎖を形作り、刃に巻き付き、 拘束した。

「鋼の軛――!」

 トリガーヴォイス。
 超高密度な魔力で形成された鎖が、凄まじい過負荷を刃に与えた。相当な強度を誇っていたと思われる刃は、その過負荷に二秒と耐える事が出来なかった。
 クィーンデッドの最後の武装が粉砕される。
 ザフィーラが動く。石畳を踏み壊し、クィーンデッドの懐へ進出。踏み込んだ脚が魔力の渦を作り、ザフィーラの銀髪をはためかせた。
 下から拳を繰り出す。鋼の軛の魔力残滓を得た拳は銀色の光を纏っていた。

「ずりゃああああああああああああああッ!」

 クィーンデッドの巨躯が、紙細工のように空へ打ち出される。衝撃が周辺の残骸を小石のように吹き飛ばした。
 空を昇る機械人形を追って、影が跳躍する。
 ウェディングドレスを翻したその影は、拳を握り込み、ニヤリと笑った。

「私の自慢の拳ッ! しっかり受け取りなぁッ!」

 すべてを砕く一撃必殺の拳。アルフはそれをクィーンデッドの顔面へ叩き付けた。



 ☆



「結局、あのロストロギアって何だったのかしら」

 本局内の局員食堂でコーヒーに舌鼓を打ちつつ、リンディが問うた。彼女の前では、レティが紅茶の風味を愉しんでいる。ここの食堂の紅茶は局内でも美味しいと 評判だ。
 一連の事件”新郎新婦無差別殺人事件”から数日後。未だ事後処理は終わってはいない。事件解決は各種メディアを通して大々的に報道されたのだが、何せ街のど真 ん中で危険な囮作戦を決行し、その末に解決したのだ。苦情の声が無い訳ではない。

「遺失物管理課が調べてくれたんだけど……。私達が予想してた通り、古代の対魔導師用の殺傷兵器だったみたい。あれだけコテコテの対魔導師装備だもの。他に 疑いようが無いわ」
「そっか……」
「他にもああした魔導兵器が無いか、今ユーノ君に頼んで調べてもらってるわ」
「そうね。今回みたいに野に放たれるような事があったら、どうしようもないものね」

 今回の事件で亡くなった民間人は二十七名。たった一機の魔導兵器が齎す被害にしては大きすぎるだろう。

「でも、解決して本当に良かったわね」
「協力を要請したブライダルハウスからは抗議文が来てるけどね」

 紅茶を飲むレティは素知らぬ顔だ。クィーンデッドを誘き出す為の偽装結婚式の段取りは、ほぼ彼女が一人で決めている。

「でも、あんな本格的な式にするとは思いもしなかったわ」
「やるからには徹底的に。それが私のモットーよ。忘れた?」
「まさか。それで昔は酷い目に合ったわ」
「若かりし日の負い目よ」

 今では一児の母だが、レティは未だに悪戯心をふんだんに心中に残している。執務に追われている時の彼女は生真面目の申し子のような存在だが、それは皮を被っているに 過ぎないのだ。

「引き出物とかはどうしたの?」
「そのまま返したわ。お祝い物も一緒」
「……あの、レティ。全部合わせていくら使ったの?」

 事件中は恐ろしくて訊くに訊けなかった事柄だが、敢えてレティは触れてみる事にした。
 ちなみに時空管理局の維持管理費は、管理局の創設に携わっている各次元世界の税金で賄われている。そういう訳で、予算にはそれなりに余裕がある。管理局が設備 投資に色目をつけないのはこの為だ。何せ魔法は維持費がかからない。魔導師や局員の教育費、デバイスやそれに関わる技術関連にはそれなりの額が必要になるが、 この手の組織には良くある”金食い虫”が存在しないのだ。

「普通の結婚式よりもかかってるわね」
「まぁ、それはそうだけど」
「……それで事件が解決出来たんですもの。安いものでしょ?」

 人生最大のイベントと言っても良い結婚式で殺害されてしまった新郎新婦。その家族や友人。彼らの無念を晴らす事が出来たのだ。度が過ぎるのも考えもの だが、事件解決の為の投資と考えれば安いものだったのかもしれない。

「そういえば」

 リンディが残り少ないコーヒーに砂糖を大量投下する。レティにとっては見慣れた光景だが、やはり胸焼けしそうになる。

「あの結婚指輪。どうなったの? あれも本物だったんでしょう?」
「ああ、あれ? あれはブライダルハウスから借りた代用品よ。さすがに指輪までは準備出来ないわ」

 試供品という形で、エンゲージリングを置いているブライダルハウスは少なくない。

「え。でも、アルフとザフィーラさんの指輪のサイズを測っていたでしょう?」
「代用品の中にあの子達の指に合う物が無いと困るでしょ。ぴったりなのがあって本当に助かったわ」
「………」

 リンディは呆れ返ってレティを見詰める。

「何よ」
「いーえ。無茶するのもいいけど、程々にね」
「分かってるわ」

 憮然と答えるレティ。今回の事件で彼女は上層部から二十枚に及ぶ始末書提出を要求され、さらに減俸二ヶ月を言い渡された。事件解決の為とは言え、 潤沢とは言っても有限な捜査費を浪費した責任を取った結果である。
 蜂蜜のように甘いコーヒーを堪能して、リンディが言った。

「若いっていいわね」
「歳を感じさせるから、そんな事言わないの」
「でも、あの二人を見てたら、そう思わない?」
「アルフとザフィーラ? まぁ、アルフはまだ四歳くらいだから、若いというよりも子供なんだろうけど。ザフィーラは実際年齢不明だし」

 ある意味で究極的に犯罪チックなカップルである。

「そうじゃなくて。こう、燃える恋って言うか」
「燃え過ぎよ。もうびっくりしたわ」
「ザフィーラさんは、あれからどうしてるの?」
「別件でちょっと遠出してもらってるわ。あんな後だったから、さすがに頼み難かったけど」
「だから最近アルフがレティの愚痴ばっかり言ってるのね」
「……私だって好きで頼んだ訳じゃないわよ」

 罰の悪そうな顔をするレティ。

「フェイトもあれくらい情熱的だったら、あんなモジモジしなくて済んだのに」
「情熱的なフェイトちゃんって、何だか想像し難いわね」

 一歩間違えればプレシアである。

「はやては今一歩押しが足りないのよね」
「押しの強いはやてちゃんか……。暴走したリィンフォースさんみたいね」

 それでまた暴れられては堪ったものではない。

「どちらを選ぶのかしら、クロノ」
「なのはちゃんだったりして」
「会った頃は脈有りみたいな感じだったけど、今はそんな感じしないわ」
「それは残念。ユーノ君とのどろどろな略奪愛に期待したのに」
「……おばさん臭いわよ、レティ」
「余計なお世話。となると、やっぱりエイミィかしら?」

 レティにそう問われて、リンディは大袈裟に肩を竦めてみせた。

「もう完全に姉弟。ほら、エイミィのつむじの寝癖あるでしょ?」
「あの頑固な?」
「そうそう。クロノがあれを直してる所を良く見かけるんだけど、恋人なんて雰囲気じゃなかったわ」
「世話のかかる姉の面倒を見る弟って感じね」
「そういう事。フェイトはフェイトで嫉妬して、わざと寝癖直さずにクロノの前を行ったり来たりするし」
「……あなたの家じゃ、いつも少女マンガ的な光景が繰り広げられてるって訳か。前途多難ね、あなたも」
「ホント。でもまぁ、楽しくやってるわ」
「……なら、いっか」
「ええ」



 ☆



 ザフィーラは再び思った。女性という生き物は誠に不思議だ。そう、例えるなら、どこに吹くか分からない気ままな風のようだ。
 もっとも、彼が愛する女性は気ままな風というレベルではない。最大風速が毎秒四十メートル、中心気圧は五百ヘクトパスカルの超大型台風に匹敵する。
 約一週間ぶりに任務から戻ったザフィーラは、まずは自宅でもある八神家に戻り、はやてに帰還報告を行った。その日はゆっくりと休息を取り、明くる日、アルフに 会いに行ったのだが、どういう訳は非常に不機嫌な顔で出迎えをされてしまった。フェイトにそれとなく 訊くと、何でも連絡一つ寄越さなかったのが原因らしい。
 何とも彼女らしい。
 とは言っても、ツンツンしている彼女がデレデレし始めるまで、そう時間はかからなかった。
 ザフィーラが散歩に誘ったのだ。
 最初は渋々と言った様子で外に出たアルフだったが、すぐに機嫌良くニコニコと笑い始めた。さすが超大型台風である。何がどうなるか、一体何故にそうなるのか、 まったくもってよく分からない。
 散歩は住宅街を抜け、近くの商店街に場所を移す。
 アルフはザフィーラの腕に自分の腕を絡め、子供のようにはしゃいだ。そんな彼女を見ていたら、ザフィーラは家には寄らず、彼女の下へ直行すれば良かったと 思ってしまった。
 この笑顔を見れば、どんな疲れもたちどころに吹き飛んでしまう。
 ザフィーラはアルフに引っ張られるまま、彼女がフェイトと良く一緒に来るというアンティークショップに入った。日頃は子犬フォームで散歩をしているザフィーラ にとって、当たり前だが初めて入る店だった。
 正直良く分からない世界だったが、アルフが好きという事なので付き合って見て回る。比較的低年齢層向けの商品が多く、値段も手頃だった。
 しばらく見ていると、この前の偽装結婚式で、アルフの指にはめたエンゲージリングと良く似た指輪を見つけた。値段を見てみると、幸い今の持ち合わせでも充分 に購入出来る額だった。
 ザフィーラはアルフに外で待つように告げると、その指輪を買った。袋に包みますかと訊かれたので、今すぐ渡すから不要だと答えた。店員は少し驚いたが、すぐ笑顔で 指輪を渡してくれた。
 外に出て、ザフィーラはアルフの左手を握ると、その薬指に指輪をはめた。意外にもサイズはぴったりだった。
 驚くアルフに、ザフィーラは真顔のまま、言った。

「この前のような本物を渡すのは当分難しいから、その間、それで代用をしてくれ」

 しばらくの間、アルフはポカンと口を開けていた。
 何か拙い事でもしたかと背中に脂汗を掻き始めた時。

「ありがと、ザフィーラ」

 そう言って、彼女は穏やかに笑った。
 それから本物の指輪を渡すまで、色々な事があり、色々な事件がある。七月に起こる”デバイス暴走事件”もある。
 だが、それはまた別の話だ。
 恋人以上夫婦未満。そんな関係が、この先当分続く事になる。





 fin





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 □ あとがき □





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